重ねあわせても、満ちることはないのに。
そう口にしたら。
足りない部分は、それぞれで補うんだよ。
と、彼女はさも当然のように、俺に教えてくれた。
FULL MOON
「あ、あったー!」
声が響いたと同時に、ばたばたという足音が近づいてくる。
仕事は午前中で終わったのか、彼女の部屋からは物音がしていたのだけれど。
それが止まったと思ったら、彼女の声が響いてきた。
俺と彼女と。
二人だけの家なのだから、この部屋に近づいてくる足音は、彼女のものでしかなくて。
その足音は、俺が今いる、アトリエとして使っている部屋の扉の前で止まる。
彼女のことだから、すぐに俺のところに報告に来るんだろうな――とは思っていたけれど。
無意識に、顔を扉の方に向けていたことに気づいて、俺は一人で苦笑してた。
「珪!」
そんな俺には気づかずに、彼女は嬉しそうな表情で扉を開けて。
そのあとで、今平気? なんて聞いてくる。
たとえだめだと言っても、彼女はここに居座るんだろうことはわかり切っているし。
俺自身が、彼女が嬉しそうなその理由を知りたかったら。
頷いて。
「どうした?」
と、聞けば、彼女は足早に、部屋の中へと入ってきた。
くすくす笑っているそれに、首を傾げていると。
「右手出してー」
とか言いながら、勝手に俺の右手を自分の方へと引き寄せる。
そんなことは、日常茶飯事だから、いちいち気にしてはいない。
何をするのかと見ていると、薬指にそれは嵌められた。
見間違える――はずもないもの。
「これ……」
「どこに仕舞ったか忘れてたんだけど。と言うか、これを探していたわけじゃないんだ。小さい雑貨ばっかりだからって、まだ開けてなかったダンボール箱があってさ。でも気になって仕方なかったの。何が入ってたか、全然思い出せなくて。で、開けてみたんだけどね?
そしたら…入ってました」
ふふっと笑って。
「もちろん、これも一緒にあったよーv」
と、自分の右手にそれを嵌めて。
見せてくれた。
俺が昔作った、三日月モチーフのリング。
彼女の手によって、俺の右手、薬指に嵌められている、半月モチーフのリングと、ペアのそれを。
「一緒にチェーンに通してありました」
「………」
「? 何? 何か言いたそう」
「まぁ、言いたいことはあるけど」
「何?」
首を傾げた彼女に、笑みを零す。
言ったら必ず、怒らせるんだろうな、とは思っていても。
結局最後は、彼女は許してくれるから。
それに、言いたいことはきちんと言えと言われているから。
俺は口を開こうとしたのだけれど。
「待って」
言われて、すぐに口を閉ざした。
「いじわるだったら、言わなくていい」
「…じゃあ、言わない」
俺の言葉に、彼女は一瞬、きょとんとして。
それでもすぐに、頬を膨らませた。
「いじわる言おうとしてたんだ?」
「まぁな」
「………」
椅子に座っている俺の後ろに回って。
彼女は軽く、俺の首に腕を回して。
「いじわる禁止ー!」
と、絞めてきた。
くすくす笑いながら、腕を叩いて、それを止める。
緩まったそれに、振り返ろうとすると。
背中に重みがかかって。
そしてすぐに、ぎゅっと抱き締められた。
椅子の背もたれが、わずかに悲鳴を上げる。
「玲?」
「あのさ、言ってなかったと思うから」
「…何を?」
力が篭って、暖かさに嬉しくなる。
それでも、彼女の声の重さに、俺は先を促したけれど。
「玲?」
肩に顔を埋めて。
彼女は小さく、その一言を発した。
「ありがとう」
と、一言。
「?」
「あの時、本当に作ってくれるとは思ってなかったから。それに、リングにまでしてくれたし」
「…そうか」
「うん。嬉しかったんだよ? でも、お礼が遅くなりました」
じっと彼女を見ていた俺の瞳と。
ちらりと俺の方を向いた彼女の大きな瞳とがかち合って。
彼女は嬉しそうに微笑う。
から、俺も笑みを浮かべてた。
彼女の笑顔に、つられるようにして。
「月、好きだったのか?」
「うん」
「今でも?」
「今でも」
「……どうして?」
「だって…珪みたいだから」
「…色が?」
「違う。まぁ、色もそうだけど」
「……」
「優しいじゃん。太陽みたいに、その光を誇示してるわけじゃない。優しくて、淡い光で照らしてくれるの」
「そうか」
「うん。昔はね? ただ、優しくて。ずーっと見てても飽きなかったから、好きだったの。でも今は、珪みたいだなって。珪見てると、月を思い出すの。逆ももちろん、あるんだけど」
だから。
耳元で囁いて、彼女は俺の頬に、唇を一つ、押し当てた。
驚きで、力を緩めてしまった俺の手から逃れて、彼女は扉の前へと足早に行ってしまう。
その姿を視線で、俺は追いかけた。
立ち上がって、そばに行くことすら、忘れて。
「ご飯出来たら、呼びに来るね?」
「…ああ」
「あんまり、根を詰め過ぎないようにね?
行き詰まったら、相談してください」
「わかった」
「それと」
扉に手をかけて。
それは多分、彼女にしてみれば、逃げる用意。
思い至って、軽く首を傾げながら、彼女を見ていると。
彼女は小さく、笑んだ。
「――大好き」
「………」
「じゃね」
ほんの少し、慌てたように手を振って、彼女は出ていく。
バタンと閉まった扉から、俺は視線を逸らして、手で口元を押さえた。
彼女はあまり、そういう、気持ちそのものを言葉に――口にはしないから。
急に言われると、どんな反応をすればいいのか、わからなくなる。
知っているからか、彼女もそのことについては、何も言っては来ないけれど。
それでもと、俺は腰を上げた。
自分もそうだと伝えるために。
もちろん、仕返しのように、抱き締めて。
反応を想像して、くすくすと笑いながら、俺も部屋を出た。
END
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