同じリズムしか 僕らは知らなくて

時折別の――とかって
思いたくもなるけど

結局僕らは それしか知らなくて

それしか 身体は覚えていないから

同じリズムで 進んでいく

そして

同じ場所をぐるぐる回る

ずっと

ずっと




キズ 〜 ヘンテン 〜





どくん、と心臓が一際大きく、音を立てた。
ああ、もうダメかな。
ぼんやりと思って、わたしは薄く、笑ってみる。
いつもの彼なら、即答してる質問。
でも今日は。
「………」
彼は無言で、考え込んでる。
わたしから視線を外して、床を見続けている。
もうダメだ。
気づかれないように、吐息。
決めていたんだ、実は。
あなたがこういう行動を取った時の、わたしの中の――対処法。
だからごめんね?
もう、ダメ。
終わりだ。
「……ああ、そうだな」
ほらやっぱり。
たっぷりの時間、考えて出された答え。
ここは彼の控え室。
そこにやってきたわたし。
出て行くのは、わたしの仕事。
「それじゃ、今から君とは、仕事上の関係だけね」
座っていた椅子から腰を上げて、わたしはそう、言葉を綴った。
涙が溢れないように、気を使いながら。
短かったな。
ちょっと思う。
長かったのかな?
また、ちょっと思う。
でもま、幸せだったよ。
ありがとう。
言いたいけど――我慢して。
「家の荷物は、今日中に移動するから」
「………」
「バイバイ、葉月くん」
「!」
あまり痛々しくならないようにと思いながら、微笑って。
わたしは。
彼に背を向けて、そこを出た。

ぱたんと軽い音を発して閉まった扉に、わたしはわずかに背を預けた。
泣いちゃダメ。
泣いたらダメ。
言い聞かせて、顔を上げる。
プライドなんてもの、全然ないけど。
ここで泣いたら、哀れまれるだけだから。
みんなに迷惑かけちゃダメ。
みんなに心配、かけちゃダメ。
落ち着いた心に、追い討ちをかけるように、息を吐き出す。
長く、ゆっくりと。
ついでに顔を上げれば、景色は滲んではいなかった。
一歩、足を踏み出す。
平気だ。
大丈夫。
そのまま足を動かして。
すれ違ったスタッフさんたちに、軽く挨拶を交わして。
わたしはそのスタジオを、後にした。



彼が帰ってくる時間は知っていたし。
彼の家に持っていっていたものは、わずかなものばかりだったから…。
服や小物。
あとは、ノートパソコンだけを持って、わたしは近くのホテルに部屋を取った。
実家に帰る気は、どうしてもしなくて。
出来れば、一人になりたくて。
部屋に着いた早々、わたしはベッドに横になった。
縛っていた髪を解いて。
とりあえず、大の字に。
諸岡さんに、連絡しないと。
とか。
なっちんにも、仕事で迷惑かけちゃうかもしれないから、電話しないとな。
とか。
いろいろ――考えたけど。
こめかみを伝っていった涙に、瞼を降ろした。
腕でそれを抑えて。
止めるのか、流すのか。
自分でもわからないまま、それから数分を、そうやって過ごした。
これからどうしよう。
とにかく、早く住むところ見つけよう。
実家には帰りたくない。
戻りたくない。
誰にも会いたくない。
一人が――いい。
考えて、考えて。
少し…早まったかな?
思考は、あの時へと戻る。
でも、考えるってことは、そういう気持ちも少しはあったってことでしょ?
自問自答。
縋ったって、結局は同じだよ。
いつかはこうなってた。
仕方ないんだ。
それが少し、早まっただけ。
結局わたしたちは、隣りには並べなかったんだよ。
結局わたしは、またひとりだ。
『永遠』なんて、そんなの、やっぱりないんだ。
『絶対』なんてこと、ない。
ありえない。
大きな約束は、決して、果たされはしない。
「ばかなやつ…」
くすくす笑って。
壊れたみたいに、一人で大笑いして。
それから、流れた涙を拭った。
信じた自分が悪い。
あれほど無理だって、思ってたんだから。
こうなることはわかってたはずでしょう?
夢を見ちゃったのは自分。
信じさせてくれるかもしれない、と思ってしまったのは自分。
そんなものはないと思っていたはずなのに。
知っていたはずなのに。
携帯を手にして、わたしはメールを打つ。
今は遠い地にいる親友に。
声を聞いたら、今は絶対、泣いてしまうから。
短く短く、文章を打った。
『葉月くんと別れた。
今はホテル』
それだけ打って、送信して。
連絡とか、そういうものを。
わたしはすべて、明日に回すことにした。





「……何それ?」
「だから、葉月くんと別れた」
「だから何で!?」
喫茶店。
仕事の話。
そのために待ち合わせしたその場所で。
いつもと違う方向から来たわたしに、彼女は軽く、首を傾げたけれど。
わたしはとりあえず、無視をして。
さっさと仕事の話をすませた。
ちなみに彼女。
今は彼の専属のカメラマンのアシスタントをしながら、勉強してて。
わたしがいくつか受け持っているうちの一つの雑誌の連載のページに載せる写真も、彼女が撮ってくれている。
で、今はなぜ違う方向から来たのか、と彼女が問い掛けてきたから。
それにきちんと、素直に答えたというわけで。
「何で…って、いつもみたいにケンカして」
「でも、アンタたち、すぐに仲直りしてたでしょ?」
「そうだね」
「そうだねって……」
がっくりと肩を落とした彼女に、目を細める。
ありがたいね、やっぱり。
思って、カップを口元で傾けた。
「いつもみたいにケンカして。いつもみたいに、僕は彼の言ってることに口を挟まなかった。だって、あってたから。彼のことを特別扱いしない。周りと同じように扱ってる。それに彼が不満を持ってることも知ってた。でも、仕事なんだから、仕方ないじゃない?」
「………」
「そうやって、いつもみたいにケンカして。いつもみたいに、僕は問いかけを口にした。それじゃあ別れようか? そうすれば、君の苛立ちもなくなるし、こうやっていちいち、君が怒ることもなくなるもんね? って」
「……そう、なんだろうけど…」
彼は怒る時、場所を選ばなかった。
そうしたいからそうする。
そんな彼のスタイルは、ずっと貫き通されたわけで。
だから、そんな通例だった痴話げんかを、結構多くの人が知っていた。
「僕がこういう性格なのは知ってるだろうから、大丈夫だと思ってた。僕は公私混同なんて、しないから。でも、彼は理解してはくれなかったわけ。いつもみたいに問い掛けた僕に、彼は考えてた。そこが、いつもとは違った。いつもはすぐに、『嫌だ』って答えてたのに」
「……うん」
「だから、ああ、もうダメなんだなーって思ってた」
「………」
「そしたら、『ああ、そうだな』って」
「だから別れたの?」
「うん。今はホテル住まい。編集部とスタジオに近いとこ、どっかないかなーって、探してる」
わたしの言葉に、なっちんは「バカじゃないの?」って低くうめいてくれて。
わたしはそれに、「そうかもね」って答えることしかできなかった。
けど。
「考えるってことはさ、少なくとも、そういう気持ちがあるってことなんだと思うんだよね」
「………」
「今までは、考えなくても、答えは一つだったわけで。でも、考えちゃったんだよ、彼は。多かれ少なかれ、そういう気持ちがあったから。そのあとでもし、否定してくれたとしても、いつかはこうなったと思う」
「そんなの…!」
「わかるよ」
言い切って、わたしは腰を上げた。
それに、彼女も席を立つ。
伝票を手に取ったわたしに、彼女は急いで付いてきて。
「アタシが払う」
そう言って、先にレジの前へと立った。
「なっちん」
「その代わり、ちゃんと話してもらうからね」
「………」
「麻衣に言われてるんだから。アンタのこと、よろしく頼まれてんの」
「麻衣に…?」
「アタシんチ、行こう」
手を取られて、引きずられるようにして、歩き出す。
その手の暖かさにほっとして。
何だ、泣いてもいい場所、まだあるんじゃん。
麻衣のヤツ、ちゃんと用意してくれてるじゃん。
なんて……思ってた。






「決めてたんだ。一つだけ」

「彼の言葉には従おうって、そう決めてたの」

「彼が別れようって言ったら、別れるし。別れないって言ったら、そのまま続行」

「そう…決めてたんだ」

なっちんの家。
着いて、コーヒーを出されて。
手を付けずにいたら、なぜかニィやんまで、やってきて。
二人の前でわたしは、いつもなら、麻衣に話すだろう事柄を、ポツリポツリと話し始めた。
「決めてたって……」
「彼は恩人なの。僕の心を救ってくれた、恩人」
「その恩返し、みたいなもんやったんか? 玲ちゃんの中では」
言葉に、こくん、と首を縦に振る。
「それにね、彼を困らせるのも嫌だったから。彼の困ったような顔、見たくなかったから」
「だから、言うたかて……」
「葉月は逆に、それでアンタの愛情、確かめようとしてたんじゃないの? 自分は本当に愛されてるんだろうか、って不安になってたんじゃないのかな?」
「かも…ね」
「だったら……!」
「あのね、わがままなんだよ、所詮」
俯いたまま。
なぜか正座してしまっていたわたしは、膝の上に置いていた手を、軽く組んだ。
二人は友達。
今は、親友になってくれようとしている……二人。
「わかってくれてると思ってた。そういうこと、なんだよ」
「言わなわからんで?」
「知ってる。ちゃんと言ってた」
「何て?」
「好きとか、大好きとか、愛してるとか」
「………」
「珪にしか触らせない、とか、珪にしか見せない、とか」
「……それは…」
「でも、無理だった。結局、ちゃんと届いてなかった……!」
もう、限界だった。
涙が零れてた。
ぽたぽたって、手に落ちた。
「玲…」
「わたしじゃ無理なんだって、彼が怒るたびに思ってた。でも、彼がわたしがいいって言うから、そばにいた。こうなること、わかっていながら」
目元を抑えて、わたしはちょっと泣いて。
落ち着こうって思ったら、背中に暖かな手があった。
抱き締められてるって気づくまでに、数秒かかって。
「ごめんね、気づいてあげられなくて」
声に、誰がそうしてくれてるのかを知って。
「なっちん……」
「辛かったよね? 誰にも言えずに、一人で悩んでたんでしょ? だから、ごめんね?」
涙がまた、零れて。
ふるふると首を振った。
「葉月に、ちゃんと聞いてみよか? どういうつもりやったんか」
「ううん。いいよ」
「でも……」
「そやで? 聞いてみたら、何か言うやろ、あいつも」
「素直に答えるとは思えないもん」
泣き笑いの表情を浮かべながら、わたしはそう、言葉を綴った。
暖かくて、どうしようもなくて。
わたしは蓋を、わずかに開けられたように思う。
彼の色だけを一生懸命乗せてきた結果なのかなって、ちょっと思った。

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