| そういえば 結構急だよね?
そう聞いたら
彼女はただ
笑ってた
Engel 9 zweit
お昼を食べ終えて。
食器を洗うのはあとでいいやーって。
そう思って、振り返れば。
「ねえ、玲ー」
彼女が、きちんとわたしの方を見て、呼んでいた。
玲ちゃんはと言えば。
朝と颯に挟まれて。
にこにこ笑ってた。
子供、好きなのかな?
まぁ、どんな人にも優しくできるってことは、いいことだけど。
「何ー?」
「玲の母校のこと、教えて」
「?」
意味がわからなくて。
それでも、彼女の隣りに座り込む。
「何で?」
「何でも」
「………」
「玲がさ。この街にちょっと、興味示したから」
突き放されたところに、光太さんのフォローが入る。
何て言うか。
この二人はきっと。
こういう感じだから、うまくいってるんだろう。
「興味?」
「電車降りたら、海でしょ?
すごいすごいって」
「前に来た時よりも、建物とか増えてるけど。でも、公園はちゃんと残ってるじゃない?」
「うん。緑は多い方が、何か落ち着くし」
「それに、高い建物もないよね?」
「リゾート目指してるんだって。っていうか、昔からそうだけど」
「…そういえば、そうだったね」
それに何か、景観も大事にしてるらしいよ?
付け加えて、わたしは彼の顔を見る。
わたしは、はば学のこと、高等部しか知らない。
でも彼は。
中等部から、通ってたわけだから。
彼の方が、詳しいと思う。
「はば学について、だそうです」
「………」
「珪?」
「行ったらいいんじゃないか? 実際に」
言葉に、ああそうかって思う。
特に、何をするとか、考えてないし。
まだ時間は、たっぷりあるし。
「パンフレットとか、あるのかなぁ?」
「私立だからな。あるんじゃないか?」
「…だって」
「確かに、口頭で聞くよりも、この目で見た方が、いいか」
腕を組んで、彼女は言って。
それから、時計を振り返る。
一時間後? 三十分後?
なんて、隣りで聞けば。
「みんなが平気なら、今すぐにでも」
答えて。
彼女はなぜか、わたしの額を、叩いてくれた。
ことあるごとに、わたしはここに来ているから。
別に、懐かしいとか思うことはなくて。
でも、彼とこの道を歩くのは、本当に久しぶりだったから。
それがとても、嬉しくて。
「玲ちゃん、中等部から?」
少しうきうきした声でそう発したら。
彼が隣りで、小さく笑ってた。
「かな。初等部からは、ちょっとね」
だよね。
せっかく出来た友達と別れちゃうのは、ちょっと嫌だよね。
思って、立ち止まって、一人で頷いてみる。
でも、中学校って、ほとんどそのまま上がるから。
出来れば、高等部からの方がいいんじゃないの?
なんて、思ってたら。
「おとうさん! うみ!」
って、玲ちゃんの声が響いた。
瞳はきらきらしてて。
海、好きなんだ。
なんて。
ちょっと思う。
「麻衣のとこには、海はない?」
「ないない。そばにあるのは、遊園地」
「ふーん」
「ここは何か、全部揃ってるよね?」
「だね。そういう意味じゃ、環境はいいかな?」
公園は多いし。
でも、住宅地は静かだし。
でも、子供の声は、響いてるし。
考えながら、坂を上がっていく。
思っていた通り、玲ちゃんはお父さんっ子のようで。
光太さんと一緒に、歩いてて。
で、その隣りを、朝が手を引かれて、歩いて。
彼は、颯を抱き上げて、そのそばにいてくれていて。
わたしと麻衣は、その後ろを、二人で並んで、歩いてる。
「引っ越してくるの?」
「ううん」
「?」
「玲んチに預けようかなーとか」
「…心配じゃないんですか?」
「玲だから、大丈夫」
即答に、ガクッと項垂れてみる。
信頼されてる?
されてる。されてる。
考えて。
嬉しいけど、プレッシャー。
なんて、思う。
「そう簡単に引越しなんて出来ないでしょ。お義父さん、お義母さんのこともあるし」
「そうだけど」
「それにまだ、玲がここに通いたい、というかはわからないわけだし」
「……言いそうですが?」
指で指し示せば。
玲ちゃんはきらきらした瞳で、門の前に立っていて。
「おかあさん! ここにわたし、入るの?」
なんて、もうすでに言ってて。
「入りたい?」
「入れるの?」
「うん。でも、そのためには。玲は一人で、この街に来なくちゃいけないの」
「………」
「私の親友の家に住むことになるの。それでもよければ」
母親の声。
優しい、声。
初めて聞く声だ。
何か、わたしまで優しくなっちゃう。
玲ちゃんは、必死に考えていて。
ちらりと、まだ手を繋いでた朝の顔を見てた。
振り向いて、颯の顔を見て。
彼の顔を見て。
わたしを見て。
にこって笑えば。
その瞳は、光太さんに移る。
どんなに小さくても、一人の人間。
だから、選択肢は与えなきゃいけない。
選択権は、与えなくちゃいけない。
子供だからって、大人が無理強いをしちゃ、いけない。
大人が、ああした方がいい、こうした方がいいっていうのを、押し付けちゃ、いけないんだ。
「それに、ここに来たら。今のお友達と、離れなくちゃいけないんだよ?」
そう、言ってみたら。
小さな瞳は、不安で揺れて。
「でも、また。友達は作ればいい。さよならをしたくないなら、諦める」
「おとうさんとおかあさんとも、さよなら?」
「ううん。会いに行くし。会いに帰ってくればいいよ」
「おともだちは?」
「中学入って。そっちの友達との付き合いの方が大事になっちゃったら。玲のこと、忘れちゃうかもしれない」
「………」
酷な選択を迫ってるって。
彼女も光太さんも、わかってる。
でも、仕方ないんだ。
何かを選ぶ時は。
何かを諦めなくちゃいけない。
それは、ごくごく、自然なこと。
徐々に知っていってもいいけれど。
あとで知って、悲しむのは、辛いから。
「まぁ、今決めなくてもいいよ。玲が五年生になった時にでも、また聞くから」
「……うん」
小さな頭を撫でて。
彼女は中へと入っていく。
そのあとを、光太さんが、玲ちゃんの顔を見ながら、追いかけていって。
「編入試験って、あるの?」
「ある。簡単だったけど」
「…そっか」
「校則が校則だしな」
「確かに」
わたしが入る時も、簡単だった。
平気なのかな? って思いながら、受けてた。
みんな受かるんじゃないのかなって。
面接も、特にどうということはなかったし。
それでも、進学校として有名。
スポーツでも、同じだし。
自主性を大事にしてるから、競争意識ってものが、自然に芽生えてくるんだろうな。
しかし。
「玲ちゃんがウチに来ることになったら。子供が一人、増えますね?」
「いい。べつに」
……あれ?
絶対に嫌だって、言うと思ったのに。
驚いて、彼の顔を凝視すれば。
「朝も颯も、懐いてるし」
「…うん」
「そうすれば、おまえのこと。独り占め…できるだろ?」
「………」
なるほど。
考えて。
わたしはくすくすと笑う。
と。
颯の、わたしを呼ぶ声が、耳に入ってきた。
END
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