| 今日は特別 今回は前からわかってたから
準備はばっちり!
……の はずなんだ
けど…なぁ?
Engel 9
朝から、わたしはばたばたと、家の中を走り回っていて。
彼はと言えば、きちんと、小さな天使たちの相手をしてくれていて。
合間に、ちらっと彼を見れば。
きちんと目が合って、嬉しくて。
それでも、その直後に時計を見て。
またわたしは、足を早めに動かしはじめる。
予定は一時間後。
でも、彼女のこと。
きっと、早めに来るに違いない。
でもって、あとやることと言えば…。
「掃除終わった、洗濯終わった、お菓子は昨日のうちに作っておいた」
「…昼飯」
「一緒に作ろうって約束した!」
指折り確認をしていたら、彼に口を挟まれて。
それでもわたしは、すぐに答える。
わたしの方から行くよって言ったんだけど。
うちの子の方が大きいしって。
彼女にやんわりと断られて、今日に至る。
強く言えなかったのは、きっと。
ほかならない、彼女だったから。
何か言っても、絶対に言い返されて。
そして、結局は負けるんだろうから。
素直に言う通りにしておいた方がいい。
……きっと。
腕を組んで、考えて。
一人でうん、なんて頷く。
それからまた、何かあったかなぁ、と考え出せば。
トゥルルル…
なんて、電話が声を上げた。
振り返れば。
「俺が出る」
そんな言葉で、わたしの行動は制されて。
仕方なく、わたしはキッチンへと移動する。
彼女に頼まれた食材が、きちんと入っているかどうか。
その確認をしようと思ったから。
――でも。
「…………」
「?」
受話器を取った彼は、無言で。
抱き上げられている朝が、首を傾げて、彼の顔を覗き込んでいて。
そんな彼の足元で、颯もまた、首を傾げてた。
シャツの裾を引っ張って。
ぱー? って、控えめに声を上げて。
「珪?」
わたしも、彼のそばへと歩きながら、声をかける。
それに、彼はわたしの方を見てくれて。
その表情が。
いつか見たものに、酷似していて。
「………」
半ば奪うように、彼の手から受話器を取る。
そして。
「もしもし? 麻衣?」
耳に当てると同時に、そう声を発する。
と。
聞こえたのは。
『玲?』
そんな、懐かしくも思えるような、声。
『今出たの、葉月さん?』
「うん」
『やっぱり。何にも言わないんだもん。それよりさ…』
「鍵だったら、開いてるよ?」
『さっすが!』
携帯の方に電話くれればよかったのに。
思いながら、通話を切れば。
背中に刺さるのは、鋭い視線で。
彼の方を向けないまま、玄関の扉が開く音を、聞いて。
「お邪魔しまーす」
その声に、ぱっと顔を上げて。
廊下を歩いてくる足音を迎えるために、リビングから出る。
「麻衣!」
両手を広げてくれた彼女に抱きついて。
ぎゅーって、腕に力を込めれば。
「…おかあさん?」
そんな声が、彼女の後方からした。
子供独特の。
それでいて、かなりしっかりした声。
首を傾げつつ、彼女から離れれば。
「玲」
そう、彼女が名前を呼んで。
「?」
「玲じゃないから」
「わたしじゃないの?」
「そう。私の娘の方」
聞いて。
それに大きく、目を見開く。
うん。覚えてる。
前に会った時は、まだ赤ちゃんだった。
小さな小さな。
わたしと同じ名前の、女の子。
「玲と同じ名前なんだよ」
「おなじなまえ?」
「そう。お母さんが、親友の玲ちゃんの名前を、おまえにつけたんだ」
光太さんに頭を撫でられてるのは、女の子。
髪は背中の真ん中辺りまで、三つ編みで。
じっと見てたわたしに向けられた瞳は、茶色が目立つ、大きなもの。
「玲ちゃん、大きくなったねー?」
「…?」
「赤ちゃんの時にね? 一回、この家に来てるんだよ?
で、一緒に遊んだの」
「そうですか……」
「…子供らしくないんですが?」
「礼儀はきちんと教え込んでますから」
「麻衣らしい」
くすくす笑って。
「葉月玲です。あなたのお母さんの、親友やってます」
そう自己紹介すれば。
ようやく玲ちゃんは、にっこりと笑ってくれた。
で、三人を連れて、リビングへと入れば。
そこに待ってたのは。
「まー」
「マー」
可愛い天使二人と。
「………」
未だに怖い顔をした……彼。
「……来ました」
びくびくしながら、そう言えば。
「朝くんと颯ちゃん?」
彼女の明るい声が響いた。
「あ、うん」
彼の手によって下ろされた朝が。
だーっと駆けてきて。
それを、身体を屈めて、捉まえれば。
颯が後ろから、くっついてくる。
右手に朝。
左手に颯。
そんな、ちょっとした贅沢とも言える瞬間。
「今何歳?」
「一歳と、5ヶ月かな。玲ちゃんは?」
「小学一年生」
「……早い。もうそんな?」
「月日が経つのは早いんだよ」
立ち上がって、二人で笑う。
朝はすぐに、玲ちゃんに興味を示して。
手を伸ばして、笑って。
そんな朝に、玲ちゃんは腰を折って、話しかけてた。
颯はまだ、わたしのそばにいて。
「人見知り?」
「うん。颯はね。しちゃうみたい」
「なるほどねー」
颯の目の前で、彼女は屈んで。
そして、にっこり笑う。
それでも、颯は眉尻を下げて。
わたしにぎゅっと、しがみついてくる。
「にしても、二人とも似てる」
「う?」
「朝くんは、玲に。颯ちゃんは…葉月さんに」
悪意が篭ってるよ、麻衣。
思いつつも、言えなくて。
ただ、苦笑いを発し続けてるだけ。
そして、立ち上がった彼女は、すっと目を細めて。
彼を見て。
というよりも。
「…睨み合ってるね」
「そうですね…」
わたしは二人から視線を逸らして。
ますます苦笑を、濃くしていくだけ。
颯を抱き上げて。
笑みを零して。
笑みをもらって。
光太さんのことを、颯に教えて。
玲ちゃんのことも、教えて。
もちろん、朝にも教えて。
少しずつ、颯も玲ちゃんと遊びはじめて。
ほっとして、彼女と彼を見れば。
「………」
まだ二人は、黙ったまま。
どうしよう?
思いつつ、また苦笑。
それでも、お昼…なんて、声を発してみたら。
「お仕事じゃなかったんですね?」
そんな風に、会話がはじまって。
「ほとんど、家で、仕事してる。……今は」
「そうですか。でも今日は、別に外に出ててもよかったのに」
「………」
怖いよー。
それが正直な感想。
それでも、彼女は視線を外して。
にっこりと、わたしに笑ってくれて。
「頼んでおいたもの、買っておいてくれた?」
その声は、さっきよりもずっと、優しくて、やわらかくて。
「うん!」
「玲は、どうする?」
「え? 手伝うよ?」
「違う」
「?」
「…はじめくんとさやちゃんと、あそんでてもいい?」
ああ、玲ちゃんに言ったのか。
微苦笑を浮かべれば。
「だからややこしいって言ったのに……」
そんな、光太さんの呟きが。
わたしの耳にも、彼女の耳にも、届いてた。
NEXT
|