今すぐにでも会って、話がしたい。
思ったけれど。
そううまくいかないことは、わかり切っているから。
蕾
メールを彼女に送信して。
落ち着かなくて、昼寝をすることすらも忘れて。
スケッチブックに向かうこともできなくて。
それでも何とか、時間を潰した、夕方のその時間。
日が変わることを待ち切れなくて、パソコンを立ち上げた。
メールが来ていればいいとか、そういうんじゃなくて。
ほとんど、祈るような気持ちで。
新着メールがあることを告げる、短い音楽と。
画面に映し出された未読メール三通の文字。
期待を膨らませながら、それを開いた。
一通は仕事関係のもので、マネージャーから。
明日のスケジュールの確認。
それに、短く、メールを書いて、送信して。
二通目は、見る気も起きなかった。
ため息を吐きながら、削除する。
それから、三通目。
件名からして、俺は笑ってた。
『誰でしょう?(¯ー¯)』
なんて、そんなものを送ってくるやつなんか、一人しかいない。
思いながら、それを開いた。
一度、目を通す。
――本人がいたら、確実に呆れて、ため息を吐いていたように思うのに。
笑んだのはやっぱり、久しぶり――だからなのかもしれなかったけれど。
それでも、とりあえず。
メールが返されたことに、ほっとしてた。
そのメールの文章も、高校時代の、彼女の話し方、そのままで。
変わってないんだな。
思うと同時。
微笑んでいた。
それからもう一度。
ゆっくりと、最初から目を通していく。
『拝啓、葉月 珪さま』
そんな風に書かれていた俺の名前に。
最初は――忘れてしまったのかもしれない、とも思ったけれど。
件名にしたって、それはありえないのだと思い出した。
そして。
『……なんつって、葉月くんの真似〜(^^)』
その一文に、思い切り脱力させられて。
よかったと、そのあとで本気で思った。
彼女は忘れていない。
俺のことを、まだ友達として認識してくれている。
そのことが単純に、嬉しかった。
『久しぶり! 文面を見たところ、元気そうで安心したよ』
「俺も、安心した」
見ているのは文面なのに。
それを映し出している、画面のはずなのに。
彼女と話をしているような感覚に陥ってくる。
今はきっと笑っているんだろう。
思うと、彼女の笑顔が目の前に広がった。
それは――高校時代のものでしか、なかったけれど。
『雑誌もね、立ち読みだけど…ちょこちょこ見てるよ』
「どうも」
『感想? 相変わらず無愛想だね。
まぁ、葉月くんだから、しょうがないのかもしれないけど』
肩をトンッと指先で押されたような感覚が走って。
俺は微苦笑を零す。
高校時代の気持ちが、戻ってくる。
楽しいと思える、それが。
『で? 相談だっけ? 別にいいよ。聞いてあげる。
どうせ、演技が出来ない、とかそういうことでしょ?
だって、僕のメルアド知ってるとこからして、それしか思い付かないし。
HP見たんなら(あ、聞いたか?)そう言いなさい』
見当外れなそれに、ああそうか、と考える。
彼女はきっと、あれから諸岡さんには会っていない。
話してもいないんだろう。
だから、俺のことは知らないのかもしれない。
俺が諸岡さんから、教えてもらったこととか。
本当はどんなつもりで、俺が連絡を取ろうとしたのか、とか。
だったら、少しぐらい。
考えて、ふっと笑う。
意地悪をしてやろう、少しだけ。
くすくすと笑って、それでもメールを読み続ける。
『僕の方はいつでも、結構暇だから、場所だの時間だの、指定してくれていいよ』
その言葉には、素直に甘えることにして。
深く一度、頷いた。
『じゃ、そういうことで』
最後に記された彼女の名前に、ほっとして。
大きく安堵して。
それから、いつにしようかと考え始める。
本当なら、今すぐにでも、と書いて、送りたい。
けれど、今日もう一度、彼女がメールを見るかなんて、わからない。
だから明日の午後にでも、と、思うけれど。
明日は仕事で。
一日がかりだったはずで。
重く、息を吐く。
それに、彼女の方だって、暇だとは書いてあるけれど。
連載をしているのだと、諸岡さんは言っていたし。
だとしたら、月の中頃は、仕事をしているのかもしれない。
『結構』という、その単語の意味は、それなのかもしれない。
だとしたら――。
いろいろ考えて。
結局、彼女に会うのは、一ヶ月ぐらい、あとになってしまって。
そのことに、軽く項垂れていた。
けれど、その方が。
彼女も都合がいいのかもしれない、とも思い直して。
その通りに、文章を打ち始めた。
彼女に会いたい。
会って、話がしたい。
その気持ちを押し隠して。
『田端 玲 さま
ほっとした。覚えててくれたこと。
それから…変わってないんだな、おまえ。
メール見て、笑ってた。
で、日にち。
来月の×日。
一時に森林公園の入り口で待ってる。
葉月 珪 拝』
書き終えて、また勢いのままに、送信ボタンをクリックした。
一つ、息を吐いて。
立ち上がる。
また落ち着かない、なんて思ったけれど、夕食の時間が迫ってきていることに、電源を落とした。
彼女がOKを出してくれれば。
来月のその日は、特別な日になる。
そのことは、確実で。
彼女からのメールと、その日とを。
俺はまた、そわそわした気持ちで待つんだろうと、思っていた。
「さて、一ヶ月ほど経ちましたが」
決めたかい?
なんて言われて、軽く笑む。
それから、コクンと頷いた。
明日は確か、彼女が来る。
ここへ。
この人に、会いに。
昨日、彼女の家に行った、その時に。
彼女の携帯へ、この人から連絡があって、そう話していたから。
俺は何も知らない振りをして、彼女の言葉に――説明に――耳を傾けていた。
小説を書いていること。
『AKIRA』というPNであること。
諸岡さんが、彼女を見つけ出してくれたこと。
彼女の言葉と、この目の前の人から聞いた話。
その二つの食い違いに、俺は彼女に悟られないようにと、失笑を零していたりもした。
彼女から借りた、彼女が書いた、短い小説を読んで。
そして、やっぱり……と、確認していた。
彼女の言葉は、すんなりと、俺の中へ入ってくる。
そのことを。
そして、いろいろと考えさせられてた。
だから。
「彼女に…『AKIRA』に頼みます」
「そう」
「それで……頼みがあるんですけど」
切り出した俺に、諸岡さんは首を傾げてた。
目の前には、CFの脚本。
その表紙をちらりと見て取って。
彼女が書いてくれれば、と、願ってみたりもして。
きっと、彼女が描く俺は、『俺』のままで。
「葉月くんには無理だと思う」
昨日、彼女が言ったその言葉の通り。
俺に、演技が無理なら。
ほかのやつが書く『俺』は。
どこか、『俺』じゃないから。
それに。
演る気にならない。
起こらない。
…だから。
「明日、彼女…ここに来るんですよね?」
「知ってるんだ?」
「昨日、彼女と会ってたから」
「なるほど。で? 頼みというのは?」
短く息を吐いて。
それから、口を開いた。
「まだ…彼女には話さないでいてほしいんです」
「君から話すからって、ことかな?」
「はい」
深く頷けば、「そんなことなら」と、諸岡さんは承諾してくれた。
この人が黙っていてくれるなら、彼女に内緒で、水面下で、仕事の話を進めていける。
逃げ道がないぐらい、がちがちに周りを固めてしまうことも、できるから。
「彼女にOKさせられる?」
「必ず」
そう、必ず。
あの時に言えなかった言葉と。
届け切れなかった想いも。
一緒に……。
ぎゅっと拳を握って、伝えれば。
彼は「頼みます」と、綴ってくれた。
彼女に会うのは、友達として。
想いが受け止められたのなら、嬉しいけれど。
とにかく、逃げ道がないことを知れば、きっと、彼女のこと。
覚悟を決めて、すべてをがんばると言うだろうから。
その言葉は、引き出せるだろう、なんて、考え始めて。
「それから……」
「脚本、でしょう?」
驚いたあとで、躊躇いがちに、首を縦に動かす。
「僕もね? 読んだ時に、違うなーって思っちゃたんだよね。まぁ、急がないなら、もう少し考えてもらおうか」
「はい…」
「何なら、AKIRAちゃんに頼む? 彼女、脚本も書いてるんだし、HPで。だから、やってくれるとは思うんだけど」
「ですね」
「それでも、とりあえずね」
立ち上がって、外にいた人間に、素早く指示を出して。
それからすぐに、戻ってくる。
「じゃ、そうしましょう。動きがあったら、すぐにでも頼むよ?
連絡。それから、記者会見の日程、決めちゃいました」
笑顔で言った諸岡さんに。
俺は軽く笑って。
その日を聞いた。
間近に迫っていたその日程に、俺自身も、逃げられないな、なんて。
苦笑を零してたけど。
「じゃあ、その日に」
告げて、俺は立ち上がった。
時には、自分から動くことも大切で。
そんなこと、高校時代に、嫌と言うほど、彼女から教わっていたのに。
思い出して、重く、息を吐いた。
――明後日までに。
思えば思うほど、彼女に会いたくて、どうしようも…なくて。
そう思うなら、会いに行けばいい、なんて思ったりもするけれど。
彼女の都合も考えてしまう、自分がいて。
「最初に考えなきゃいけないのは、自分が今、何をしたいか、じゃない?」
思い出した光景に、息を呑んだ。
「何が?」
「だからぁ。相手の都合とか、どうでもよくて。自分がどうしてもしたいことって、あったりしない?」
勝手に他人の家に入り込んで、彼女はそう、言葉を綴る。
そうしながら、たんすを開けて、タオルを引っ張り出して。
もちろん、これも――勝手に彼女がやっていること。
俺は一切、「いい」なんて言っていない。
CDをかけて。
タオルで濡れてしまった服を拭きながら、彼女はわずかに耳を塞いでた。
「おまえ、雷……」
「そう、ダメなの!」
彼女はビシッと俺へと指を突き出してくる。
それと同時に、音が大きく響いて。
彼女はその場に蹲った。
「……意外」
「別にいいけどー!」
大声を出して、音に負けないようにとしているのかもしれない。
それでも時折、「ひーん」なんて、声を上げて。
怖がっているのが、丸分かりで。
「で?」
「だから、何度も言ってるでしょ? ウチ、誰もいないの!」
「…だから?」
「怖いじゃん! たった一人で家の中!」
「………」
つまり、彼女がしたかったことは。
言いたかったことは。
俺の都合なんか、どうでもいいから、一人で家にいたくなかったってことで。
「怖くなかったのか? ここに来るまで」
「怖かったよ! そりゃ、ものすごく!」
「………」
「だから早く着かないかなって、ずっと思ってた」
「呼べばいいだろ?」
「…本当に来てくれるか、不安になっちゃって。なおさら怖いじゃん」
言葉にはぁーと長く息を吐く。
結局彼女は。
自分が動くことで、ひとりだというその事実から逃げ出したかったということになって。
「怖がり」
「うっ…。別にいいもん」
彼女は床に座り込んで、ふいっと顔を、俺から逸らす。
頭から被っているタオルのせいで、彼女の表情はまったくと言っていいほど、見えなくて。
カーテンは閉めなくていいって、ずっと言ってたな、あいつ。
くすくすと笑いながら、歩を進めた。
雷の大きな音は嫌いだけど。
光は綺麗だから、好きだ、とか言って。
目前に見えたアパートに、足を止める。
相手の都合よりも、自分が何をしたいか。
だったら俺は。
彼女の都合なんかどうでもいいから。
彼女に会いたいという、それだけを考え続ける。
また前へと歩を進めながら、短く息を吐いて。
自然と浮かんだ微笑を、隠そうともせずに、小さなその門をくぐってた。
END
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