よく飽きないな。
そんな風に、本気で思ってた。
笑み
呼び止められて、足を止める。
知っている声なのだから、止めなければいいのに、と考えるけれど。
同じクラスだから。
無視して、その、クラスでのことだったら、俺としては、困るかもしれないから。
――そんなことは、あまりないけれど。
大きく足音を立てて、そいつは俺の前までやってくる。
足を止めて。
弾む息を整えるのもそこそこに、そいつは口を開いた。
「あのさ、今度の日曜、暇?」
またか。
思いながら、否定の言葉を綴る。
「いや……」
そう、短く。
一週間に一回は、必ずこうやって聞いてくる。
こいつの携帯の番号を、なぜかこいつの弟からもらって。
俺は不用心にも、そこへとかけてしまったから、彼女は俺の携帯の番号を知っている。
にもかかわらず、彼女は携帯には電話をかけてこない。
たぶん、俺のうそを鵜呑みにしているんだろうな、とは思うけれど。
日曜は暇じゃない。
そう、言っている、俺のうそを。
それがもう――二ヶ月以上、続いている。
「じゃさ、その次。プラネタリウム行こう?」
またそこか。
思いつつ、眉根を寄せる。
どうしてそこなんだ?
約束を覚えてるわけじゃないんだろ?
おまえは…あの『あき』じゃないんだろ?
黙って、彼女を見続ける。
同じ髪の色をしてはいても。
表情でさえ、同じものを見せたとしても。
こいつは……違う。
「……やめとく」
今までと同じ言葉を口にすれば、彼女は大きく肩を落とした。
『あき』とは違う。
違うけれど、彼女を見ていると、どうしても、思い出してしまうから。
それが嫌なんだ、俺。
一度、目を細めて、踵を返す。
歩き出そうとしたのだけれど。
それは叶わなかった。
「待って!」
腕を取られて、少し引かれて。
俺は足を止めざるを得なくて。
彼女へと、視線を向けた。
必死なその表情に、わずかに驚く。
「何でダメ? 何が嫌? 日曜は全部、本当にダメなの?
じゃ、祝日は? それとも場所がダメ?
苦手?」
一気に捲し立てられて、俺は黙る。
どれにどう答えればいいんだ?
思いながら。
「それとも、僕?」
その言葉を聞いて。
肯定の言葉を発してみた。
それで諦めてくれるだろうか。
そうやって。
「………」
彼女は黙り込んで。
俯いて。
長々と息を吐いてた。
項垂れたような姿に、思わず、謝罪の言葉を紡ぎそうになる。
…けれど。
けれど……彼女には。
俺の代わりは、きっといる。
そんなことを考えていると、腕は放された。
小さく痛みが走ったのには、無視を決め込んだのだけれど。
「じゃ、いい。一人で行く」
言葉に、俺は驚いていた。
俺の代わりは、いるはずで。
俺じゃなくても、いいはずで。
彼女は、迷っている俺を置いて、背中を向けて、歩き出す。
その背に、俺は問いを発してた。
今まで……聞きたくても聞けなかった問いを。
「どうして、俺なんだ?」
「…?」
彼女が振り返る。
答えはないから、俺はべつの言葉で問いを発した。
「べつに、俺じゃなくてもいいんじゃないか?」
「? 何のこと?」
「あいつらがいるだろ? 一人で行く必要なんかない。おまえには……」
「違うの!」
遮られて、俺はただ、彼女を見てた。
また、近寄ってくる彼女を。
さっきよりも近づいて。
真下にやってきた彼女の顔を。
そこから覗き込んでくる、彼女の蒼い瞳を。
『あき』と…同じ色の瞳を。
「確かに僕は、いろんな人と遊びに行ってるよ?
でもね、それとは違うんだよ。ニィやんだったら、ゲーセンとか、一緒に遊べる場所。鈴鹿くんだったら、身体動かせる場所のがいいかなって思うから、ボーリング場とか、温水プール。でもね、綺麗だなって思う場所には、君と行きたいの」
「どうして?」
「何度も言ってる。君が綺麗だから。綺麗な君と、綺麗なものを、僕は見たいの!」
叫ぶように言った彼女に、俺は言葉を失って。
「葉月くんのバカ!」
その言葉と。
離れていく足音を聞いた。
あいつのような人間は、俺の周りには、今まで…いなかったんだな。
と、ぽつりと思う。
みんな、俺のことを。
まず、べつのものとして、見ていたから。
だから……っていうのも、あったのかもしれない。
彼女の言葉は、俺自身へと、向けられていたから。
だから、彼女のそばにいたくはなかったのかもしれない。
自分は違うのだと。
思いたくもないのに、そう思うようになっていた。
そのことを、知らされたく、なかったのかもしれない。
「ばか…か」
その通りだな、なんて思う。
彼女は彼女で。
『あき』は『あき』。
そう考えようとしていたのに、同じものとして、無意識に見ていたことを、思い知る。
それから。
「あいつ…泣きそうな顔、してたな」
呟いて、ゆっくりと歩き出した。
彼女に友達は多い。
彼女の気持ちが沈んでいるというだけで、心配そうな表情を浮かべるやつは多い。
彼女の姿を見つける度に、彼女は違う人物と一緒にいて。
クラスにいれば、放っておけないのか、小柄な女子生徒と。
廊下に出れば、少しばかり口煩い女子生徒と、浅黒い肌をした男子生徒。
図書室に行けば、眼鏡をかけた、女子生徒と男子生徒と一緒で。
美術室なら、髪の長い男子生徒。
時々、金色の髪の女子生徒も一緒で。
体育館を覗けば、バスケ部員の男子生徒。
……俺の代わりなんて、本当に多い。
そう、思っていたのだけれど。
「違う…か」
呟いて、彼女の姿が消えた場所に辿り着く。
階段の…前。
どっちに行ったんだ? あいつ…。
下りと上りと。
それを交互に見て、息を吐いた。
何となくだけれど、下には行っていない気がする。
考えて。
それでも、間違っていたら、戻ってこなければならなくて。
彼女との距離は、広がるばかりのような気がして。
「あの…葉月くん?」
不意に、声をかけられて、首を回す。
最初からいたのか、同じクラスだったはずの、小柄な女子生徒が、俺を見ていた。
彼女の友達でもあるはずの、その女子生徒。
眉根を寄せれば、彼女は眉尻を下げる。
「教室、戻らないの?」
聞かれて、少し考えて。
ああ、そう言えば。
もうすぐ三時限目がはじまるな…なんて、思い出した。
けれど。
「ああ」
今は戻れない。
あいつに…謝りたいから。
答えると、彼女は顔を俯かせた。
「玲ちゃん?」
「ああ…。あいつ、どこに行ったか、わかるか?」
「あの……」
「?」
ちらりと、瞳が上へと続く階段へと向けられる。
それで、あいつがどこにいるかはわかったのだけれど。
「屋上に…まだいると思う。授業は出ないって言ってたから」
「わかった」
サンキュ、と零して、階段へと足をかける。
屋上なら、その先には行けないから。
あとはもう、距離を縮めるだけ。
上へと上っていく、その途中。
ふっと、息を吐き出した。
「葉月くんは葉月くんで。僕は僕」
謝り終えて。
誤解を解き終えて。
そのあとで言われたことに、足を止める。
眉間に皺を寄せてみれば、彼女は「うーん」なんて、声を漏らしてた。
日影になっていたそこに、腰を下ろしながら。
「さっきさ。違うって言ったでしょう?
ニィやんとか、鈴鹿くんとは違うって」
「……ああ」
答えれば、彼女はにこりと笑う。
覚えてたんだ?
そう、小さく発して。
嬉しそうに、楽しそうに。
「もう少し、詳しく言っておこうと思ったのですよ」
「………」
「いや。今さっき…、思いついたんだけどね」
「…おまえ……」
「まあまあ。とにかく、聞く気があるなら、聞いてよ」
笑みを、何か裏のあるようなものに変えて。
彼女は隣りをぽんぽんと叩く。
座れということなのだろうと解して、彼女の隣りに、腰を下ろした。
視線に気づいて、顔を上げる。
と、彼女は真っ正面から、俺の顔を覗き込んでいた。
視線がぶつかった瞬間、彼女はにっこりと笑って。
それから、背を壁へと預ける。
「葉月くん。さっき、代わりはいるって言ったでしょう?
葉月くん自身の代わりが、僕には」
「…言ったな」
「でもね、それは間違い」
「……だろうな」
「代わりなんかいないよ。だって、その人はその人だけじゃん?
似ているような人はいても、まったく同じじゃない。違うんだよ」
「………」
「僕は僕だけで。一人しかいなくて。葉月くんだって、葉月くんしかいないの。――そういうことなんだよ」
言って、彼女は手を組む。
足を畳んで、腕でそれを囲んで。
それから、にわかに腕を伸ばしてた。
「だから、葉月くんと行きたいなって思っている場所には、葉月くんとしか行けないの。ほかの人と行ったら、目的が変わっちゃうからね」
「目的……?」
「プラネタリウムなら、星を見るということ」
「それが変わるって…」
「変わるよ。確実に。ついでに買い物行こう、とかってことになったら。星のことなんて、すぐに忘れちゃうじゃない」
「なるほどな」
「でも、君とだったら、そんなことなさそう。ずーっと、その話出来そう」
「ああ」
「だから、君と行きたかったんだ。ほかの人じゃ、ダメなんだよ」
笑んで、彼女は瞳を空へと投げる。
何を見ているのかは、わからなかったけれど。
きっと…あの、青い空を見ているわけじゃないのだろうと、考えが行った。
雲がゆっくりと、上空を横断していく。
「どこ行こうかな?」
「?」
落とされた言葉に、彼女を見れば。
「今週はプラネタリウムでしょ?」
「…今週?」
「来週は……植物園とか?」
「………」
「八月最初は、花火で決まりだし、そのあとは遊園地。ナイトパレードがあるんだって」
「……で?」
「海はねー、見るのは好きなんだけど、入るのはあんまり好きじゃないんだよね。泳ぐのは好きなんだけどね?
だから、夏の昼間に海に行くのは、パスの方向で」
「………」
とんでもないことを言ってしまったかもしれない、なんていうのは、今、思っていることで。
気が済むまで、なんて。
言わなければよかった。
そう、小さく息を吐いた。
行きたい場所を、あれこれ考えて。
彼女は指を折っていく。
増えていくそれに、長々と息を吐き出した。
けれど、それだけ――彼女が我慢をしていた、と言うことにもなって。
俺はふっと、笑みを浮かべる。
諦めと、呆れも入り交じった、それを。
「ふふふー。あー、楽しみだなぁ!」
「程々にしてもらえると、俺としてはありがたいんだけどな」
「努力します!」
立ち上がって、彼女は言う。
努力なのか?
思いつつも、口にはせずに、歩を進めた彼女の背中を眺めていた。
とりあえず。
何だかものすごく。
取り返しの付かないことをしてしまったような気もしているけれど。
俺自身も、彼女にだけは。
遠慮をしないようにできるのかもしれないと、考えはじめていた。
END
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