でもやっぱり。
少しだけ、考える。

傷付くのは嫌かもしれない。
これ以上、不幸になるのは、嫌かもしれない。

……なーんてね。




ハプニング! 2





次の日の放課後。
彼の教室の、彼の席に座って。
彼が毎日使っている机に、頬杖を突いて。
ボーッと、彼が戻るのを、待ってみてた。
彼は今ごろ、少し大変かもしれない。
お願いした時の彼の顔は、ものすごい渋面だったことを思い出して。
わたしは少し、くすくすと笑っていた。
それでも、出された条件――見返りのために、わたしは夕焼けに染まる空を見続けているわけで。
綺麗だなぁ、なんて、ポツリと思ってた。
でも、やっぱり。
「暇だー!」
声を上げて、一つ、伸びをして。
それから脱力すると、ガタッという音が、教室内に響いた。
振り向くとそこには、この机と椅子の持ち主が、ドアに寄り掛かってて。
肩で大きく、息をしてた。
だから。
「…大丈夫?」
恐る恐る、そう聞けば。
ここまでだと思ってなかったのか、彼は一瞬、わたしを睨んできて。
それにわずかに肩を竦めると。
「…何とか」
って、答えを返してくれた。
ほっと息を吐いて、立ち上がる。
自分のと、彼のと。
鞄を持って。
ついでに、彼のマフラーも手にして、そばへと寄った。
「平気? 少し…休む?」
「いい」
顔を覗き込んでの問いに、彼は軽く、首を左右に振る。
それから身体を起こしたから、わたしもつられるようにして、身体を起こした。
「んじゃ、帰りますか」
「ああ」
提案に、短く肯定の言葉が返ってくる。
マフラーをしてから、鞄を取って。
彼は小さく、暑いってぼやいた。
くすくす笑って、二人で並んで、廊下を歩いてく。
何をしていたとか、そういう話はしない。
聞かれていたら、マズイし。
人気がないからって、油断はしない。
気づいているからか、彼も何も言わずにいてくれて。
階段を降り切ったところで、その声は響いた。
「あー!!」
……大きな声。
声と言うより、悲鳴か?
思いつつ、そこへと寄れば。
髪が長くて、身長165cmぐらいの三年の先輩が。
自分の下駄箱を開けて、固まってた。
「どうしたんですか?」
声を掛けると、彼女はわたしを見て。
「あなたでしょう!?」
なんて、言ってきた。
だからわたしは、「はぁ?」って、返す。
「何がですか?」
「何がって……、コレよ!!」
出されたものに、目を見開いて。
「あちゃー…。見事に切り刻まれてますね」
そう、感想を零した。
「白々しいわね!」
「いや、そう言われても、ですね…」
「仕返しなのはわかってるんだから!」
「そりゃ、先輩にはいろいろされてますけど…、この頃は大人しかったじゃないですか」
「………」
「それとも、この前のは、先輩が…?」
「し、知らないわ」
ふるふると首を振って、彼女はわたしの横を擦り抜けていく。
どうでもいいけど、自由登校の三学期に、毎日来てるんだね、あなたは。
慌てたように廊下を駆けていく、その足音に。
わたしはポケットの中で、携帯を操作してた。
姿が見えなくなった時には、もうすでに、メールを送信し終えていて。
声が響いた時には、小さく失笑を零した。
彼も同じように、笑ってて。
で、二人一緒に校舎を出る。
届いたメールに、目を通して。
もう一通、用意していたメールを送信した。
背後からは何も聞こえなくて。
ちらりと振り向いてくれた彼が。
「蹲ってる」
って、呟くように教えてくれた。


「何やったんだ?」
言葉に、外へと向けていた視線を、彼へ移す。
それから。
「君島くんと、手を組んだの」
と、短く答えた。
「先輩と?」
「そ。そしたらね? 日比谷くんも手伝ってくれて」
「………」
「ちなみにそれは、君島くんの友達の」
テーブルの上に置いていた携帯を指差して、わたしはそう言う。
机の端、ギリギリに、それは置いてあって。
あともう少しで、そのお友達さんが、この喫茶店に足を踏み入れて。
その携帯を、奪い去っていく予定だったりする。
もちろん、誰にも悟られないように。
わたしの携帯と、瞬時に交換。
君島くん自体は、もうすでに別の席にいることを確認済みだから。
「日比谷くんは部活があるけど。グラウンド方面だったら、見られるじゃない? だから、君と先輩のおいかけっこの状況を、教えてもらってたの。君島くんは、校内」
「………」
「その間に、僕は先輩のローファーとスニーカーを、僕がされたような状態にして。それだけじゃ気が治まらなかったんで、君島くんに元々調べておいてもらった、先輩の携帯に、メールを送ったのです」
「何て?」
「一通目は、『大丈夫?』って」
「何が?」
「それは書かなかったの。でも、先輩の名前は書いといたから。メールのアドレスは、見慣れないものでもね」
「……」
「で、君らのおいかけっこは終了」
「…ああ」
「二通目は、昇降口で、先輩が教室に入ってから。『無駄』」
「………」
「三通目は、君島くんから、校舎を出たっていうメールをもらってから」
「…何て?」
「『ご苦労様。よければ、屋上に替えの靴があるから、使ってよ。それと、これに懲りたら、他人のことに干渉しないことだね。無理だったなら…今度こそ、傷付くかもよ?』」
「……」
「『君じゃなくて、君の大切なモノがね』」
「………」
「その証拠に、先輩の定期入れに入ってた、君の写真。君にかかるギリギリのとこまで、カッターの刃が入ってたりして」
「いつの間に?」
「いつの間にだと思うー?」
満面の笑みで、答えを促しても。
彼から答えは返らない。
とにかく。
君島くんが味方に付いてくれたのは、ありがたかった。
人を傷付けるってこと、あんまりしなさそうなのに。
「あー、あいつね。俺もあいつはやり過ぎだと思ってたからさー。何なら、手ぇ、貸すよ?」
って、言ってくれた時は、本当に嬉しかった。
「何をどうするかは決めてたから。いつでも行動を起こせるようにって、いろいろ調べてもいたし」
「さすが」
「でっしょー? ま、二人には感謝しないとね」
バレンタイン近いから、それかな?
呟いて、わたしたちのテーブルに近づいてきた人がしたことを、横目で確認する。
携帯が入れ替わったことに気づいたのは、きっと数人。
だって、同じ機種に、同じ色。
ストラップだって、シンプルなものしか付いてなかったし。
「さて、出ますか?」
口にすれば、彼はすぐに腰を上げる。
置いていかれたままの伝票に、短く息を吐いて。
交換条件だし、仕方ないよなー。
一人で頷いて。
わたしもそのテーブルをあとにした。




トントンッと、階段を降りていく。
今年は土曜日だったから、朝から走り回って、男の子達みんなに、チョコを配って。
でもあと一人いるけど、彼は最初から、数に入れていない。
一緒に帰る約束とか、してないけど。
今日が何の日かを考えたら、絶対わたしのしたいことはわかると思うから。
ていうか、先に帰ったら、追いかけるつもりでいるし。
うんうん、なんて、首を何度も縦に振って。
階段を降り切った。
教室に向かおうと、そっちに足を向けると。
頭の上に手を置かれて。
わたしはそこへと、瞳を向ける。
大きな手の向こう側。
見えた色に、頬を膨らませてた。
「重いです」
「疲れた」
「あの、聞いてる?」
「さあな」
この返答は、絶対聞いてる。
思いつつ、その手を退ける。
どうしてわたしを肘置きにするかな?
そこまで背、低くないんだけどな、わたし。
「今日、どうするんだ?」
「何が?」
問いが意味することは知っているけど。
あえて、そう、聞き返した。
ら、彼は眉間に皺を寄せる。
――楽しんでる、わたし。
彼との言葉遊び。
「くれないのか?」
「…欲しいんだ?」
「まぁ……」
彼は視線を逸らして、小さく小さく、呟いてくれた。
楽しみにしてくれてたんなら、仕方ない。
嬉しくて、笑みを浮かべて、口を開いた。
「あのさ、放課後…」
「田端先輩!」
上から呼びかけられて、わたしは振り返る。
不意に遮られた形になったけど。
わたしのことを『先輩』と呼ぶんだから、後輩なんだろう。
それに上からなら、確率は高いし。
しかも女の子なら、なおさら無視するわけにはいかないよね?
考えていたら、その子たちはわたしの目の前へと駆けてきた。
「あ。君たちは……」
「「この前は本当に、すみませんでした!」」
二人同時に頭を下げて。
本当に仲いいんだねって、思っていたら。
「これ、田端先輩に…」
って、綺麗に包まれたそれを差し出してきた。
二人同時のそれに、少しだけ首を傾げる。
「和馬に?」
「違います!」
「田端先輩、自身に! です!」
「僕に…?」
「「はい!」」
「……どうして?」
「どうしてって…、先輩、優しいし」
「優しい…かなぁ?」
「優しいですよ! それに」
「「カッコイイし!」」
「!?」
そんなこと言われたの、初めてだ!
驚いてると、少し上からは笑いが降ってきた。
しかも、堪えてるんだけど、漏れ出てますって感じの。
「「だから、受け取ってください!」」
押しに負けて、結局最後はもらってしまって。
わたしはしばし、呆然。
「いいのかなぁ?」
「いいんだろ?」
「…もらっとくけど」
手に持って、歩きはじめる。
くれると言うものを無碍に断るのも、何だし。
それに、チョコレートは大好きだし。
「さっきの続き。今日の放課後、君の家に行くから」
「わかった。じゃあ……」
「今日は僕が迎えに行く」
振り向いて言えば、彼は微笑を浮かべて、頷いてくれた。

「……何これ」
教室に入って、すぐに目にしたものに、わたしはそう、声を上げた。
どう見てもそこは、わたしの席のはずで。
そのそばで、ニィやんが手招きしてたから、わたしは何とか、足を踏み出す。
「スッゴイなぁ、玲ちゃん」
「じゃあここは、やっぱり僕の席で合ってるわけか」
「何ボケてんねん」
威勢よく、ニィやんが笑ってるけど。
わたしははぁー、なんて、息を吐いてた。
とにかく、鞄の中に……。
考えて、鞄を開けたら、そこにも似たようなのがいくつも入ってて。
「ニィやん。何か、いらない袋、ない?」
「何で?」
「入らない……」
鞄を一番緩めの状態にしても、到底全部は入らなくて。
と言うより、最初から。
満杯の状態で。
それを届けると、彼は驚きを通り越して、呆れてた。
「何やねん、それ…」
って。
「そんなこと言われてもさぁ」
とか言ってたら。
「あ、いたよ。田端先輩!」
って声が耳に飛び込んできた。
近づいてくる足音に振り返ると、大きな袋を差し出されて。
「美術部の子だよね? 確か…」
見覚えのある顔に、そう言葉を綴ると。
真ん中に立っていた子は、嬉しそうに、頬を赤らめた。
「はい! 美術部一年、女子を代表してきました!」
「…は?」
「田端先輩に、ヴァレンタインのチョコレートです!」
「へ?」
「どうぞ!」
なおも出されて。
どうも、なんて、受け取っちゃって。
美術部の子たちは、一斉に頭を下げて、教室を出ていった。
きゃーきゃー騒ぎながら出ていくその背を見送っていたら。
「よかったやん。袋、もらえて」
なんて、ニィやんにぼやかれた。
それに頷くことも忘れて。
わたしは袋の中へと、机の上のものを入れはじめる。
てっきり、友達からのものだけだと思ってたのになぁ、なんて。
知らず知らずのうちに、ため息を吐いてしまってた。

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