願いは叶えられはしないから
知っているから願うことは もうやめよう
そう思った
そばにいて欲しいって思った相手ほど
必ず離れていくんだから
わたしは信じない
永遠だとか
永久だとか
おとぎばなしみたいな夢物語
わたしは――信じない
deceive 4
それはもう、一回は頭の中、真っ白になった。
自分が今、何をしているのか、忘れちゃうくらい。
ここがどこで、今は何をやっている最中かってことを、一瞬だけ、本当に忘れた。
彼が発した言葉は、明らかにわたしに向けられているもので。
だって、彼の視線は真剣そのものだったし。
セリフを間違えてる? って、考えてしまうぐらいに自然なものだったけど。
わたしが書いた台本には、絶対にないセリフで。
だって、王子はシンデレラを呼び止めはしない。
走り去っていく彼女を、早々に諦めてしまうのが、彼、王子様――で、あるはずで。
だから彼は、役ではなく、彼自身に戻っているってことで。
そう考えれば、今の彼の口から発せられたセリフは、わたし、『田端玲』に向けられたものと取ってもいいはずで。
嬉しかった。
本当に、泣きそうなくらいに。
でももう、わたしは決めているから。
心を入れ替えて。
止めた足を、急いで…彼の前へと進めた。
舞踏会のシーンもすんで。
今は、十二時の鐘が鳴っている。
わたしは手早く、舞台の袖に立っているクラスメイトに合図を出して。
鐘の数を、倍にしてもらった。
十二回鳴る鐘は、二十四回に増える。
「俺は、もうイヤだ。俺は……」
わたしがまだ目の前にいることに気づいたんだろう。
そこまで言って、彼は自分がセリフを間違えたことに気が付いたらしかった。
さっと、彼の表情が変わる。
このまま行くと、彼の性格上、必ず「間違えた」と発するだろう。
だからわたしは、その口に人差し指を立てて、押し付ける。
「!」
「あなたにそう言っていただけて、わたしはとても嬉しく思います」
にっこりと笑って、指を取り去って。
これはわたしの本心だから。
これは、シンデレラとして、発するものじゃない。
アドリブだけど、本心だよ。
わたしは、王子の隣りには並べない。
あなたの、『葉月珪』の隣りには――並べない。
「でも、わたしはあなたには似つかわしくない。あなたには、もっと相応しい方がいるはずです」
目を丸くして。
わたしのアドリブに、彼は何も言えなくなる。
ごめんね。
わたしはもう、決めているから。
君の気持ちは――受け取れない。
「その続きは、どうかその方に」
「………」
「それでは、さよなら、王子様」
鐘が鳴り響く。
予定より長くなってしまった鐘の回数に気づいたのは、この客席の中に何人いるだろう。
ドレスを指先でちょっとつまんで、軽く頭を下げて。
背を向ける、その最中。
彼がぎゅっと拳を握って。
わたしから視線を逸らしたのが……見えた。
「さすがね」
わたしに、ぼろぼろの、普段シンデレラが着ている方の衣装を手渡しながら、有沢さんがそう言った。
それに、少しだけ驚いたけど。
すぐに「ありがとう」と言葉を届けた。
やろうと思えば、何でも出来る。
出来ないと思うから、出来ないのであって。
急いで着替えて、舞台の方を見る。
「でも、葉月くん」
そのわたしの背中に、有沢さんが心配そうな声で話し掛けてくる。
「昔、よほど大切なものを手放したのね」
「…そうみたいだね」
「自分の意志じゃなかった。そんな感じ」
わたしも、それは思ったよ。
彼が何を手放したのかは知らない。
きっと、好きな女の子だったのかもしれない。
何に引き裂かれたのかは知らないけれど。
舞台の上では、王子の付き人と、シンデレラの継母のやり取りがされている。
みんな、わたしのアドリブで、今は劇なんだと、心を入れ替えたみたいだった。
あとで何を言われるかわからないけれど。
わたしは――その時、何をどう言おうか。
「さ、もうすぐで終わりね」
後ろで、嬉しそうな声が聞こえる。
わたしがドジを踏まなければ、あとは終幕まで一息だ。
「頑張ります」
ゆっくり、一つ一つを丁寧に言って。
わたしはそこから、歩き出した。
舞台は、滞りなく進んで。
終わって。
打ち上げに行こう、とか。
教室内が騒がしかったけど。
わたしは、ごめんと断った。
一人で考える時間が欲しかったから。
今日の自分の行いを改める時間が、どうしても…欲しかったから。
「葉月の様子、おかしかったよね? 途中」
舞台を見ていたなっちんが、終わった直後、そう漏らしてた。
「やっぱりあれ、おかしかったの?」
タマちゃんは気づいたけど、自然な流れに見えたらしく、言葉を綴って。
「そういうこともあるよ。いつ、何を思い出すか、なんて…人それぞれなんだしさ」
微苦笑で、わたしはそう、答えるしか出来なくて。
片づけがあるから、と。
二人はそれだけでその場を去っていった。
わたしは、舞台が終わってから、彼と話していない。
それどころか、目さえ合わせていない。
わたしも彼も、今はどこか、一線引いている感じ。
わたしの想いは届いただろうか。
それとも、アドリブだから、と。
彼は割り切ってしまうだろうか。
わたしの本心ではないと、自分のいい方に考えてしまうだろうか。
どっちにしろ、わたしの心は決まっているわけだから。
彼がどんな行動に出たとしても。
わたしは断り続ける。
必ず。
喧燥が遠ざかる。
みんな、今日は楽しかった、とか言って…帰っていくんだろうか。
さっき上がった、季節外れの花火は綺麗だったな、なんて思い出して。
そしてちょっとだけ、微笑ってみた。
自嘲とも、取れなくもないな。
誰もいない教室で。
ぼんやりとそう思う。
電気も点けずに、教室の中で、一人きり。
今は一人がいい。
誰かと一緒は、ちょっと嫌。
昨日と同じ格好で、わたしは教室の真ん中。
ただただ、椅子に座っている。
少しずつ闇が濃くなっていく。
時計の秒針の音が、やけに大きく感じる。
明日は休み。
何も…用事はない。
来週は、麻衣のところの文化祭。
午後からでも、顔を出そうか。
光太さんにも、会いたいし。
その時に、相談しよう。
決めて。
一際大きく、勢い付けて。
足を踏み鳴らして、立ち上がった。
そうしたら…急に、ぱっと明るくなった。
「!」
目を細めて、手を翳して。
その現状に慣れようと、何度か目を瞬いた。
ゆっくりと電気のスイッチのある方を見る。
足音は、よく聞いて、知っているもので。
絶対ここまで、足音殺してきたっていうのが、丸分かりで。
わたしはちょっと、ムッとする。
「電気点けるなら、点けるって言ってください」
「悪い」
慣れてきて、わたしはわずかに俯かせていた顔を上げた。
目の前で止まったのは、やっぱり彼で。
「行かなかったんだ? 打ち上げ」
「行っても仕方ないだろ?」
「主役二人がいないのも、何か変だね?」
くすくす笑って、背を向ける。
わたしは、どうしたらいい?
あのセリフの意味を、きちんと聞いた方がいいんだろうか?
前にあった悲しい出来事を、彼に吐き出させた方がいいんだろうか?
それとも、何事もなかったように、流してしまった方がいい?
誰にも聞けなくて、自問自答を繰り返す。
朝と同じ配置の机に、わずかに苦戦しながらも。
鞄を取りに、歩いていく。
彼は何も言わずに、わたしが座っていた椅子を眺めてた。
かと思うと、痛いくらいに視線。
何も言わなくていい。
いてくれてもいいから。
だって今は、一人がいい。
詮索されるのは、今は嫌だから。
ゆっくり、考えさせて。
わたしはどうしたらいい?
君に、何を言ったらいいの?
君に、どんな態度で接すれば、君は諦めてくれるの?
わたしは友達でいたいだけ。
君の心を守りたいから。
卒業までのあと少しの間。
お願いだから、これ以上、近づこうとしないで。
鞄を持って、ゆっくりと背を向ける。
矛盾には、気づいてる。
友達以上にはなりたくない。
蓋をした心に、それを言い聞かせてる。
友達のままでいたら、彼はきっと、誤解する。
それでもいいって、思ってる。
彼を傷つけたくはないくせに。
わたしが一番、彼を傷つけてる。
傷つける手段を、最終的には選ばなくちゃいけない。
でも、実行には移したくないから。
お願いだから、このままの距離。
わたしに、保たせてください。
願うように、祈るように、何度も何度も、胸の内で、呟いて。
「帰るんでしょう?」
わたしはやっとのことで、それだけを口にした。
答えは出ない。
わたしは彼に、何も聞けない。
彼も何も言わないから。
そうだ。何も言わない、彼が悪い。
わたしはそう、決め付けて。
彼と共に、教室をあとにした。
うまく笑えてる?
今のわたし。
ぎこちない笑顔になっていないといい。
綺麗に笑うことだけを覚えてきたわたし。
それがなくなったら、『僕』を演じることは不可能になるから。
みんなが心配しないように。
離れていかないように。
わたしは綺麗に笑い続ける。
笑顔の仮面を、かぶり続ける。
心を偽って。
自分を偽って。
いつだって願うのは、君の幸せ。
わたしの幸せは、きっと、君の幸せだろうから。
でも、君はわたしと一緒にいることを願ってくれる。
わたしと一緒に、幸せになろうとしてくれる。
無理だよ、それは。
わたしと一緒にいたら、君は不幸になる。
知っているから、わたしは自分の心を偽り続ける。
「卒業まで、何かラストスパートって感じだよね?」
うーん、と伸びをして。
星空を仰ぎ見た。
「卒業したら、みんな別れて、離れ離れになっちゃうんだよね」
そうしたら、わたしも彼と別れる。
それでいい。
時が経てば、忘れちゃうよ、絶対。
想いなんてものは、形がないから。
一番…なくなりやすい。
「氷室先生に念押されちゃった、この前。本当に進学しないのかって」
「だろうな」
「ごめんなさいって謝ったけどね。だって、何を勉強すればいいのか、ちっとも思い付かないし」
いつもと同じように話せてる?
ちらりと彼を見る。
彼はわたしと目を合わせない。
そっちがその気なら、それでいい。
違和感が、彼の方にあるのなら。
わたしのこれは、気の所為だろうって、思えるから。
また、いつもと同じ日常が始まる。
どんなに変えようって思ってる人がいても、わたしは同じものを守り続ける。
ごめんね。
口の中でだけ、呟いて。
ため息を吐いて。
送ると言い張った彼に断りを入れて。
わたしたちはいつもと同じ場所で、別れた。
同じセリフを彼に届けた。
同じトーンで。
同じ調子で。
背を向けた彼に、今日最後の謝罪の言葉。
ごめん、と呟いた。
願うことは、一つだけ。
わたしに、彼の心を守らせてください。
綺麗な彼の心、わたしに――守らせてください。
見上げた空に、満月があって。
大きなそれは、彼を照らしているように見えた。
END
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