聞けばきっと
「おまえらしくいればいい」
って 彼は言うと思うそれがいかに難しいか
彼はきっと
知らないんだと思う
four Leaf 〜 田端
玲 〜
彼の用意が終わるまで。
うーなんて唸りながら、待ってみる。
リビングで、たった一人で。
部屋に響くのは、秒針の音。
それから、わたしの声が、本当にわずかに。
耳に入ってくる。
わたしの声のはずなのに。
別のもののようにさえ、感じるぐらい。
そう思ったから、口を閉じて、音を止めてみた。
やっぱり、わたしの声だったそれは。
ぴたりと止んで。
部屋の中に響き渡るのは、時計の奏でる音だけになる。
彼は別の部屋で用意をしているから。
時折、物音が聞こえてくるけど。
一つ、息を吐いて、立ち上がる。
窓に、ぼんやりと映った自分は。
彼がいつの間にか買ってきた、青い浴衣に、包まれていて。
中途半端な長さの髪は。
彼の手によって、上げられている。
わたし自身が、観たことのない、わたしが。
そこにはいた。
「………」
今までだって、何度か。
女の子らしい格好をしたことはあったけど。
けど。
浴衣なんてものを着たのは、子供の頃以来。
窓に近寄って、手を伸ばす。
窓に触れれば。
同じように、窓の中のわたしも、触れて。
手が、重なって。
「……」
頭の中で、嘲笑っている自分がいる。
でも、至極冷静に、これから何をしようかって、考えてる自分もいる。
そして、目の前のことを、不思議に思ってる自分も。
理論的にはわかるから。
わかっているから。
それは不思議なことでも、何でもないんだけど。
わたしがこの姿でいることが、不思議。
出来れば、着たくなかった。
でも、彼の笑顔は、見たかった。
今回は後者を取ったけど。
どっちを取った方が、より、わたしらしかったんだろう?
そう思い出すと。
今のわたしの姿は。
酷く、不思議で。
「どうした?」
不意に、背中に届けられた声に、わたしは振り返れなかった。
「雨、降らないかなぁ…って」
「降らない」
「……」
「10%」
「降水確率?」
「ああ」
彼の方を見て問えば。
彼は腕を組んで。
真新しい浴衣を着た姿で、そこにいて。
表情は、苦笑。
うん。
この姿も見たかった。
でも、着たくなかったんだよ、わたしは。
「玲?」
窓に手を付けたままでいれば。
彼は眉根を寄せた。
そんなに嫌だったのか? とか。
聞いてくるかもしれない。
もしくは。
まだ……わたしの心がわからないから、聞きたいのかもしれない。
――後者、かな。
ぼんやりと思って。
わたしはゆっくりと、彼の方へと歩き出す。
わたしらしいって、何?
どっちの方が、わたしらしい?
窓から手を離して。
窓の中のわたしから遠ざかって。
彼の前に立つ。
彼の顔を見上げて。
そう。
これも…何だか、不思議。
彼の望み通りの姿をしているはずのわたし。
なのに彼は、笑ってない。
「玲?」
「…あのね?」
「? ああ」
「聞いてもいい?」
「…ああ」
答えを聞いて。
わたしは一度、口を閉じる。
手を上げて。
無理矢理、彼の口角を、指で持ち上げる。
彼は抵抗せずに、わたしを見てるだけ。
「あのね? 君の笑顔が見たかったの」
「………」
「でも、浴衣を着る気にはなれなかったの」
手を放して。
今度は彼が着ている浴衣に触れる。
「君のこの姿も見たかったの。でも、わたしは着たくなかったの」
「……俺は見たかった」
言われて、顔を上げる。
彼は真顔で、わたしを見続けてくれていて。
袖を軽く掴んでいたわたしの手を。
彼は逆の手で取って。
そして、きゅっと。
握ってくれる。
「おまえの浴衣姿と。笑顔」
「……」
「それから、花火。そんなおまえと」
「………」
花火。
うん。
わたしも見たかった。
君と、花火。
あと…星空。
海。
…うん。
「はしゃいでも平気?」
「平気」
「下駄で駆けてもいい?」
「ああ」
「着崩れしちゃったら?」
「直してやる」
言葉を聞いて。
にこって笑う。
それから。
彼の手を握って、踵を返した。
「カキ氷と、たこ焼とー」
「はいはい」
「あとねー。射的やって。クレープも食べてー」
言いながら、歩き出す。
格好なんか、二の次。
大事なのは、何をしたいか、なんだから。
彼とお祭りを楽しみたい。
それがわたしが、したいこと。
大好きな彼と。
大好きで、綺麗な花火を見上げて。
たくさんの屋台を覗いて。
笑い合う。
それがわたしの、したいこと。
「髪が崩れたら、直してやってください」
「了解」
手を繋いで。
真っ直ぐに、玄関へと向かう。
「海岸もお散歩したい!」
「はいはい」
上げた声に、彼は笑ってくれて。
勢いで上げた手を下ろしながら。
わたしも彼へと、笑みを送り出した。
END
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