わたしが悪いの?
それとも、君が悪いの?
多分きっと。
どっちも…悪くない。
でもきっと。
そうやっぱり。
どっちも……悪いのかもね。
夢
彼の部屋の、ドアの前。
開けられることを拒否するみたいに掛けられているメッセージボードを見て。
わたしは小さく、頬を膨らませた。
新しい企画が持ち上がって。
そのプレゼンが近日中にある、とかっていうのは聞いてたけど。
根を詰め過ぎるのは、いかがなものかと思うよ…?
本当は口に出して言いたいのを我慢して、小さく息を吐いた。
それだって、本当は。
この中にいる彼に聞かせてやりたいぐらい、大きく盛大にやりたかったけど。
でもね? 邪魔はしたくないのですよ。
もう一度息を吐いて。
ドアを一度だけ、小さく爪で引っかいた。
喉の奥で、「にゃぁ」なんて、声を上げて。
わたしは廊下を歩き始める。
足音を立てないように、リビングまで。
ソファに寝転んで、つまらない、と発して。
それでさえ、聞こえないってわかっていながら、小さい声。
「淋しい…」
あーあ、って紡いで。
そばにあった雑誌を手にした。
ぺらぺらと捲って。
それでもつまらなくて。
わたしはその雑誌を手にしたまま、また歩き出した。
階段を上がって。
隠れるみたいに、寝室に滑り込んだ。
ドアを、音もなく閉めて。
ベッドを背にして、腰を下ろす。
ベッドに背を寄り掛からせて。
立てた両足に、雑誌を落ち着かせて。
文字を追い始めてから、一時間が経った頃。
階下でバタン、と扉が閉まる音がした。
彼が部屋から出てきたのはわかったけど。
だからといって、動こうとは思わなかった。
特に反応も示さずに、ぺら…と、ページを捲る。
それから、少しして。
足音は階段を上がってきた。
上がり切ったところで、それは止まって。
ゆっくりと、この部屋まで近づいてくる。
カチャ…と、遠慮がちにノブを下げて、わずかに開けて。
「玲?」
彼は、そう、小さく紡いでくれた。
ページを捲りながら、「何?」って、返したわたしに。
届けられたのは、ため息。
けど。
――ため息を吐き出したいのは、わたしの方だってこと。
わかってないでしょ?
思いつつ、中途半端に無視をする。
ドアを開け切って、彼も寝室へと足を踏み入れたのが。
彼が動いたことで起こった、その、諸々の音でわかった。
けど、近づいてくる気配はなくて。
もう一度ページを捲ると、彼は壁を背にして座ったらしいのが、また、音で知らされて。
それで、音は止まる。
視線がずーっと、注がれて。
それを意識の外に追いやるために、わたしは文字を追っていった。
薄い紙の上に指を滑らせて。
ページを捲って。
「……玲」
「何?」
変わらないわたしの返答に。
彼からはまた、ため息。
「…怒ってるのか?」
「別に」
「………」
問いに、短い返答。
床に敷かれた絨毯に、裸足でいると。
少しだけ、滑りそうにもなって。
手を付いて、わずかに身体を起こす。
視線は、雑誌から離さない。
――怒ってるのか? って聞かれたら。
別に、って答える。
だって、本当に怒ってないし。
淋しいだけだよ。
君のことはわかってるから。
わかってるつもり……だから。
怒ったりはしない。
「なぁ」
「………」
「…玲」
「何?」
聞いてるのに、彼は何も言わずに、わたしを見て。
その彼を、半ば無視するみたいに、わたしは雑誌に視線を注ぐ。
と、布擦れの音が耳に届いた。
何をするんだろう?
そんな風に考えていたら、彼がわたしの目の前まで来てた。
それを視界の端に見ても。
わたしは雑誌から目を離すことはしない。
……のに。
「なっ!?」
彼が指先で触れた、それに、わたしは顔を上げてた。
つ…と、滑った指に、ピクッと肩が震える。
足の指先に力を入れると、雑誌は取り上げられて。
それが置いた音が小さく響くと同時に。
彼の指は、触れていたそこを、押してきた。
ズボンの上からだっていうのに、中に入ろうとしてくるみたいに。
「珪…?」
「ん?」
擦り上げられて、身体が硬くなっていく。
手は、どうすることも出来なくて。
絨毯に爪を立てることしか、出来なくて。
足を閉じるということでさえ…忘れてた。
横に来た彼の顔を見ることはせずに、肩を竦ませて。
そばにつかれた彼の手を、わたしは掴む。
「やめ…」
「やめない」
耳元で囁かれて、身体を震わせて。
そんなわたしの頬に、彼は唇を押し当てた。
唇は滑り落ちて、首筋へと辿り着く。
舌先で舐め上げられて、わたしは彼の袖口を引いた。
指が離れて、一瞬、安堵したけど。
すぐに、服の裾から入り込んだ手が、直に肌に触れたことに、また息を止めた。
「なん…でっ」
前が開かれて、指が直接そこに触れてくる。
それに、大きく身体が波打って。
半ば無理矢理、中へと入り込んできた指に、わたしは喉を反らせた。
まだ完全には濡れていなかったから、痛みも走ったけど。
「や、ぁっ!」
ゆっくり動かされて、身体が反応を示していく。
腰が浮かされて、下肢から衣服が剥ぎ取られて。
大きく自由に動くようになった、彼の手が。
それを教えるみたいに、乱暴に動いていく。
まだ陽は高くて。
カーテンを閉めたとしても、部屋の中は明るくて。
だからこそ、嫌だと思っているのに。
「おまえが悪い」
「?」
軽く、イかされて。
その所為で端に浮かんだ涙を舌で舐めとって、彼は指を引く。
急になくなったものに、肩を竦ませると。
身体が浮いて、ベッドの上に寝かされた。
悪いって…わたしが?
思いながら、キスを受け止めて。
わたしは悪くないよ?
思いつつも、上に乗ってきた、その重みが愛しくて。
彼の首に、腕を回した。
触れては離れる、そのキスを繰り返して。
行為は先へと進んでいく。
嫌だとか思っていたはずなのに。
今は全然、思っていないことに、当たり前かもしれないとか、考えて。
欲してくれることは、嬉しくて。
そう思うと、今ここで、止められたら。
わたしの方が、きっと。
彼のことを、欲してしまうだろうから。
Tシャツを脱がされて、肌を晒したわたしに。
彼の視線がふっと和らぐ。
抵抗しないわたしに、気をよくしたのかもしれないし。
わたしが自分のものっていうそれを、実感してるのかもしれない。
現に、わたしは彼のもの。
この…この時間だけは。
彼所有の、その印をわたしの胸に刻んで。
彼は身体を起こす。
それに倣って、わたしも上半身を起こして。
それからシーツを手繰り寄せて、胸の辺りで押さえた。
彼に視線を向ければ、何の躊躇いもなく、服を脱いでいて。
剥き出しになった彼の胸へと手を伸ばす。
触れたかったから。
どうしようもなく。
「玲?」
身を乗り出して、触れて。
引き寄せられて、彼の首筋に、唇を押し当てた。
少し熱いとさえ思える彼の体温に、嬉しくなって。
わたし所有の印を刻む。
「!」
わずかに眉根を寄せた彼に、ふっと笑って。
でも、やっぱり不安になったから、問いを投げた。
「痛かった?」
「そうじゃない」
「…嫌?」
「嫌じゃない」
「でも……」
「びっくりしただけ」
笑んだ彼に、目を細める。
わたしも微笑を浮かべて。
そのあとで、彼のラインをなぞった。
首筋から、肩を通って。
腕をするすると下へ。
手に触れると、案の定捕まって。
「触れない」
「…触らなくていい」
「珪ばっかり、ずるい」
言い終えてから、肩口に噛み付いた。
緩んだ指に、くすくす笑って、胸に触れる。
わたしが付けてしまった歯形を舌先で舐めながら、彼の腰に、腕を回した。
この時間。
わたしが彼のものなら。
彼は――わたしのもの。
それを確認するみたいに。
「玲」
「ん?」
「次は、何するんだ?」
「何して欲しい?」
背中に手を回して、痕を刻む。
「赤い華…とか言うんだっけ?」
本気で考えてるらしい彼に、何となく、そんな言葉を届けてみる。
赤に指先で触れて。
わたしが彼にしたいことを考えて。
ちらりと、視線を上向けた。
「して欲しいこと、決まった?」
「………」
「珪?」
名前を呼べば、あからさまに視線を逸らされる。
それにふっと笑みを浮かべて。
「したげよっか?」
なんて、耳元で囁いてみた。
驚いて、急に振り向いた彼の顔は本当に真っ赤で。
「可愛いよ?」
笑いを零しながら、そう届けた。
ら、額を叩かれた。
眉根を寄せれば。
「からかうな」
って、言葉。
「別に、からかってない。本当にそう思ったから、言っただけ」
「………」
「でも、嫌ならいい」
シーツを身体に巻いて、寝転んで。
途中の彼に背を向けた。
片手でゴムを取って、小さく頭を振る。
髪を梳いて。
小さく音を立てて、手をベッドの上に落ち着かせた。
してあげたいって、本気で思ったんだけど。
そりゃ、そういうの、本当に嬉しいのかなーって、考えたのも、あるけど。
……経験ないから、下手だろうけど。
考えて、息を吐く。
彼からの言葉はなくて。
そういうとこが、放っておけないんだけど。
思いながら、身体を反転させた。
「辛い?」
聞けば、彼は俯かせていた視線を上げて、わたしを見る。
主導権、今はわたしが握ってる?
考えていると、彼が近寄ってきて。
唇が重なった。
啄ばまれて、瞼を閉じる。
角度を変えて続くそれに、小さく声を上げて。
手を回してから、口を開けて、舌を差し出した。
絡めて、腕に力を込める。
シーツが剥ぎ取られて。
彼の手が、わたしの胸を包むというより――掴んで。
「んっ」
性急なそれに、彼がどれほど追いつめられているのかを知って。
心の中で、バーカ、なんて思ってた。
本当に強情。
仕方ない、とか思いながら、彼の手に従って。
そうしていたはずなのに。
彼の手と、指と。
唇と…舌と。
「ふぁ…ん」
翻弄されて。
自分が今、どうなっているのかもわからなくなって。
向けた瞳に映った、彼の笑みに。
いつしか主導権は、彼の方に移行していたことを知った。
それが普通だし。
仕方ない。
思いながら、わたしも笑みを浮かべる。
膝裏に手を差し入れられて。
足を掲げられて、押し当てられたものに、怖いなんて思わなかった。
ようやく。
ようやく――見つけたものがある。
「聞いてくれる?」
彼に抱き着いて、言葉を紡ぐ。
暖かくて、気持ちよくて。
抱き寄せられると、嬉しくて。
「どうした?」
頭の上から聞こえた声に、笑みを浮かべた。
「笑わない?」
「笑わない」
「…笑いそう……」
「振ってきたの、おまえだろ?」
くすくす笑いながら、彼は言う。
そうなんだけど。
でも、口にするのは、届けるのは。
ほんの少し、勇気がいる。
上半身を起こして、彼は背中に枕を当てる。
それに寄りかかるようにしたから、わたしも身体を起こした。
シーツを胸に当てて。
どうしようかと考えていたら、肩を抱かれて。
「で?」
耳には彼の心音。
暖かさに息を吐いて、抱き着いて。
「珪のそばに、ずーっと、いたい」
そう、綴った。
「いるだろ?」
「これからも」
「だから……」
「珪はそう言うけど。これから先、何が起こるかわからないでしょう?」
「………」
「だから、夢にしちゃおうかなって」
擦り寄って。
ちらっと彼に、瞳を向ける。
呆れているのか、ため息を吐かれて。
笑わないけど、呆れるのか。
って、そんなことを考えてた。
「ダメ?」
「ダメじゃない。…けど」
「けど?」
「叶うだろ?」
簡単に言ってのけた彼に、「そうだといいけど」なんて、言ってみる。
視線を外すと、頬を撫でられて。
引っ張られた。
「いひゃい、でふ」
「まだ言ってる、おまえが悪い」
笑って、彼は手を離してくれて。
わたしは自分の頬を撫でた。
そういえば、さっきも言ってた。
思い出して、彼に焦点を合わせる。
「わたしが悪いって、さっきも言ってたね?」
問いを投げれば、彼からは、短く肯定の言葉。
「わたし、悪くなかったよ?」
「悪い」
「どこが?」
「あんな格好してるからな」
「格好?」
「して欲しいんだったら、いいけどな。べつに」
どんな格好をしてた、だとか。
最初に触られた場所だとか。
考えて、思い出して。
彼の後ろにあった枕を引き出して。
それで、彼の頭を叩いた。
「そういうことを想像しちゃう、君が悪いんじゃないの?」
「……痛い」
「知らない!」
ふいっとそっぽを向いて。
頬を膨らませる。
まったく。
「……男って、そういうもの?」
「結構」
うーん、なんて考えながら、彼に寄りかかる。
触れていたいっていうのは、わかるけど。
けど…、わたしは時々しかない。
どうしようもなく、したいなって思うのは。
「大変だね、男の子」
「そうだな」
腰に回った手に、自分の手を重ねて。
「仕事は? 終わったの?」
「まだ」
「そう…」
「充電中」
力が篭って。
髪を梳いてくれる手が、優しくて。
「充電中?」
「ああ。充電中」
「じゃあ、少し、こうしてようか?」
「もう一回…」
「はい?」
振り向いたら、唇が重なって。
肌の上を弄り始めた手に、また、仕方ないのかなって思っちゃって。
首に回した腕に、力を込めた。
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