覚悟は決めてる

だけど 抗いたくなるんだよ

偽らない方法があるのなら
それをしたいと願うのは――当たり前でしょう?




deceive 3





練習は、それはもう、完璧にまで進んでいって。
わたしは台詞の言い回しがぶっきらぼうにならないように、と神崎さんに注意された。
…頑張ります。
答えて、台本にそれを書いていく。
丁寧に、丁寧に言葉を紡ごう。
そうすればきっと。
素敵なお姫様にはなれるだろう。
たった、一時だけだとしても。
それでも。
「……何? あれ」
被服室のマネキンに着せられている服を見て、わたしはそれだけを言う。
呻くように、それだけを言う。
衣装担当の女の子が、二つのその服の両脇に立って。
自信満々に胸を張っていた。
「衣装…だろ?」
「………」
彼の返答に無言でくるりと背を向けて。
そのまま無言で歩き出そうとしたら。
大きな腕が遮ってくれた。
「逃げるな」
「嫌だ! あんなの着るなんて、聞いてない!」
「諦めろ」
「イーヤーでーすー! フリフリはイヤ! 絶対イヤ! 似合わないもん!」
がっちりと腰を固定されて。
それでももがいて、大声を発するわたしに、彼は片手で耳を塞いで、眉を顰めた。
「やっぱり、君が姫やろうよ!」
「嫌だ」
「君絶対似合うって!」
「着られない」
………。
チッと小さく舌打ち。
うーっと唸ってから恐る恐る振り向いて。
そのドレスを見た。
ほんのり、黄色く色づいたそれは。
とてもとても、可愛らしくて。
わたしには、とてつもなく似合わないような――そんな代物で。
「どうでもいいけど、早く着て」
わたしと彼の後ろから、そう声。
有沢さんは、うまく逃げた方だと思う。
衣装担当なんて、本当に。
「田端さんは二着あるんだから、さっさと手直ししないと終わらないのよ」
確かにね。
そうでしょうとも。
マネキンから服が剥ぎ取られて。
わたしたちの手に、それが押し付けられた。
被服準備室にそのまま押し込められて。
わたしはそこで、はっと気づく。
「何で、君と一緒に押し込まれるの?」
「知らない」
ため息吐いて。
テキパキと小さな部屋を二つに区切った。
カーテン閉めて、「こっち見ないでよ! 絶対に!」と喚き立てて。
わたしはもう一度、服を見る。
神崎さんのイメージそのままで作っちゃったんだろうか。
いや、わたしのイメージで作られても困るけどさ。
わたしには姫のイメージなんて、全然ないし。
仕方なく、制服を脱いで。
ドレスに袖を通した。
「神崎さんに、一回でいいから、これ、着てもらおうか?」
「どうして?」
背中から、布擦れの音。
「だって、元はといえばこれ、神崎さんが着るはずだったんだし」
「そうだな」
「でも無理かな? 部活の方が忙しくなってるみたいだしね。本番終わったあとぐらいしか、こっちには出られないって言ってたから」
後ろの音は止んで。
わたしの言葉を待ってるらしいのが、気配でわかった。
けど、どうにもならないものが一つ、あったりして。
「お願いしていい?」
「何だ?」
「背中のジッパーとホック、やってください」
どうにも手が届かなくて。
ホックは見えないから、どこがどうなってるんだか、全然わからなくて。
泣き付いたわたしに、彼は息を吐く。
足音が少し響いて。
背中に触れる、手があって。
高鳴りそうになる胸を、ぎゅっと瞼を閉じることで、止めた。
「邪魔」
まだ結んだままのしっぽをはたかれて。
わたしはそれを上げる。
ホックが止められて。
離れていった手に、わたしはほっと、息を吐いた。
ゴムを外して、手首に通す。
軽く頭を振って、手櫛で髪を整えて。
裏返しにしてあった姿見を、表に返した。
「ふーん…、馬子にも衣装って感じ?」
「普通、自分で言うか?」
「だってさ、本当にそんな感じ。意外と似合うんだねー、てさ」
いろいろと角度変えて。
変なとことかないかを見て。
それから、彼を振り返った。
「あ、イメージ通り」
言葉に、片方の眉を上げて。
似合うよ、と言葉を届ければ、彼はふっと微笑んでくれた。
「似合うな」
「嘘ばっかり! でもま、嬉しいけど」
笑って、そこを出る。
いつの間に来ていたのか、我がクラスの担任が、わずかに目を細めていた。
けれどそれも、すぐに二つの声にかき消されたんだけど。
「玲ー! シンデレラ役だって?」
ガラッと開けられた扉。
その向こうには、仲のいい、男女の姿。
「なっちん、それに…ニィやんまで」
「似合うとるで、玲ちゃん」
「それはどうも。で? 冷やかしに来たわけ?」
「玲の姫ぶりを見に来たんじゃん。志穂が衣装合わせ、今日やるって言ってたからさ」
なるほど。
今回は有沢さんが口を滑らせたのか。
氷室先生を見れば、むっとした表情。
天敵だからね、この二人。
「なっちんのが似合いそう」
「まだ言ってるのか?」
「だってさー」
傍らに立つ彼に、文句を言おうかどうしようか迷って。
その間に、二人は中へと入ってくる。
「葉月は何か、予想通りって感じ」
「でしょ? まぁ、王子のイメージ、元からあったからね、葉月くんは」
「玲は何か、以外」
「そうでもないで? 玲ちゃんは結構、女の子しとるもんな?」
「ニィやん、それ、誉めてるのか貶してるのか、ちょっとばかりわからない」
「あ、そか?」
笑って、手直しを受けて。
ニィやんは椅子に座り込み。
なっちんはそのそばに立ち尽くして。
わたしと彼の様子を見てた。
「でもさ、大変だったんじゃない? 神崎さんの件、噂、飛び交ってたし」
「やっぱり?」
「あれな。葉月の親衛隊が動いたんじゃないか、とか」
「確率は高いだろうね。でも、僕には何もなかったけど」
「アンタは反射神経よすぎだもん。何かしたって、顔見られて」
「決定的な証拠叩き付けられて、逃げ場もなくて」
「仕返しされるんが、オチやしな」
会話に加わった有沢さんが、二人の言葉を繋げてくれたけど。
やっぱりわたしは、そういう風に見られてるんだ?
いや、合ってるけど。
合ってるだけに…悲しくなってみたりして。
「劇の方は?」
「もう完璧! …と言いたいところなんだけど」
「こいつ、おしとやかにならないから」
「お転婆でもいいって言ったじゃん!」
彼に向き直ったわたしに、有沢さんから「動かないで」と間髪入れずにお説教。
「ごめん」
苦笑で答えて、元の位置に戻った。
「本番では、うまくやります」
「どうだか」
「本当だもん」
キッと睨んで、舌を出す。
わたしの方はあらかた終わったのか、もう一着の方を手渡された。
「相変わらず、仲がいいんだか悪いんだか、わからんな」
微苦笑で綴られた言葉が、わたしたち二人のことを差しているのだと気づくまでに、そう……時間はかからなかったけど。
「悪友って、そういうもんじゃないの?」
わたしが発した言葉に、二人は大きく目を見開いて。
そして、息を吐いた。
彼は顔を顰めて、わたしを見て。
すぐに…わたしから視線を外してた。





さて、本番は明日。
そんな日にまで練習することはないだろうってことで、今日は早々と解散することになった。
夕日が傾いていく。
わたしは今日は、バイトはない。
金曜日だしね。
だけど彼の方は、仕事があるとか言ってたけど。
鞄は実は、ここにあって。
時間平気なのかなぁ、なんて、時計をちらりと見やった。
どうせいつもの屋上だろうとは思う。
もしくは、体育館裏の、あの猫の一家のところ。
教室内は閑散としていて、もう誰も残っていない。
机はすべて、後ろへと追いやられて。
明日の朝、最終練習をするために、そうなっているわけだけど。
その中心に置かれた、マネキンと。
それが着ている服を、わたしは引っ張り出した椅子に座って、眺めているわけで。
明日の出来次第で、この服は引き継がれるんだって、誰かが話してた。
氷室先生が、伝統にするつもりなら、頑張りなさい、と…珍しく笑顔で言っていた。
みんなの頑張りが、そうさせているわけで。
夕日のオレンジが、教室を染め上げていく。
二つの衣装でさえも、オレンジ色。
綺麗だなぁって、ぼんやりと思ってた。
そうしたら、一つ、足音が響いた。
ゆっくりと近づいてくるそれに、笑みが浮かぶ。
急いでないところが、彼らしくて――。
扉が開けられて、椅子に横向きに座っているわたしを見たのか、足音はそれ以上、中に入ってくることはなかった。
背もたれの部分に肘をついて。
頬杖ついて。
「時間、平気?」
静かに、そう問えば。
彼は歩くことを再開させた。
「遅刻、だな」
「僕今日、バイトないんだよ? 起こしに行くと思ってた?」
「…思ってた」
くすくす笑って、立ち上がる。
ドレスへと歩いて、手で触れた。
「帰らないのか?」
「帰る。けど……」
何か寂しい。
こういう日は、一人でいない方がいいんだよね。
今までの経験上、それはわかってるんだけど。
「聞いていい?」
振り向かないままで、わたしはまた、彼に問う。
「何だ?」
「一人でいるのと、誰かと一緒。葉月くんは、どっちがいい?」
手を伸ばして、また触れて。
心地よいその手触りに、薄く、笑んだ。
「?」
「あー、んじゃ、聞き方変えよう。一人きりでいるのと、仲のいい友達と過ごすのと、君ならどっちを選ぶ?」
「…いつ?」
「いつでも。どんな時でも」
「………」
そうだね、やっぱり答えられないよね。
わたしも同じ。
答えられない。
なっちん辺りは、きっと、誰かと一緒のがいいって言うに決まってるし。
有沢さんは、一人の方が静かでいいって言うかもしれない。
でも君は、答えられないよね?
「ごめん、忘れて」
振り返って、笑みを零して。
いそいそと、帰り支度をはじめた。
好きな人となら、ずっと一緒でもいいかもしれないけど。
わたしは…それでも少し、考える。
一人でいる時間っていうのは、結構貴重なもの。
それを知っているから、わたしなら、どっちも取る。
おかげで、一人でいたいその時に、そばに誰かがいても……何も言えないんだけど。
「おまえは?」
わたしがいた辺りから声がする。
少し遠く感じるのは、きっと、彼が衣装の方を向いているから。
わたしに、背を向けているからだろう。
「その時その時による」
素直に答えて、彼の机から、鞄を取り上げて。
そして、振り返った。
「一人でいられる時間も大事だし、誰かと一緒にいられる時間も大事。一人でいたい時もあるし、誰かと一緒にいたい時もある」
「………」
「今は…そうだな、一人はちょっと、嫌かもしれない」
「どうして?」
「感傷的になってるのかな? それとも緊張してるか」
「らしくないな」
「だね」
反論が来ると思ったんだろう。
彼は大きく目を見開いた。
でもごめんね。
今はそんな――気分じゃない。
「シンデレラに、迎えは来ない」
「?」
「十二時の鐘が鳴って、魔法が解けて。シンデレラは、ぼろぼろのいつもの服で、森を抜けるの。片方だけガラスの靴を履いて。もう片方は、裸足のままで。かぼちゃの馬車は、魔法で作られた物だから。シンデレラに、迎えは来ないんだよ」
それは、あまり知られてはいない――エピソードで。
シンデレラが王子の元から駆け出すのは、自分のみすぼらしい姿を見られたくないという一心からで。
王子に自分は相応しくないと…決め付けてしまったからで。
当たり前だよね。
本当の自分を知ってなお、王子は自分を愛してくれるとは思えないから。
それはわたしも――同じ気持ち。
「シンデレラが最後、微笑うのは、お姫様になれたからじゃなくて、好きな人と一緒にいられるようになったから」
「…田端?」
「笑えるといいな、うまく」
呟いて、彼の隣りに立って。
明日、わたしが着る服を、もう一度……眺めた。
「明日きり、じゃなくて、また来年、誰かが袖を通してくれるように――頑張るからね」
シンデレラは、別に相手が王子じゃなくてもよかった。
でも、好きになってしまったのは、たくさんの女性の中から自分を見つけてくれた、王子様で。
わかっていたのに。
どんな自分でも、この人は見つけ出してくれるだろう、なんてことは、わかっていたのに。
それでも、シンデレラは自信がなくて、好きな人の前から逃げ出した。
王子という立場じゃなくてもよかった。
本当の自分を知っても、愛してくれる人ならば――それで。
結局、シンデレラは好きな人と一緒に過ごせるようになったわけだけど。
わたしは、本当の自分を簡単には見せられない。
見せるその方法を、忘れてしまったから。
彼がわたしを見てる。
わたしは、彼の顔を見られない。
今は、いつものわたしじゃない。
ちょっと、弱くなっているわけだから。
『僕』じゃなくて。
どっちかって言ったら、『わたし』自身の方。
息を吐いて、心を入れ替える。
演技をするその方法は、忘れられないから、簡単に、うまく行く。
「帰ろっか?」
笑って言えば、彼は少し、怪訝そうにしていたけれど。
すぐにわたしが差し出した鞄を持って、歩き出した。
オレンジ色が照らす背中を、ぼんやりと眺めて。
好きだなって、自覚した。
同じ心を持つ人だって、思ってた。
同じ感覚を持ってるんだって、かなりの確率で感じ取れて、嬉しかった。
そばにいて欲しいって思った。
親友よりも、もっと近い位置。
ゆっくりゆっくり、わたしは彼のことを好きになって。
今は、誰よりもそばにいて欲しいって、切実に願ってる。
ヤバイなぁ、とか。
マズイなぁ、とか。
思ったけど。
あと、少しの辛抱だし。
そう言い聞かせて、わたしも歩き出した。
彼の隣りには並べない。
だからわたしは、笑えない。
心の底から、嬉しそうに笑うことは、出来ない。
それでも。
明日は――うまく笑おう。
彼の隣りに並びながら、わたしはそう、祈るように、思ってた。

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