お気に入りの子っている?
わたしはいるよ?あ もちろん
わたしのことは抜きで考えてよね?
わたしだって 君のこと
抜きにして…この話をしてるんだからさ
ONE 2
彼に連れられて、現場へと戻る。
そこはすでに片づけが終わっていて、わたしはため息を吐いた。
手伝えなかった。
ごめんなさい。
そんな感じで。
「着替えてくる」
「あ、うん」
頭にぽんって手を乗せられて。
わたしは一瞬、そこを見る。
笑った彼の顔は、本当に小動物を見ているそれで。
仕方ないのかな、子猫だし。
思いながら、車へと歩いていく彼を見てた。
視線に気づいたんだろう。
彼は後ろ手に手を振って。
一度だけだけど、手を振ってくれて。
そのあと、中へと入っていった。
彼は優しい。
それを知っているからわたしは微笑う。
時々意地悪だけど、大半は、彼は優しいから。
酷いなーと思ったって、次の瞬間には、暖かさを届けてくれるから。
それを知っているから、わたしはいつだって、不安は抱かない。
彼の世界はわたしを通した場所にある。
だからわたしは、自分の世界をきちっと見極めていく。
子供の見解かもしれないけれど。
だからこそ、ちゃんと彼に伝えられるのかもしれない。
擦れてしまった――その心。
誰にも懐かない野良猫は。
気まぐれで一度、助けてしまった子猫に纏わりつかれて。
戸惑っていた。
子猫がいると、煩いと思うけれど。
いなければいないで不安になって。
周りを見渡してしまっている自分に気づいて。
心配をし続けてしまっている自分に気づいて。
それでもいいのかもしれない、と……考え直した。
子猫を捜し出して。
また纏わりつかれて、苦笑に似た笑みを零す。
それから仕方なく、手を繋いで、歩き出した。
世界にうんざりしていたはずなのに。
子猫が話す世界だけは、信じたから。
そんな風に――彼は、わたしのそばにいてくれている。
そのお礼のように、わたしは。
彼に、わたしが見ているものの、どこが悪くて、どこがいいのか。
それをきちんと伝えなきゃいけない。
見上げた空は、とりあえず青くて。
わたしは目を細めた。
「玲さーん!」
呼ばれて、わたしは顔をそちらへと向ける。
ほぼ同時に出てきた彼には目もくれずに、大きく手を振ってくれているその女の子を瞳に映した。
背中に垂らした髪は、まっすぐで長い。
着ている服もふんわりとしていて、見るからに可愛い女の子。
女の子――っていうのも、彼女の年齢にしてみたら、ちょっとおかしい。
彼女は尽と同じ年齢。
あと一年経てば、二十歳…大人に数えられるんだから。
「つくちゃん!」
そう呼び返せば、彼女は満面の笑みで駆けてくる。
彼女は熊谷月詩ちゃん。
『つきのうた』って書いて、『つくし』って読む。
我が弟の名前とは、大違い。
同じ読み方をするのに、彼女の名はとても綺麗だと、そう思う。
その弟とは、同じ大学らしくて。
友達数人で尽の仕事を見学に来た時に紹介された。
その時ちょうどわたしは、弟のCMの脚本を頼まれてしまって。
改めて客観的に、尽を見に行っていた時で。
紹介された時に思ったのは、尽と同じ名前ってことと。
『熊谷』っていうその名字。
「父ですよ? 私、熊谷徹の娘です」
違ったらごめんね、って前置きをして尋ねたわたしに、彼女は飛びっきりの笑顔付きで答えてくれた。
その笑顔が可愛くて。
何か、守ってあげたいぐらいに思えちゃって。
「妹にしたいなー」
って、そう零したら。
「私、玲さんみたいなお姉ちゃん欲しいな」
って返してくれて。
二人で笑って、意気投合して。
それから、何度かこうして会ったりもしてる。
電話番号もメルアドも交換済みだし。
相談にも何度か乗ってあげてるんだけど。
とにかく、駆けてくる彼女が到着するのを待つ。
……待って、たんだけど。
「月詩、走るな!」
「え?」
その声には聞き覚えはあったんだけど。
急にそんなこと言ったら、案の定。
「きゃっ!」
彼女はべしゃって音を立てて、芝生の上に顔から突っ込んでた。
そのそばへと寄る。
上半身を上げようとするのを支えると、彼女は微笑ってた。
「つくちゃん?」
「転んじゃった…」
てへ、とでも言いそうで。
小さく舌を見せた彼女を抱き締めてみたりして。
「あーもう、つくちゃん可愛い!」
なんて、叫んだりもしてみたりして。
彼女はいつだってマイペース。
わたしみたいに我慢してるわけじゃない。
痛いと思ったら痛いって言うし。
こうして転んでも、痛くなければ、それを言うことはしない。
聞けば、「平気ですー」なんて、また笑顔付きで返されるんだ。
これを可愛いと言わずになんて言うんだ!
と、わたしは思う。
本当に、熊谷さん夫婦は、どんな風に、この子を育てたんだろう。
気になる。ものすごく。
「だから言ったんだ。おまえ、走るとすぐこけるんだから」
ほらって、ぶっきらぼうに手を差し出したのは、わたしの弟。
まだ抱き締めてたわたしには、一切かまわずに。
「だって、玲さんと早く話したかったんだもん」
しゅんとしながらも、彼女は尽の手を取る。
引っ張られて立ち上がって。
わたしはそれを確認したあとで、自分だけで身体を起こした。
「怪我は?」
「大丈夫だよ? 痛みとか全然ないもん」
「服は? 汚れてないか?」
「うーん……、大丈夫みたい。でも、尽くんって、本当に心配性だよね?」
くすくすと彼女は笑う。
尽はため息を吐いて、腕を組んだ。
「だって月詩、すごいおっちょこちょいだし」
「そうかな? まぁ、確かに走れば必ず転んでるね、私」
自分のことなのに、笑顔で語る。
わたしだったら、絶対沈んでるのに、楽しそうに。
それに尽は、言葉を付け足す。
「そ。必ず顔から」
「そのうち、顔潰れちゃうかなぁ?」
「かもな」
「くすくす…、ヒドイなぁ、尽くん」
「まぁ、そうなったら、俺がもらってやるよ、月詩のこと」
「じゃあ、そうなったら頼もうかな」
………。
これはどういう会話?
わたしは二人を見ながら考える。
言葉そのものを受け入れるなら、二人とも、相手に好意を持っているとわかるんだけど。
彼女はただ、いつもと同じように微笑んでいるだけで。
尽は尽で、慣れてるって感じで、そんな彼女を見ながら苦笑してる。
だから二人にとっては当たり前の会話なのかもしれない。
けど。
尽が好きな女の子は、確実につくちゃんだ。
そう、確信を持てた。
けど、でも。
届いてないんだね……。
わたしは緩く、首を振る。
かわいそうに、とは思うけど。
尽につくちゃんはもったいないでしょう。
とも思うから。
ザマァミロ!
なんて、大笑いしたくもあった。
「それで? 何かあったの?」
話を元に戻せば、彼女はにっこりと笑って、口を開いてくれた。
「私、玲さんに聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
繰り返せば、彼女は笑顔のままで、コクンと頷く。
何だろうって思って首を傾げると、背後に彼が立った。
つくちゃんはその彼の顔を見上げてから、わたしの袖を引っ張った。
「何? どしたの?」
「あの、葉月さんみたいな男の人って、どうやったら振り向いてくれるんですか?」
「はい?」
「やっぱり、玲さんみたいな人じゃないと無理ですか?
別にいいんですけど。だって私、玲さんみたいになりたいし」
決意を表すみたいにぐっと拳を握って見せて。
それでもすぐに、彼女はにこって笑った。
いや、つくちゃんはそのままで充分だと思うよ?
言えなくて。
とりあえず、抱き締める。
でもやっぱり、言っておこう。
「つくちゃんにはつくちゃんのいいところがあるんだから、無理して僕みたいにならなくていいんだよ?」
「無理はしてないですよー。玲さんの生き方っていうのが素敵だなーって思ってるから、いいなぁって」
「そんないいもんじゃないよ?」
本当に間近で顔を覗き込めば、彼女は困ったような顔をしていて。
「そうだよ。月詩には月詩のいいところがあるんだから」
「うーん…でもぉ」
「玲はヘンなだけ」
「そこでヒドイこと言わない!」
振り返って、彼の肩を叩く。
けど、避けられて、わたしはムキになって、彼の腕を取って、何度も叩いた。
そのあとで。
「にしても、つくちゃんの好きな人って誰?」
弟のため、聞いてみる。
当の本人も、ここにはいるんだけど。
その尽を見ると、一生懸命に平静を装おうとしていて。
「特にいないですよ?」
言葉に視線を戻すと、彼女はにっこりと笑ってた。
「いないの?」
「はい。だから、どうやったら会えるか、から、本当は教えて欲しいんですけど」
「いや、それは……運もあるんじゃない、かな?」
頑張れ、尽!
今度は本気でそう思ってた。
彼女は手強い。
手強いけど。
「高三、初めの頃のおまえに似てるな」
「……一番仲のよかった君をその相手として見てなかったってこと?」
「ああ」
「…確かに」
あの頃のわたしは、周りから見るとこんなだったんだ。
肩を落として、息を吐く。
彼女はそんなわたしに笑いかけてくれて。
弟は苦笑いを浮かべてた。
あのあと、二人の『つくし』は用事があるから、と離れていった。
彼女が前に見たい映画がある、って尽に零したみたいで。
それに彼女を誘ったんだって、尽が。
けど、わたしを見た瞬間に、彼女はそれをすっかり忘れていたみたいで。
「あ、そうだったねー」
なんて、にこにこ笑顔で発してた。
ある意味特殊だよ、彼女は。本当に。
天智くんのことを聞いたら、知らないって答えだった。
ただ、近くでドラマの撮影があるって言ってたから、それじゃないかって。
「ドラマって大変?」
「俺は楽しいと思うよ?
役を言われると、この監督さんは俺のことをこう見てるんだ、とかってわかるじゃん。
もしくは、俺にはできるって思われてるってさ」
時々、プレッシャーもかかるけど。
何となく聞いたことに、尽はそう言葉をくれた。
わたしがそれに考え込んでいると、彼女がくすくすと笑みを零す。
「ドラマの仕事が入ると、尽くん、怖くなるよね?」
「怖くなるの?」
「そうかなー?」
「怖くなるの。
台本読んで、何か考え込んで。でも次の瞬間には、絶対にいい仕事してやるって、怒りながら言うの。
何でかは全然わかんないんだけど」
と、彼女は笑い続けてて。
その笑顔がまた、ふんわりしてて。
かなり和まされた。
――まぁ、そんな感じで。
彼女はわたしの弟に手を引かれて、離れていってしまった。
またお話しましょうねー。
なんて、ずっと笑顔で手を振ってた彼女に、わたしも手を振り続けてて。
それでも、尽に何か言われたんだろう。
彼女は視線の先を変えたまま、もうこちらを見ることはなかった。
終始笑顔の彼女。
ある意味、表情がわからないかもしれない。
「前途多難、だと思う」
零すと、彼の視線がわたしを見る。
「尽?」
「そう」
短く返事をして、わたしはソファに首を預けた。
ソファに座っている彼と、視線がかち合って。
とりあえず、微笑っておく。
わたしは床に直に座って、膝を立てていて。
靴下を履いていない足を動かす度に、フローリングの床にぺたぺたと音が落ちていった。
「天智くんは、わたしが頑張って隙を見せないようにするとして……出来そうにないけど」
彼がむっとしたように渋面を浮かべる。
でももちろん、わたしは見ない振り。
「あの二人は何かもう、なるようになれ?
と言うか、あのまま行きそうな気もするけど」
「あのままって?」
「俺と結婚すれば、玲はおまえの姉貴になるじゃん、とかって尽が言えば、つくちゃんは納得しそう」
「………」
「あ、そうだねー。じゃあ、結婚しようか?
みたいな」
「…………」
「違う?」
「違わないと思う、俺も」
視線を向けて同意を求めれば。
彼は視線を逸らして、あまり考え込まずにそう答えを出した。
深く考えることはないと思うよ、尽。
思いながら、手にしていたカップを口元で傾ける。
みんな誰かの一番になりたい。
なったら、そのまま一番でいたいと思う。
その人にとって、自分だけ。
ほかの人とか、物とかじゃ、代わりなんて無理、っていう。
そういうものに。
わたしは――彼の一番でいたい。いつだって。
だから、わたしの一番になりたい天智くんの想いは、突き放すべきものなんだ。
今回はうまくいかなかったけど。
「でもさぁ、こんなののどこがそんなにいいんだろうね?」
カップをテーブルへと置くべく、少し移動。
立たずに、滑るように。
置いて、戻ろうとしたら。
腰をぐいって引っ張られた。
「っ!」
言葉もなく驚いていると、肩に彼の顎が乗った。
また後ろから抱き締められてる…。
考えたけど。
ま、いっかって。
そう思った。
「知らない」
唐突に出された言葉は、さっきの問いの答え。
君の答えは知ってるもんね、わたし。
前に聞いたから。
「一般論は、わからないってこと?」
「ああ」
「聞いてみようかな? そうすれば、わかってくれるかもしれないし」
「逆に深みにはまったら?」
「……頑張れ?」
苦笑で紡げば、ふっと笑われる。
それにつられて、苦いものを消した。
「そうだ」
「何?」
「日程、決めた」
「ほぇ? 何の?」
「式」
すっと指差されたのは、一年間の数字が埋め込まれたポスター。
しかも来年の。
わたしが試作品って言って、出版社からもらってきたやつ。
何枚かもらったうちの一枚。
その中、二月十六日に、二重丸が付いてた。
意味がわからなくて、わたしは首を傾げる。
「手、出して」
手?
どっち?
考えながら、両手を顔の前で広げてみる。
と、左手に彼の手が触れて。
わたしがいつもしているクローバーのリングが外された。
それでようやく、わたしは彼が言おうとしていることを理解する。
右手を下ろして、とりあえず、代わりに嵌められるものを待つ。
「出来たんだ?」
「ああ」
あまり大きなものを好まないわたしに合わせられた、小さな透明の石が埋め込まれたリング。
収まったものを見て、わたしは微笑う。
「なぁ」
「ん?」
「………」
「ちゃんと言ってください。それとも、僕が言う?」
「…嫌だ」
「………」
彼の顔を見ながら、わたしは待つ。
放たれる一言は知ってる。
どう言おうか、彼は逡巡。
リング作って、式の日決めて。
それでもまだ迷うか? 普通。
わたしの両親には、すでに了承済みで。
彼の両親には、この前電話が掛かってきた時に、わたしから話した。
近いうちに会いに行きますからって笑みが含んだ声で言われて。
お待ちしてます、と答えた。
もちろんそれを、彼にも伝えた。
……のに。
「珪?」
反応がなくて、わたしはため息。
それから、口を開いた。
もちろん、わたしから言うために。
けど……遮るように、キス。
「…結婚、しよう」
離れた直後に言われて。
わたしは一度瞬く。
それでも。
「もちろん!」
応えて、抱き着いた。
そばにいてあげる。
だからそばにいて。
矛盾してるけど、そういうこと。
彼の笑顔は、わたしが作る。
だから、わたしの笑顔は彼に作ってもらう。
ぎゅーっと抱き締めて。
抱き締められて。
実感なんてもの、きっとあとからじわじわ来るんだろうな、なんて。
その日が来ることを、今から楽しみにしちゃっているわたしがいたりした。
「当日泣きそうだ」
言ったわたしに、彼は微笑って。
「おまえだしな」
そう、言ってくれた。
「でもさ、何で二月十六日なの?」
「俺とおまえの誕生日の、ちょうど真ん中」
「君基準?」
「ああ」
「………」
「だって、おまえ基準だと、一年ぐらいあとになるからな」
END
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