もしも
あの日のことがなかったらなんて 毎日を思い返してみてた
あの日 おまえに何も言わなかったら
とか
あの日 おまえの言葉に頷いていなかったら
とか
考えても仕方のないことばかりを
そんな 毎日のささやかなことを
繰り返し 繰り返し
思い返して
それでも
そのすべてはきっと 無駄ではなかったから
思い返すことでさえ
無駄ではない はずだから
「これからは ずーっと一緒だよね?」
言葉と 暖かな手に
俺は今という時を
噛み締めてた
もしも 〜 20130216
珪 2 〜
すべての招待客に挨拶をして。
それから、彼女を見たら。
親友に捉まっていたはずなのに、俺の元へと走ってきた。
長いドレスの、その裾に。
何度も引っかかりそうになりながら。
「早く着替えたい」
そう、不満を零したのに、着替えさせるのはもったいないって考えて。
俺はそれに、答えを返さなかった。
それから、彼女を連れて。
俺と彼女の両親に、会いに行った。
四人はさっそく、意気投合してたみたいで。
「あんまり、私たちは日本にはいられないけど。玲さんのご両親に、迷惑を掛けないようにね」
そう言った母さんの言葉には、もちろん頷いた。
彼女は一生懸命、俺の両親のことを見てたけど。
二人に微笑まれて、同じ笑みを浮かべてた。
あまり、会話はしなかったけど。
それも、彼女の性格上、仕方がないのかもしれないけれど。
それでも、喜んでくれていたから、よかった。
これから先、何度も会うことになるんだろうし。
その中で、彼女のことを知っていってもらえれば、俺はよかったから。
そうして、四人から離れて。
今は彼女と、少し離れた場所で、向かい合ってる。
「珪のそういう姿は、何かよく見てる気がする」
そう、言われたから。
「おまえのは、初めて見た」
そう、言い返した。
「どうせ、スカートなんて穿かないもん」
「だな」
「しかも、こんなドレスは、初めてだし」
「だろうな」
「…あ、花椿せんせいに文句言うの、忘れた」
振り返った彼女に、くすくすと笑う。
俺も、どんなデザインなのか知らされていなかったから。
教会で、父親の腕に手を絡めてやってきた彼女の姿に。
思わず、息を飲んでた。
袖のない、真っ白なその姿。
長い手袋に、手を覆われて。
ベールによって隠されたその顔は、よく見えはしなかったけど。
俺を見て、笑ってくれたことだけは、わかったから。
「白、似合わないでしょう?」
伺うような視線で聞いてきたのに、少しだけ、考える。
首を傾げられて。
そして。
「ああ」
そう、答えてやった。
「やっぱり……」
「でも、綺麗だ」
「本当?」
「ああ」
「似合わないのに、綺麗なの?」
「ああ」
含み笑いで答えれば。
彼女はますます、わからないって顔をして。
「鏡、見てないのか?」
「見てない。尽と麻衣に、散々似合わないって言われたから、ヘコんじゃって。見る気なくしちゃった」
「そうか」
「でもね、瑞希さんが、それほどでもないわよって。――今考えると、微妙な言葉だよね」
苦笑を浮かべてから、彼女は俺の手をぎゅっと握る。
薄い、シルクの手袋越しでも、もどかしくて。
強く、その手を握り返す。
結婚指輪の、その理由は、彼女は一目見ただけでわかってくれて。
指に嵌めたままで、何度も四つ葉にしようと試みてた。
無理だと、そう届けたのにも、関わらず。
「新婚旅行、行くの?」
不意の問いかけに、どうしようかと言葉を綴る。
「行くとしたら、どこがいい?」
「決めてなかったの?」
「? ああ」
「てっきり、また勝手に決められてるのかと思ってた……」
ほっと、安堵の息を吐き出して。
それから、彼女は考え込んでた。
「行きたいけど、仕事、詰まってるからなぁ」
とか。
「行ったとしても、わたし、仕事のこと、考えてそうだなぁ」
とか。
そんなことを、ぽつぽつと、零してた。
「もし、行くとして。どこに行きたい?
玲は」
「どこでもいいの?」
「ああ。言うだけなら、ただだろ?」
「確かに」
顎に手を当てて。
彼女は考える。
「行きたいのは、ヨーロッパ方面なんだけど」
「けど?」
「英語、話せません」
「………」
「なので、どうやっても、国内希望」
「…おもしろくない」
「北海道とかは? もしくは逆に沖縄」
「………」
「この際、日本一周とかは、どうでしょう?」
「ゆっくりできないから、却下」
「………」
「そう言えば、鈴鹿たち。どっちで式、挙げるんだろうな」
「どっちって?」
「あいつ、アメリカに住んでるだろ?」
「………」
「だから」
「――た、タマちゃーん! 和馬ぁ!」
言えば、彼女は手を離して。
大急ぎで、今、名前を綴った二人のそばへと駆けていった。
たぶん、必死で、日本でやってくれと頼むんだろう。
その背中を見て、俺はまた、くすくすと笑う。
「新婚旅行…か」
呟いて。
本当にどうしようかと、考え出す。
彼女の希望通り、ヨーロッパ方面でもいいけれど。
国内はちょっと、やっぱり、おもしろくはないから。
海のそば…のがいいか?
あいつ、海、好きだからな。
ぼんやりと考えながら、開けられていた扉の向こうへと、目を向けた。
そうすれば、そこには。
「玲」
彼女の名を呼べば、彼女は振り返って。
そして、戻ってきて。
「何ー?」
「外」
「外?」
「降ってきた、雨」
大きく、目を見開いて。
それから、外へと目を向ける。
「麻衣の時は、降らなかったんだよね」
言いながら、外へと足を向けて。
ゆっくりと、歩いていく。
小ぶりだけれど。
雨は冷たい。
二月の雨は、雪にも変わりやすいし。
「でも何で、雨なんだろうね?」
「さあな。外に出るなよ?」
「はーい」
「………」
生返事気味なのに、眉根を寄せれば。
思った通り、彼女は外へと一歩を踏み出してた。
まったく…と、息を吐き出して。
それでも、前に彼女が言っていた言葉を思い出したから、藤井に声を掛けた。
頼めばもちろん、OKサインが出されて。
藤井はカメラを構える。
自分の目で、直接は見られないけれど。
そして、彼女自身の姿だけれど。
『銀の糸が降り注ぐ中、純白のドレスを着た女性がいる図』――は、見られるのだから。
雨へと手を差し伸べて。
片手で、雨の雫を受け止めて。
彼女はふんわりと笑う。
それを見ていると、そばでシャッター音が切られた。
「はい」
差し出されたものに、藤井と顔を見合わせて、笑って。
「もう一枚撮ろ」
言って、また、カメラを構えた。
ポラロイドのそれは、何度も続けざまに、シャッターを切られないらしく。
最高の一瞬を見極めようと、藤井はずっと、レンズを覗いてた。
雨の中に佇む彼女は。
本当に綺麗で、どうしようもなくて。
「葉月も行ってくれば?」
「?」
「撮ってあげる。マスコミにどうせ、一枚写真、送らなきゃならないんだし」
「……ああ」
「見せ付けちゃえば? 自分達はこんなにも幸せなんだぞーってさ」
くすくすと笑いながら、藤井は俺の背を押して。
仕方なく、俺は歩き出す。
そんな俺に気づいて、振り返った彼女から。
カメラを手にしている藤井を隠すようにして。
「雨」
「ああ」
「冷たいね。さすがに」
「だから、外には出るなって言ったんだろ?」
「でも、雨」
「………」
何が『でも』なんだか。
わけのわからないまま、微苦笑して。
それでも、彼女はすぐそばで、雨へと手を伸ばす。
こんな彼女をずっと見ていたいとは思う。
思うけれど。
見ているだけでは、つまらないから。
「雨乞い?」
「どっちかって言うと、雪になってほしいかな」
言葉に微笑って。
俺も手を差し伸べた。
二人なら。
何も、できないことはない。
そう、思いたかったから。
「ブーケってさ、手渡ししてもよかったのかな?」
「?」
見上げられて、わずかに首を傾げる。
「でもなぁ。みんなに早く、幸せになってもらいたいから。一人に絞れって言われると、難しいんだけど」
俺が抱いた疑問には答えずに、彼女は言葉を紡いでいって。
「とりあえず、次は。手にしちゃった、タマちゃんの番かな?」
言いながら、後ろを向いた。
そしてそこで、彼女の笑顔は固まって。
それを確認したあとで、俺もそちらへと、瞳を向ける。
「な、なっちん?」
「もう遅い。アンタたちの幸せは、もうすでに切り取らせてもらった」
言いながら、藤井は写真を扇状に広げて見せて。
彼女は急いで、体育館の中へと戻る。
「一言言ってよー!」
「イヤ。自然なままが、アタシのコンセプトだし」
「だって、こんなかっこ…!」
「題はやっぱ、『幸せ』?」
「はい、奈津実さん。俺にいい案が」
「何よ? 尽」
「『四つ葉のクローバー』。二人のマリッジリングに引っかけて」
「じゃ、そうしよう」
「しなくていい!」
体育館の中。
ばたばたと走り回る音ばかりが際立ちはじめる。
「あーん、動きにくいよー!!」
しかも重いし!
言いながら、足を止めて、彼女は肩で息をして。
「いいじゃない。結局はマスコミに持ってかなきゃいけないんだし」
「なおさら!」
こんな日まで、声を上げている彼女に苦笑していると。
「まったくあいつは。こんな日にまで、大声張り上げて」
「でも、玲ちゃんらしいよ。ね? 葉月くん」
そう、声をかけられた。
それに、こくんと頷く。
何も変わらない。
あいつも、俺も。
「それより、麻衣は玲ちゃんのこと、引っ張り回し過ぎだぞ?」
「煩い。知りたいことがあったんだから、仕方ないでしょ?」
「だからって…」
「玲のことは、何でも知っておきたいの。手遅れになってからじゃ、大変なんだから。後々、困らないために、私はあいつのことを知っておくの。じゃなきゃ、玲の親友は、出来ないしね」
「それ…わかる気がする」
「でしょう?」
腕を組んで、月宮は彼女から俺へと、視線の先を変える。
そして。
ふっと、笑みを浮かべた。
「みんな。玲に優しさを分けてもらったり、迷惑を掛けたと思ってる人間は。みんな、あいつの幸せを願ってる。けどあいつは、自分よりも周りのことだから。そして今。玲の幸せは、あなたの幸せだろうから。頑張って、幸せになってくださいね」
言葉に、こくんと頷いて。
俺はまた、彼女へと瞳を向ける。
今日がスタートなのだとしたら。
いったい、ゴールはいつなんだろう?
「珪! お義母さんがヴァイオリン、弾いてくれるって!」
嬉しそうに近寄ってきた彼女に、俺は笑って。
差し出された手を、ぎゅっと握った。
もう二度と、この手を離さないために。
「幸せになんなよ? 玲」
「当然! 幸せになっちゃうもんね? 珪」
「ああ」
にっこりと、彼女と二人で笑って。
歩き出した彼女の隣りで、歩を進めていく。
彼女のそばが、俺の幸せだから。
彼女の笑顔だけが、俺の幸せに、摩り替わるから。
「ずっと、一緒にいような?」
END
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