誰かの役に立てるのって、嬉しい。
それが…どんな形であったとしても。
MOON
彼の家の、彼の部屋の一角で。
わたしはそれを開いていた。
むー、なんて声を上げて、悩んでみたり。
目を見開いたそのあとで、微笑ってみたり。
そんなことをしながら。
そうしていると、彼が扉を開けて、戻ってきた。
「………」
見なくてもわかる。
彼は扉を開けたそこで、止まってる。
「…どうしてそれ、見てるんだ?」
平静を装っているのが、本当によくわかる。
そんな声で、彼はわたしへと、問いを投げた。
「見つけたから」
「………」
「って言うか、本棚に無造作に差してあったから」
「この部屋にはなかっただろ?」
「うん」
「…出たのか?」
「暇だったんだもん」
短く息を吐いて、彼は部屋の中へと入ってくる。
それを、少しだけスケッチブックを下げて、見て。
「嫌?」
「結構」
「だよね」
そう言いながらも、わたしは立ち上がって。
それを開いた状態で机へと置いた。
特に慌てることもなく、その傍らに、彼は持ってきてくれたものを落ち着かせる。
その彼に、わたしは徐に口を開いた。
「あのさ。これ…どっかで見たんだけど」
「……だろうな」
視線を落として言った言葉に、彼は短く言葉を綴る。
「どこで見たのかは忘れたけどさ、君が造ったのじゃないことだけは確か」
「ああ。だから形にするの、やめた。俺も」
「やっぱり?」
「ああ」
ぽんって頭の上に手。
けれどわたしは、そばにあった赤い色鉛筆を執って、そこに走らせた。
田端? って、彼が呼ぶのも、半ば無視。
よくあるクロスモチーフじゃなくて。
わたしはこっちの方が好き。
彼の書いたものの上に、赤い線が書き足されていって。
彼のファンは、これを見たら怒るんだろうなぁ、なんて、書き終えたあとで思った。
けど。
「………」
「ダメ?」
「満月?」
「出来たらねー、半月の方が嬉しい」
「……?」
「ペア物にするのさ。一方は半月で」
「もう一方は…三日月?」
「うん。文字とか入ってない方がいいな」
「ふぅーん…」
スケッチブックをわたしの目の前から取り上げて。
それから、クロッキーを取り出して、彼はソファに腰を下ろした。
真新しいページを開いて。
真っ白なそこに、線を書いていく。
それを、ソファの後ろに回って、眺めてみる。
彼をちらりと見れば。
わずかに微笑を浮かべてた。
「おもしろいな」
「何が?」
「ありきたりなものしか思いつかなかったから、この頃」
それでか。
思いつつ。
「作ったらちょうだいね?」
「二つともするのか?」
「…あ、そっか」
口にしたおねだりに、問い返されて、考え込むと。
彼は笑い出す。
から、考えて、考えて。
「一つは誰かにあげる」
「誰かって?」
思い浮かんだのは、親友の姿。
でも、彼女の胸には、彼氏からもらった、とかいうペンダントがあったはずで。
「…わかんない」
「じゃあ、やらない」
「ケチー」
頬を膨らませて、一度だけ。
グイッと彼の髪を引っ張っておいた。
そこを押さえて、彼はわたしを見る。
わたしはその視線から逃げるみたいに、彼に背を向けた。
「ブレスレットにしようかな…。どこにして行くのかはわかんないけど」
「それは困る」
「あ、やっぱり、作り手としては、毎日のようにしてて欲しいんだ?」
「普通だろ?」
返答に笑う。
そうしながら、ソファの背もたれに身体を寄り掛からせた。
窓の外には、相変わらず人の姿はなくて。
やっぱりこの辺って淋しいかもしれない。
考えて、手を置いていたそこを、ぎゅっと掴んだ。
きょろきょろと辺りを見回しながら、歩いていく。
たくさんの人と、たくさんの物。
そういった中を、たった一つの姿を捜して歩いてた。
いろんな色の中。
けど、見つからなくて、肩を落としかけたその時に。
「……みーっけ」
視線を伏せたら、そこには見たようなものが置いてあった。
から、売っている人物へと、視線を移す。
声に、彼は視線を上げてくれた。
「捜しちゃった」
「………」
「帽子を被っているとは思っておりませんでした」
「…目立つだろ?」
「だね」
さて。
零して、見回す。
お客さん、結構いるからなぁ。
『サクラ』、やってあげよう。
考えて。
じーっと見て、手に取って。
「いいなぁ」
呟いてみる。
「可愛いし、好みだし」
少しずつ、声を大きくして。
彼は口出しせずに、眉根を寄せてたけど。
寄ってきたお客さん達に、わたしの意図はわかったみたいだった。
お客さんの問い掛けにも、彼は何とか答えていて。
最初の、わたしが呼んだお客さんがいなくなった時に、わたしは手伝いに入った。
それとなく、筆談でいくらまで下げていいとか聞いて。
値切られそうになったのを、それでも渋がって見せたり。
わずかな隙を見て、並べ替えたりしてた。
「値札、もうちょっと見やすくしていい?」
「ああ」
「これ、ください」
「あ、はい。えーと…」
「4500円になります」
「…だそうです」
彼が微笑う。
お客さんも笑顔を覗かせて。
ついさっきまで、少し高いなぁーって顔をしていたのに、そのままの値段で買っていってくれた。
ありがとうございましたーと声を上げて。
値札を書いて、変えて。
「あれ? これ…」
そう言いながら、お客さんが取り上げたものに。
見られないように、片目を瞑った。
見つけられちゃった。
そんな風に。
「ペア?」
「はい…」
悲しい。
けど、カップルのお客様だから、仕方ないとも思う。
「へぇー、可愛いね」
「いいよねー?」
彼女さんの方がお気に入りみたいで。
彼氏さんは渋がってたけど。
それなら、わたしが買っていくって感じで、お財布を出した。
「ください」
言われて、相手をしようとしたら、彼の手が、それを遮った。
小さな透明の袋に入れられて。
それは買われていっちゃったんだけど。
「大切にしてくれるといいなぁ……」
名残惜しくて、背中を見続けながら、ポツリと呟いた言葉に。
彼はぽんっと頭を一つ、叩いてくれた。
お客さんが引いて。
時間を見たら、お昼を少し、過ぎた頃。
なるほど。
とか思いつつ、わたしは立ち上がった。
スペースの前へと回って。
じーっと、そこを見る。
「…買ってっていい?」
「べつに」
返答に、すぐに手を伸ばした。
彼からは、やっぱり、って声。
「だってさー、本当に欲しいものは買われてっちゃったんだもん」
「はいはい」
くすくすと笑う彼に、お金を渡そうとしたら。
「明日、奢ってくれればそれでいい」
なんて言われた。
から、やった、なんて思う。
だけど。
「やっぱなし、とか言うの、ダメだよ?」
「ああ」
「今の言葉、ちゃんと聞いたからね?」
「大丈夫」
笑顔での言葉に、安心して。
わたしはそれを手に、彼の隣りへと戻る。
袋を差し出されたけど、いらないと、首を横に振って。
三日月のリングを、右手の薬指に嵌めた。
半月のは、していたネックレスを外して、そのチェーンに通す。
「大きいから、仕方ないでしょ?」
「だな」
「いつか誰かにしてもらうんだー」
言えば、彼は一瞬、空を仰いで。
「いればいいけどな、そんなやつ」
「……どういう意味?」
眉根を寄せて、彼を見る。
彼はそんなわたしを、一瞥して。
胸のリングを、指でわずかに持ち上げてから。
「そのまま」
言うと同時に、離した。
胸元で、それは揺れて。
わたしは頬を膨らませる。
「酷いなー。僕には彼氏出来ないって言うんだ?」
「出来ないだろ?」
「うわっ! 断言されたし」
大袈裟に言えば、彼は肩を震わせて。
そんな会話の合間にも、お客さんはやってきて。
それを彼が相手してた。
わたしは袋に詰めたり、置き場を変えたり。
「そういえばさ、僕がいいと思うものばっかり目立たせてるけど、文句はない?」
「ない」
「本当?」
「ああ。どこに置いても、見つけてくれる人は、見つけてくれるしな」
確かに。
思いつつ、息を吐く。
彼にしては珍しく、チェーンに通してくれたそれを、わたしは隅の方に置いていたのに。
見つけられて、買われていっちゃったし。
「固定観念…失くした方がいいのかもな」
呟きに、少し考えて。
「幅広く売りたいなら…そうなんじゃない?」
「だろうな」
「まぁそれは、君の好きだし」
それにあれは、ほとんど僕の案だったんだし。
加えれば、彼は渋面を作って。
「おまえ、接客」
「は?」
驚いてるわたしを無視して、スケッチブックを手にしてた。
「ちょっと待てー!」
「待たない」
「すみません。これ…」
「あ、はい」
そのあと、彼は一切、手を出すことはなくて。
わたしは一人で、頑張ってた。
END
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