いまさらって、すごく思ってる。
どうして? って、考えちゃう。
でもそういうことがあるから、毎日が楽しいんだと思う。

だってさ、毎日同じだったら、生きるのに疲れちゃわない?




ハプニング! 1





机の上に置いたプリントの、とある一ヵ所。
そこで、わたしの手は止まってた。
ついでに、視線と思考も。
ここが終われば、何しても許されるのに。
そんな時間に、突入できるのに。
思いながら、考える。
けど、頭の中に思い浮かぶ言葉は、わからない、という、ただそれだけで。
その言葉がぐるぐると回っている、だけで。
わたしは仕方なく隣りへと視線を向けた。
「あのさ、葉月くん…って」
寝てたんですね……。
窓から注がれる光の中で、彼は夢の中だった。
いつものように、机に突っ伏して。
先生方の用事が重なったとかで、二クラス合同になった午後一の授業は、自習で。
自主学習で。
場所は図書室。
配られたプリントをやるように言われたけど、監督の先生がおじいちゃん先生――はば学で一番高齢の先生――だからか、みんな適当で。
もちろん、中にはきちんとやってる人もいたみたいだったけど。
今じゃほとんどの人間が、寝てたり、本を読んだりしてる。
彼もその中の一人だったわけで。
プリント、終わったのかなー……。
なんて思いつつ、彼の腕の下にあったそれを、破らないようにと気を付けながら、引き出してみた。
…ら。
「あーあ…」
見事って言うぐらい、真っ白で。
息を吐くと同時に、肩を落とす。
けどそれじゃ、わたしが納得いかない。
諦めてしまえばいいのに。
思うけど。
たった一ヵ所だけ空白なのも、気になって仕方がないし。
だから、彼に教わろうと思って持ってきた英語の教科書を軽く丸めて――筒状にして――それで、彼の頭を叩いてみた。
パコッて、そんな音。
「……どうした?」
あ、これだけで起きるとは。
今回はずいぶん、眠りが浅かったんだね。
思いつつ、わずかに頭を上げてくれた彼の目の前に、プリントを突きつけた。
もちろん、真っ白な、彼のを。
「プリント」
「………」
「終わってから寝ましょう」
「………」
笑顔で言ったわたしに、眉根をわずかに寄せて。
それでも彼は、無言で身体を起こしてくれた。
プリントを取って。
ペンも執ってくれて。
「あ、一番最後のやつ、やって」
「どうして?」
「わかんなかったんだよねー、実は。だから」
「…それでか?」
「そう。それで」
にっこりと笑うと、彼は大きくため息を吐く。
そうしていても、彼はわたしが言った問題から取り掛かってくれた。
書かれていく単語を、机に身を乗り出すみたいにして、見て。
理解して。
途中で自分のプリントへとペンを走らせてみる。
「わかったのか?」
「多分」
隣りからの声に、短く応えて。
……でも。
「あれ? 現在?」
「過去」
「……え? でも、さ…」
「過去進行形」
にわかに振り向いたわたしに、彼はきちんとした答えをくれる。
それにわたしは、一度手を打った。
でも、「ややこしい…」って、小さく呟いたけど。
消しゴムで間違えている部分を消して。
書き直して。
もう一度身を乗り出して、彼が解いていくそれを邪魔しつつ、答えあわせをはじめる。
プリントを押さえている左手を持ち上げてみたり。
勝手にそうしていたら――当たり前のように、額を叩かれた。
「すぐに終わるから、少し待ってろ」
軽い痛みを発している額を押さえて。
紡がれた言葉に、頬を膨らませる。
それに笑った瞳に、ますます膨らませて見せて。
――周りから注がれている視線に気づいたのは。
その時。
だからすぐに、図書室内を見渡したんだけど。
視線は一瞬で掻き消えた。
首を傾げたら、プリントが横から差し出されて。
「終わった」
短い言葉に、まぁいいかって。
「借りまーす!」
声を上げて、受け取って。
わたしはそれを横に置いて。
彼のと自分のと。
交互に見ながら、答えあわせを続けてた。

本日、木曜日。つまり、バイトがある日。
彼の教室へと迎えに行って。
一緒にそこを出て、昇降口へと降りる。
でもそこで、わたしは動きを止めてた。
下駄箱を開けた、そこで。
「…ありゃりゃ」
取り出すまでもなく、変わり果てていた、元ローファーに、わたしは息を吐く。
そんなわたしに気づいて、すでに靴を履いた状態で待っていた彼が、わたしの後ろから、同じ場所に視線を注いできた。
「……酷いな」
わたしを退かして、彼はそれを手にする。
カッターで切り刻まれた――それを。
「体育で使ってるスニーカー、取ってくるよ。それで帰る。今日は」
「俺も行く」
申し出に頷いて、また二人で階段を上って、教室へと向かう。
けど。
「……無駄だったね」
ロッカーから取り出したものも、ぼろぼろになってて。
『元スニーカー』
そういうものになってた。
それを見て、大きくため息を吐く。
手に取って、「あーあ」なんて声を上げながら、仕方なくごみ箱へと、それを放った。
「上履きで帰るかー」
「田端」
「ん?」
「理由…わかってるのか?」
問いかけに、後頭部へと手を回す。
わかってるけど。
多分あれだろうっていうのはわかってるけど。
そんな風に、思いつくものはあるんだけど。
言いたく…ない。
「田端」
促されて、長く息を吐いた。
同時に、肩から力を抜く。
理由は――彼。
…の、そばにいるから。
「本当は…わかってるんでしょ?」
伺うように聞けば、彼は眉根を寄せた。
どうでもいいけど、そろそろ出ないと、バイトに間に合わなくなる。
わたしも、彼も。
ALUCARDに行く前に、靴、買ってかないとなー。
考えていると、彼が携帯を取り出してた。
何をするんだろうと見ていると。
どこかへと電話を掛けて。
「…マネージャー? 俺。葉月」
って話し出した。
から、慌ててそれを奪う。
「何でもないです! すぐに連れていきますから、心配しないでください!」
急に出たわたしに、彼のマネージャーさんは驚いてたみたいだったけど。
それを無視して、通話を切った。
彼を見ると、怒ってて。
当たり前か、なんて思いつつ、彼の携帯を、彼の鞄へと押し込んだ。
鞄を探ろうとしたら、今度は彼自身を止めれば、それでいいから。
それで、済むから。
「…田端」
「君は関係ない」
「あるだろ?」
「ない。少なくとも、僕にああいうことをしてくる人間にとっては、ない」
「………」
告げれば、彼はどこか悔しそうに、目を細める。
その彼の腕を取って。
わたしは早めに、足を動かしはじめた。



見当は付いてる。
あの自習の時間に、図書室にいた人間。
わたしと彼のクラスメイト。
でもって。
複数だよなー。どう考えても。
水を止めて、布巾を手にして。
今さっき洗ったものを拭きながら、考える。
それでも、新しい靴に慣れていないせいか、酷く足元が気になってたけど。
――相手は不特定多数。
今になって、これが浮上するとは思ってなかったから。
かなり油断してた所為もあるけど。
そんなことを。
考えて。考えて。
「いらっしゃいませー」
店内に響いた声に、顔を上げた。
……ん、だけど。
「…えー……と?」
カウンターの中にいるわたしの目の前で、その子たちは俯いていた。
はっきり言って、見たことない。
でも、制服は…はば学のもので。
わたしと、一緒で。
同学年で見たことないから、一年生かな?
って、ちょっと思った。
先輩…ってことはないでしょ。
もっと大人っぽかったり。
態度大きかったりするもん、先輩方は。
「僕に…用事?」
聞けば、二人同時に頷いて。
「「ごめんなさい!」」
声をそろえて、そう言って、頭を深く下げた。
周りは驚いて、こっちを見てる。
だから慌てて。
「とりあえず、外に行こう?」
って、告げた。
店長に急な休憩をもらって、店から出て。
二人を連れて、細い路地へと入る。
人目に付かないことを確認してから、奥へと向き直った。
そこには二人の女の子。
「どういうことか…説明してもらえると、ありがたいんだけど?」
「「………」」
応えはない。
二人に、動きもない。
小さく嘆息すると、二人の肩は、ビクッと震えた。
別に、君たちをどうこうしようとか、考えってないってば。
思いつつ、口を開く。
「予測はついてるんだけど。だから、質問形式にするね? 僕が君たちに質問するから、それに君たちは、あっているかそうでないかだけ、言ってくれる?」
妥協案って言うのか、そう言わないのか。
……は、置いておいて、そう提案すると。
二人は同時に首を縦に振った。
同じ時間、考えて。
ちらりと視線を合わせて。
仲いいんだろうなって、ちょっと思う。
「まず一つ目。君たちは葉月くんのファンなの?」
「違います」
「違うの?」
「はい」
最初から違ったということに、わずかに面食らう。
まずいなー。幸先悪いじゃん。
とかって思っていたら。
右の子が、「わたし達、バスケ部で…」って、言葉を紡いだ。
だから。
「和馬?」
って、声を上げる。
瞬間、赤くなった二人に、はぁーなんて、びっくりしてた。
あんなののどこがいいんだか。
――なんて言ったら、失礼か。
想い続けてる人間。
わたしも一人、知ってるし。
「まぁとにかく。君たちにとって、和馬の周りにいる僕は、邪魔者ってことね?」
「「………」」
無言で顔を見合わせて。
それから、躊躇いながらも頷いた。
わたしは、やっぱりなー、なんて思う。
……話を進めよう。
――二つ目。
「でも、二人だけじゃ、どうにもならないから。声を掛けてきた、葉月親衛隊の方々と手を組んだ?」
「親衛隊かどうかはわかりませんけど…」
言外に、不特定多数の人間がいることを示唆されて、わたしは軽く、頭を振った。
それでも、彼女たちはまだいい方。
罪悪感感じて、部活が終わってからでも、こうして…謝りに来てくれたんだし。
「とにかくわかった。あ、あともう一つ教えて。君たちに声、掛けてきた人たちの、リーダー格って、誰だった? 名前覚えてなければ、見た目の特徴でいいから」
わたしの言葉に、二人は少しの間、顔を見合わせて、考えて。
それから、思い出しながらも、特徴を述べてくれた。
髪が長いだとか。
三年だった、だとか。
身長は165cmぐらいだった、とか。
――思い当たったのは、自称、葉月親衛隊隊長サマ。
「…よく、わかりました」
少しだけ、怒りを込めて言う。
口元を歪めたわたしに、彼女たちは怖がってたみたいだけど、そんなこと、構ってられなかった。
わかってなかったんだ、あの人。
ちょっと本気になっちゃうよ?
そこまで思ってから、二人に焦点を合わせて、にっこりと微笑む。
「情報提供、ありがとう。では」
二人の肩をぽんっと叩いて、背を向ける。
と、腕を掴まれたから、わたしは振り返った。
「どしたん?」
「…怒ってないんですか?」
「何が?」
「何がって……」
「靴のことなら怒ってるけど。それは、君たちが今、教えてくれた先輩に、全部ぶつけるから」
「私たちのことは…?」
「謝りに来てくれたんだから、いいんじゃん?」
「…でも……」
「誰にも言うつもりはないし。もちろん、和馬にも。それでも何かしたいというなら、君たちなりに、誠意を見せてくれればいいよ」
「「………」」
「それにね。和馬が前に、言ってたから」
「鈴鹿先輩が…?」
「何をですか?」
不安そうな顔に、くすりと笑う。
離された手に、表情もそれに合わせた。
羨ましいやつ。
って、本当に思う。
「――『バスケやってる奴に、悪い奴はいねぇよ』」
「「………」」
「『だから玲には、ぜってぇ、できねぇ!』…って、断言された」
「「……ぷっ」」
くすくすと笑い続ける二人に、手を振って。
わたしはその路地から出ようと踵を返した。
「その通りだなって、そう思うよ? まぁ、僕が出来るか出来ないかは、置いておいてさ。第一、こんな可愛い後輩二人に想われてるんだもん。そんな和馬が嘘を言うとは思わないけどね」
「!」
「か、かわいいですか?」
「僕よりは十二分に」
…って、僕を基準にしちゃ、いけないか。
思って言って。
「じゃねー」
紡ぎながら、後ろ手に手を振って。
わたしはそこから出た。
店へと戻ると、彼がいて。
眉間に深く、皺を刻んで、わたしを見てたから。
「ちょっと…手を貸していただけないでしょうか?」
頼むと共に。
にーっこりと、微笑んでみてた。

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