| 寒いのは
わかり切っているから 風邪をひかないように
彼女を 心配させないように
できるだけの防寒をして
家を出た
優しい言葉
吐いた息は真っ白で。
とりあえず、手袋をはめた手を、ポケットに彼は突っ込む。
それでも、ポケットの中は、まだ冷たくて。
ぎゅっと、手を固めて。
彼はそこから足を踏み出した。
待ち合わせ場所は、近くの公園。
住宅街を抜けるために、足早に歩を進めて。
目的地の入り口で座り込んでいるその姿を見つける。
それで、足を止めて。
小さく、息を吐いて。
「ゆめ」
そう、名前を呼んだ。
ぱちぱちと瞬きをして。
ぬいぐるみを抱きかかえたその少女は、立ち上がって。
彼を――見て。
「けいおにいちゃん!」
なんて、声を上げる。
歩くことを再開して。
彼女の元へと、歩を進めて。
「何やってたんだ?」
「あのね? きのう、こうこちゃんに、チョークもらったの」
「チョーク?」
「うん! どうろにえがかけるんだよ」
にっこりと笑みを浮かべて、少女は言って。
身体を屈めて。
それから、示すように、白い、かけらのようになってしまっているチョークで、絵を描き始めた。
描かれたのは、ウサギ。
「…うまいな」
「ほんとう?」
「ああ」
嬉しそうに笑ったのを見て、彼も笑みを零す。
彼女と過ごすようになって、思い出した笑顔は。
彼女と一緒にいる時しかないと、彼自身、思っていたのだけれど。
この頃……そうでもないのだと、気づけた。
それは、この少女のおかげで。
「寒くないか?」
「? だいじょうぶだよ?
おにいちゃんはさむい?」
「…平気」
じゃあだいじょうぶだねー、なんて笑って、また少女は絵を描きはじめる。
とにかくよく笑うと、彼は思う。
最初に見た表情は泣き顔だったのに。
それでも、手を引いて、少女を家へと送り届けた時は、笑みで話をしていた。
傷の痛みがまだあるのだろうと思わせるような、涙の残る瞳をしていながらも。
「今日…一人なのか?」
「?」
絵を描いていた手を止めて、少女は顔を上げる。
彼女の幼い頃とは、あまり似てはいないけれど。
それでも仲良くなったのは。
きっと、彼が手を差し伸べたからかもしれない。
「ひとりって…なにが?」
「友達。ほかには、来ないのか?」
「うん。おにいちゃんだけ」
「………」
「いや? おにいちゃん、いっぱいいたほうがいい?」
聞かれて、彼は首を振った。
少女がいいなら、かまわない。
その、意を込めて。
そうすれば、少女はまた笑って、チョークを道路へと滑らせる。
「おにいちゃん、きょうはなにもないの?」
「ん?」
「いつも、どこかにでかけてるでしょう?
おやすみのひ」
「…ああ」
「きょうはいいの?」
「今日は……」
平気だと、そう言葉を紡ごうとした時。
不意に、ポケットに入れていた携帯が、音を奏で出した。
首を傾げた少女に、断りを入れて。
携帯を開く。
「でんわー?」
「ああ。ごめんな」
ふるふると首を振って。
少女はまた、道路へと視線を向ける。
それを見止めて、彼は通話ボタンを押した。
『もしもし? 珪くん?』
「ああ」
『今…平気?』
誰からのものか、わかっていたから。
彼は答える前に、ちらりと少女を見る。
同じように、彼を見ていた少女と目が合って。
「平気……だけど」
『だけど?』
「ちょっと、待っててくれ。紹介する」
『え?』
手を拱いて、少女を呼んで。
彼はそばまで来た少女に、携帯を手渡した。
そうすれば少女は、少し躊躇したあとで、それを耳へと当てて。
「もしもしー?」
なんて、話しはじめる。
彼女はきっと、慌てて、応えているだろう。
考えれば、自然と笑みが零れた。
「あのねー? きょう、おにいちゃんとあそんでるの」
「おねえちゃん、おにいちゃんのおともだちなの?」
「おにいちゃん、やさしいよね?
ゆめちゃんがね? ころんじゃったときに、たすけてくれたの」
必死になって、そう話し出した少女に笑って。
彼は手を差し出す。
少女はそれに、かわるねーと言葉を落として、携帯を彼の手の上へと乗せた。
それを耳へと当てて、彼は小さく、笑みを零す。
『珪くん?』
「ん?」
『…かわいい友達がいるんだね』
「まぁな」
『………』
「優菜。今…何してるんだ?」
『え? あの…勉強、してたの』
「そうか」
今、呼んでもいいかもしれないと、そう…考えていたのだけれど。
彼女の答えを聞いて、それはやめようと、彼は考え直した。
そうしていると、くいっと袖を引っ張られて。
少女が指を差している場所を見れば。
そこに描かれていたのは、彼自身で。
微苦笑を零しながらも、今度会わせるからと、彼は口にしていた。
END
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