素直に好意を寄せられて
それを突き放せるわけないでしょう?
何でって聞かれたら
可愛いからよ もちろん
なんて
答えてあげるね?
ONE 1
春や夏なら、緑が溢れる森林公園。
…も、秋にはこんなに茶色ばかりで。
でもそれには目もくれずに、わたしは目の前を横切っていく彼を見続ける。
彼は色彩豊かだ。
そう思う。
周りに比べたら、ずっとずっと、豊かで、綺麗だって思う。
美しいと綺麗って――別のものだから。
彼はわたしのそんな視線にかまわず、橋の上を歩く。
ポケットから取り出したそれは、光を反射して、きらきらと光っていて。
時折、手の中のそれに視線を落として。
彼はなお、ゆっくりと歩いてた。
と、急に、立ち止まる。
見上げた空には雲はない。
確認をしたあとで、彼は手をぎゅっと握って。
落とした視線の先に映っているのは、橋の材木。
その向こうに、何を見ているんだろう、なんて考えさせられたけど。
一、二、三、と数えたところで、彼は伏せていた視線を上げて。
こちらを見て。
持っていたものを前へと垂らした。
落とされるそれを、カメラはズーム。
誰がしていたのかなんてわからない――ネックレス。
水の中に銀色が消えて、少しして。
小さく息を吐き出してから。
わたしはにっと笑った。
「最終チェックしまーす!」
声を上げれば、スタッフさんたちはそれぞれに口を開いて応えてくれて。
モニターの前に集まってくる。
でもま。
「大丈夫でしょう?」
「だと思うけど」
「ナレーションいらないね、今回」
「僕もそう思います。下手に付けて、世界観、壊しちゃうよりは…珪だけで充分って」
「そうだねー。あとは編集か」
「プレッシャーかけないでくださいよー!」
なんて、映し出されたものに思い思いに口にして。
ゆっくりと歩いてきた彼を視界の端に見て。
みんなで親指を立てて見せた。
もちろん、笑顔で。
「……ああ」
意味がわかったらしい。
彼も笑顔。
「玲ちゃんって、本当にいい脚本書くよねー」
「ですか?」
「ですです」
「あとは葉月くん。脚本に書かれてるそのままをきちんとやってくれる。
何も言うことないんだもんなぁ。オレ、ただカメラ回してるだけ」
肩を竦めてみせた、カメラマンの藤堂さんにくすりと笑う。
と、彼がその輪から抜け出した。
「珪?」
「着替えてくる」
「はいはい」
笑って、手を振って。
彼も笑みで手を挙げてくれた。
…けど。
彼は笑みをすぐにかき消し。
くるりと踵を返して、こちらへと歩き始める。
わたしはそれに、首を傾げて。
その途端、背中に加わった重みに、わたしの身体は反り返った。
お、重い……。
足を一歩踏み出して耐えようとすれば。
彼の手が、それを引き剥がした。
なくなったものに、わたしの身体は傾いだけど。
彼の腕が、抱き留めてくれる。
ほっと息を吐けば。
「何だよ、珪兄。オレの恋路を邪魔するなよー」
と、そばで声がした。
彼のことを「珪兄」なんて呼ぶのは、わたしが知る中では一人しかいない。
彼と同じ事務所で、彼の後輩で。
つい最近、子役として人気が出てきた男の子。
「天智くん……」
「おはよう、アキ姉」
にこっと笑った笑顔が可愛くて。
わたしも振り返って笑おうとしたんだけど。
それは彼の手で止められた。
後ろから抱き竦められて、後頭部が彼の胸に当たる。
そのことに、天智くんが「あー!」なんて声を上げた。
「珪兄!」
「こいつは俺の」
「『俺の』とか言うなよ、小学生相手に!
大人げないぞ!」
「それを言ったら、おまえは子供らしくない」
「うるせー!」
「煩いのはおまえだろ? 天智」
頭を叩かれて、天智くんはそこを押さえて蹲る。
叩いた人物はその横で、深く息を吐いて。
「言えばわかるっつってんだろうが、毎回!」
そう食って掛かってくる天智くんをわずかに睨んだ。
「それでもやめないだろうが、おまえは」
「だからって叩くなよな、尽!」
話し方とか、似てるからかな?
わたしの弟は、この小さな男の子と睨み合っている相手――尽だけのはずなのだけれど。
この二人、兄弟みたいに見えて、仕方がなかったりして。
目付きも似てるし、態度も似てる。
思いながら、わたしを抱き締め続けている彼の手に触れる。
わたしが初めて天智くん――竜居天智くんに会ったのも、尽を通してだった。
ドラマで共演するんだ、とかって紹介してきて。
確か役柄でも、兄弟だったはず。
思い出して、わたしは笑った。
その時は、ものすごくさわやかで。
ものすごく、おとなしそうだなって思ったのに。
次の瞬間には、この性格を露呈された。
『アキ姉』って呼ばれたのも、その時だった。
「玲さんって、何かよそよそしいし。それに、オレより年上だから、『アキ姉』でいいよね?」
って。
随分大人びてる小学生。
それが、わたしの中の天智くんのイメージ。
見た目は結構かわいらしいんだけどね。
将来が楽しみではあるかな?
なんて思う。
「珪兄もいいかげん、アキ姉を放せよ!」
「嫌だ」
ちなみに、彼のことを『珪兄』って呼んだのは、わたしが彼のことを紹介した時。
彼のことはもちろん知っていて。
恋人だと言ったら、敵意剥き出しで。
「珪兄!」
って呼んでた。
「諦めろよ。おまえが入る隙はないって」
「うるせーなー」
「そうだな、煩いかもな。ってことで、嫌だったら諦めろ」
「ヤダ」
尽と天智くんは、未だに口喧嘩中。
取っ組み合いを始めないだけいいかもしれない。
そんな二人をとりあえず視界から外して、わたしは少し考えてた。
「着替えてこないの?」
手に触れたままで、顔を上向けてそう聞く。
と、彼は少し、困ったようで。
「来る。……けど」
「けど…天智くん?」
「ああ」
「相手、小学生」
「でも、男だろ?」
「うーん…、年下はあんまり、好みじゃないよ?」
「………」
「でも、珪は年下でも好きだと思う」
にっこり笑ってそう言えば。
彼は嬉しそうな表情を見せてくれた。
そうか。
そう、綴って。
ほっとしたような、そんなものも、見える。
――決して、嘘ってわけじゃないんだけど。
口がやっぱりうまいなぁ、わたし。
なんて、ほんの少し、思ってしまったりして。
「離せよ、尽!」
と、声が聞こえたのは、その直後。
瞳を向けたのは、二人同時だったと思う。
尽が天智くんを後ろから押え込んでて。
その天智くんは、こっちに来たがってるみたいに、手足をばたつかせてた。
「あのさぁ…、言っていいか?」
天智くんはまだ離せと尽に言い続けていたけれど。
それを煩いとでも思ったんだろう。
尽は小さな口を片手で塞いで、話し始めた。
「何?」
「?」
彼は眉根を寄せてる。
わたしは…何となくわかってるけど、わからない振り。
「目の毒」
「………」
「つーか、自覚あるわけ? 二人とも」
「………」
わたしはある。
とは言えなくて、ちょっと悩む。
ため息は目の前から聞こえた。
「玲はありそうだけどな、自覚」
弟のその言葉に、わたしは苦笑。
「…わかる?」
「わかる」
あはは、と乾いた笑いを発すると、天智くんがようやく尽の呪縛から逃れて。
わたしの目の前へと駆けてきた。
わたしは未だに、彼の腕の中のいる。
「アキ姉」
「何?」
「そんっなに、珪兄のことが好きなわけ?」
「………」
どう言おうかとも、考えたけど。
とりあえず無言で、頷いた。
天智くんは、ショックを隠せないって顔で。
彼は嬉しそうに腕に力を込めてくれる。
「どこがいいわけ?」
まだ抜けていない顔で、天智くんは聞いてくる。
聞きたいか、やっぱり。
思いながら、言葉を選ぶ。
けど、口にしたのは疑問だった。
「天智くんは、自分のどこが珪より勝ってると思う?」
聞けばすぐに、性格、って答えが返って。
わたしは笑う。
彼がむっとしたのがわかる。
宥めるように、手を撫でて、わたしは彼の腕の中から天智くんの前へと足を踏み出した。
でも、手は離さない。
「性格か。確かに彼は、社交性とか皆無だね」
「でしょー? だから、つまんないんじゃないかなーって」
「つまらなくはないよ? だって、よく見てるとおもしろいもん」
「ウソだー!」
「本当。だってね、そこが彼のいいところでもあるんだから」
「? いいところって……」
「君から見た短所は、わたしが見れば長所になるかもしれないってこと」
「………」
「逆もまた然りだけどね? だから言うけど、彼は観察すると結構おもしろいんだ。
知れば知るほどいいやつで、好きになる。
わたしは…だよ?」
言えば、天智くんは黙ってしまって。
わたしは心の中で、ごめんね、って呟いた。
嫌いなわけじゃないから。
だから傷つけないようにってしたつもり。
絶対に、が無理なことは知っているから。
せめて、かすり傷程度のもので終わらせようって。
「天智くんのことも嫌いじゃないよ?」
「アキ姉……」
「嫌いじゃないから、突き放せなかったの。わかるよね?」
頷いて、ぎゅっとしがみついてくる。
可愛いなぁ、なんて思いながら、その頭を一度、撫でた。
彼も尽も、何も言わない。
…からか、天智くんはがばっと顔を上げて。
背伸びをしたと思ったら。
「!」
「オレ、絶対諦めないから!」
そう言って、彼をキッと睨んで、駆けていった。
わたしはちょっと呆然。
ちょっと放心。
していると、彼がまた、後ろから抱き締めた。
「今、何された?」
「え? えーと……」
追求するみたいな口調に、言葉を濁す。
怒ってる。明らかに怒ってる。
「持って…いかれたねぇ」
吐き出せば、彼は目を細める。
怒ってるよ。わたしが悪いわけじゃないじゃん!
「そ、そう言えば尽は何で来たの?」
「………」
尽は無言。
俺のことより、葉月のことじゃないの?
って、そんな顔。
じゃなくて、助けてよ、尽!
「…尽?」
「……この足で」
「呆けなくていいってば! 用事があって来たんじゃないの!?」
わたしは必死。
彼はじっとわたしを見る。
スタッフさんたちは、そんなわたしたちを遠巻きに見ながらも、完全無視。
そんなわたしに息を吐いたあと、尽は爪で頬を掻いた。
視線は上。
どう言ったらいいか考え中。
…みたいな。
だからわたしはにやりと笑う。
「待ち合わせ?」
「…まぁ、そんなとこ」
「彼女?」
「………」
「友達?」
「うん、……」
「女の子の?」
「………」
これは当たったなぁ、なんて思う。
尽はどうやら好きみたいだけど。
明らかに好意を持ってるみたいだけど。
まだそうは言えてないらしい。
どんな娘か気になるなぁ、なんて微笑んだら。
横抱きに抱え上げられた。
「ちょっと、珪?」
「………」
「無言って、怖いんですけどー!」
「頑張れ、姉ちゃん」
「見捨てんな、尽ー!」
声を張り上げても状況は変わらない。
周りに助けを求めようと思ったって、みんな見て見ぬ振り。
彼はわたしを抱きかかえたまま、噴水広場を抜け出した。
下ろされたのは外れのベンチ。
あまり人が来ないことは、もう、見れば確信が持てるかもしれなくて。
ちょっと見れば、前方には噴水広場があるけど。
それは、ちょっとばかり遠い場所にあることがわかる。
それ以前に、座ったわたしの首辺りまで、茂みがあるし。
背もたれに身体を預けたら、もう本当に何も見えない。
左右と後ろは木があって。
何のためにこの場所にベンチがあるんだろう、って…かなり考えたりもするけれど。
こんなところを知っている君にも、感心するよ、わたしは。
わたしの前で膝立ちして。
足の上に頭を置いて。
両腕はしっかりとわたしの腰に回している彼の髪を、わずかに梳く。
浮かべたのは微笑で。
どこか安堵してた。
暖かくて。
猫を思い出した。
彼は野良猫だと思う。
本当に気を許した人間にしか、懐かない。
大人の野良猫。
世界の裏側まで知ってしまったみたいな、少し擦れた――野良猫。
「怒ってる?」
「………」
聞けば、答えは返らなくて。
わたしは苦いものを一切含まない、失笑を零した。
「悔しいんでしょ?」
「当たり前だろ?」
今度は答えが返って。
笑みを濃くする。
「大丈夫だよ。ここにいるって言ってるでしょう?」
「………」
「信じられない?」
「そういうわけじゃない」
「そう」
今度は撫でる。
体勢が変えられないっていうのは、ちょっと嫌だけど。
でも、甘えられることは嬉しいから、それはかき消されてしまって。
「ちゃんと言えば? 聞いてあげるよ?」
彼の言いたいことはわかるけど。
言ってほしいから。
彼の口から、彼の言葉で聞きたいから。
わたしはそう綴った。
「珪?」
「…隙が多すぎ」
「そうですか」
「ああ」
「でも、天智くん、可愛いんだよね」
零すと、彼は顔を上げる。
眉根を寄せて、まだ理不尽って顔。
「やんちゃでさ」
「……」
「目が大きくて、一生懸命で」
「………」
「誰かさんの小さい頃を思い出しちゃって」
くすくす笑う。
――小さい頃。
泣いてたわたしの機嫌をよくしようって、必死になってた誰かさん。
絵本を読んでくれたり、花を摘んでくれたり。
告げれば、彼は参ったって顔して、また突っ伏した。
それにわたしは、くすくすと笑い続ける。
「誰かに聞いた話をわたしに教えてくれる時の仕種とか。すっごく似てるんだもん」
「だからって……」
「そんなに嫌なら、消毒すれば?」
顔を上げた彼に、わたしは自分の唇を指し示す。
わたしは逃げないよ?
ここにいるから。
言わずにいれば、彼は唇を重ねてきて。
すぐに離れた。
「…終わり」
恥ずかしいのか何なのか。
そう呟いた彼に、わたしは笑ってた。
視線を逸らした彼。
頬をほんのりと赤く染めた彼。
何か、何か。
「小学生の天智くんより、珪の方が可愛いってどうなんだろうね?」
言えば、彼は不満気で。
わたしはその表情に、笑いを押し込めた。
思い出した。
って言うか、実感してる。
「熊谷さんが言ってた。菜穂子さんも、同意してた」
「?」
「自分がその人にとって、母であり、姉であり、妹である立場で。
その人が自分にとって、父であり、兄であり、弟である立場っていうのが、正しい恋人同士のあり方なんだって」
「だから?」
「今の君は、わたしにとって、尽と同じ立場ってこと」
笑めば、彼は立ち上がる。
乱暴に隣りに座られて、ベンチが大きく揺れた。
いつもは、父親かな?
我が侭を許してくれるし、何かあった時は、支えてくれる。
甘えさせてくれるし。
「不満?」
聞けば、ちらりとわたしに視線を投げて。
彼は黙ったままで、空を仰いでた。
不安にはならない。
けど、淋しく感じる。
言葉で伝える代わりに、わたしは彼に凭れ掛かってみる。
視線をほんのちょっと注がれて。
彼はわたしを抱き寄せてくれた。
暖かさにほっとして、瞼を下ろす。
彼に洋服、着替えてもらわないと。
とか思いながらも、この時間が続くことを、わたしは望んでた。
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