突然のことに驚いたのは、わたしも同じ。
だからわたしを、怒らないで!




小さくて… もう一人





今日届いた、その手紙の封を開ける。
シンプルな便箋の上に書かれている文字を追って、わたしは微笑を浮かべていた。
産まれたばかりの赤ちゃんのこと。
案の定、彼女は光太さんに、すべてを押し付けているらしい。
まぁ、本人に言えば、
「何にも言ってない」
「勝手にやってるだけだから、放っておいてる」
なんて、言うんだろうけど。
そんなことを思いながら、読み進めてた。
……の、だけれど。
「はぁ?」
声を上げたのは、そこに書かれていたものの所為。
その、最後の一文を読んで、わたしは固まっていた。
それに気づいてか、彼が怪訝そうな視線を投げてくる。
「どうした?」
「18日に泊まりに行くって……」
「………」
『P.S.』のあとに書かれていたその一文。
18日って、18日?
今月の?
それっていつ?
………。
「あのさ」
「……ああ」
「18日って…今日、だよね?」
言ってから、わたしは苦笑。
けれどすぐに、封筒の、その日付印を確認した。
それは…一昨日のもので。
「確信犯、だね…」
ポツリと零すと、電話が鳴る。
もう、すごいタイミングがいいんですけど。
痛いくらいの視線を受け取りつつ、わたしは子機を取る。
わたしだって知らなかったんだってば!
「はい、もしもし?」
『あ、玲?』
「麻衣!?」
声の主は、肯定の言葉を発する。
わたしが綴った名前に、彼の視線は鋭くなって。
わたしは苦笑を浮かべるしか、出来なくなる。
『手紙、読んだ?』
「読んだ。何? 18日に泊まりに行くって……」
『そのまんま』
「いや、あの…」
『てなわけだから』
「……だから?」
『ここ、開けて?』
「………」
言われて、ちょっと考えて。
それでもすぐに、わたしは動いた。
中学の時にも、こんなことはあった。
これから行くからって言われて。
部屋を片づけていたら、やってきた。
連絡を受けてから、五分後。
普通に考えたら、三十分はかかる道のりのはずなのに。
だから――多分。
思いながら、玄関のドアを開ける。
案の定。
思った通り。
「…いるし」
「いるねぇ」
そこには、くすくすと笑う、親友と。
その後ろに、かなり深く項垂れている、そのダンナさんの姿があった。
「とにかく、泊めて」
「そう来ますか」
「もちろん。手紙にも書いたし」
反論しようとしたわたしを「はい、退いて退いて」と言いながら、退かして。
麻衣は勝手に、家に足を踏み入れる。
それに、光太さんは「ごめんね?」って言ってくれたけど。
わたしは麻衣を追いかけた。
「あ…。いたんですか?」
「ああ。ここは俺の家でもあるから」
「………」
やっぱり?
思いつつ、子機を元の場所に置いて。
立ったままだった光太さんに、ソファを勧めた。
光太さんの腕の中には、小さな姿。
もういいやって、睨み合っている二人を放って、わたしも腰掛けた。
わたしに気づいて、声を上げてくれたのに、頬が綻んで。
「はじめまして」
伸ばしてくれた手を取って。
その小ささにも、笑みが零れる。
「名前、なんて言うんですか?」
指をぎゅっと握られて。
わたしは頬を突つく。
笑ってくれたのが、嬉しくて、そう言うと。
「玲」
って、声が届けられた。
「? 何?」
「玲」
「?」
「だから、今聞いたでしょ? その子の名前」
「……まさか」
「そのまさか」
にっこり笑って、麻衣は言う。
光太さんはまた、ごめんねって、謝ってくれて。
麻衣はゆっくりと近寄ってきて、光太さんの隣りに、腰掛けた。
「名前考えるの、面倒臭くてさー。で、思ったわけよ。
玲と同じにしちゃえば、男でも女でも、OKじゃない? って」
「………」
「なので、佐倉玲、って言うのが、その子の名前」
言って、麻衣は赤ちゃん――玲ちゃんを光太さんから受け取って。
顔を見合わせて、笑ってた。
幸せそうなその笑顔に、羨ましいと思ってるわたしがいる。
けれどすぐ、わたしの意識は、彼へと向いた。
手を取られて、引っ張られて。
「珪?」
ぽすん、と。
彼の胸に、頬が当たる。
麻衣の表情が、怖さを窺わせる笑顔に変わって。
わたしの背筋には冷や汗が伝った。
「あの、葉月さん」
「………」
「邪魔しないでいただけます? 久しぶりに親友に会ったんですから」
「もういいだろ?」
「いいえ。玲のことを、きちんと紹介しておきたいんで」
バチバチと、火花が散ってる音がする。
光太さんはゆっくりと、麻衣から玲ちゃんを取り戻して。
それでもわたしは、間にいるからか。
でもって、彼に身体を拘束されてしまっているからか。
逃げられずに、どうすることも出来ないままで。
どうしようかと思っていると。
「だぁ!」
と、声が響いた。
全員の視線が、一人に集まる。
光太さんの腕の中から、玲ちゃんは一生懸命に手を伸ばしていて。
麻衣の肩をぺちっと叩いた。
それに大きく目を見開いた麻衣から視線を外して。
今度はわたしの方に、両手を伸ばす。
「?」
首を傾げながら、緩んだ彼の腕から抜け出して。
わたしは玲ちゃんの目線に合わせて、屈む。
「なぁに?」
何かを一生懸命言ってるんだけど、わたしにはわからない。
とりあえず、手を取って、笑って。
そうしていると、光太さんがわたしへと玲ちゃんを差し出してきた。
「玲ちゃんと遊びたいんだよ。玲は」
言われて。
わたしは玲ちゃんを腕に抱く。
嬉しそうに笑って、わたしの顔を見続けて。
玲ちゃんは笑顔を振り撒いてた。
仄かにミルクの匂いがする、わたしと同じ名前を持つ、小さな女の子。
暖かさと重さに、嬉しくて。
「玲ちゃんはとりあえず、玲と一緒。…って、ややこしいなぁ、まったく」
「煩い。いいって言ったじゃん、コータ」
「嫌だ、なんて言える状況じゃなかっただろ?
とにかくさ、何でそんなに仲悪いんだよ? おまえ達は」
何かちょっと、光太さんが年上らしい。
いつもは麻衣に押え込まれちゃってて、立つ瀬がなかったんだけど。
今日はちょっと、強気。
「玲ちゃんを取られて、淋しいって言うのはわかるけど。
彼女の幸せを喜んでやれよ、麻衣」
「そんなこと、わかってるけど……」
「葉月くんも。久々に会ったんだから、少しは我慢しようよ。
どうせ明日には、帰るんだからさ、俺達」
「………」
言われて、彼は黙る。
だけではなくて、視線も逸らして、彼は腕を組んでた。
その姿を見て、わたしはくすくすと笑う。
腕の中の玲ちゃんも、言葉を発しながら笑ってて。
「困ったお母さんだね? 玲ちゃんのお母さんは。
それに、珪お兄ちゃんもダメだねー?」
零してみれば、彼女はにっこりと笑ってくれて。
彼は微妙な表情で、椅子へと座る。
そんな中での、麻衣の小言にも、わたしは笑っていられた。


大き目のクッションの上に横たえて。
わたしはふっと、息を吐く。
クッションの綿は、そんなに多くはないから、柔らかすぎるってことはないとは思うんだけど。
少しばかり不安になって、クッションに手を当てた。
硬くない?
大丈夫?
玲ちゃんを見れば、ぐずりもせずに、寝息を立てて、眠っていて。
わたしはほっと、胸を撫で下ろす。
頭を撫でて、頬へと指先を滑らせて。
可愛いな、なんて思って。
「玲」
「んー?」
彼の呼びかけにも、わたしは生返事をしてしまってた。
「可愛いね? 赤ちゃん」
「そればっかりだな、おまえ」
「だって、可愛いんだもん」
隣りに座った彼を見て、わたしは言う。
ぷくぷくしてて。
小さくて。
母性本能、くすぐられちゃって。
「赤ちゃんって、無意識に守ってもらおうっていう本能――計算――が働いてるんだって」
「?」
「純粋無垢っていうのは、そう見えるだけのものなんだって。
有利に生存するために、プログラムされているものだから」
「なるほどな」
「でもさ、そう言われても、守りたいっていう気持ちは、ここにあるんだもん。
どうしようもないよね?」
笑みを向けて、彼の肩に頭を預ける。
すーすーと規則正しく眠っている玲ちゃんに、笑みを浮かべて。
手の甲で頬を撫でた。
うーと声を上げて、玲ちゃんはわずかに眉根を寄せてしまって。
わたしは慌てて、手を引っ込める。
彼はそんなわたしに、くすくすと笑っていて。
それに気づいてから、わたしは彼をキッと睨み付けた。
「笑わないでください」
「はいはい」
「そういえば、麻衣たちは?」
リビングの方が静かなのに、わたしはそう、質問を落とす。
首を回して振り返れば、彼の手が腰に回った。
「久しぶりだから、この辺見てくるって」
「なるほどー。って言うか、久々に二人っきりでデートですか?」
「ああ…、そうかもな」
「玲ちゃん、わたしに押し付けてっていうのが、何だかなー……」
そう言いながらも、わたしは。
また、安心したような表情を浮かべて眠る彼女の頭を撫でて。
ふっと、笑ってた。
すぐ近くに、彼の体温。
それが嬉しくて、笑顔をそちらのものへと変える。
と、彼の手がわたしの頬を撫でた。
それが少しだけ、力を持って、わたしに上を向くように仕向けてくる。
逆らわずに、彼へと顔を向ければ。
唇が重なってきて。
わたしは静かに、瞼を閉じた。




バタン、と閉じられた扉に、息を吐く。
もちろん、笑顔で。
でも少し、淋しくて。
それは曖昧なものになっていたけれど。
「淋しいって顔、してるな。おまえ」
後ろから覗き込まれて、指摘されて。
わたしは何も言えずに、彼を横目で見てから、俯いた。
抱き込まれて、もう一度、彼を見る。
こめかみに唇を落とされて。
ぎゅって、抱きすくめられて。
「だってさ、玲ちゃん、可愛かったし」
「そうか」
「懐いてくれたし」
「ああ」
「でも、玲ちゃんは麻衣と光太さんの子だもんね?
わたしのそばに、ずっといるわけには、いかないもんね?」
言って、彼の腕を両手で掴んだ。
とりあえず。
今は彼がいてくれれば、それでいい。
だって、充分に、幸せだから。
「…玲」
「んー? 何ー?」
「欲しいか?」
「へっ?」
彼を見れば、笑ってて。
いや、あの。
欲しいと聞かれれば、欲しいけど。
欲しいって答えるけど。
それは、わたしが薬をやめればいいわけであって。
返答に詰まっていると、彼は軽々と、わたしを横抱きにする。
それに小さく息を吐いて。
わたしは彼の首に、腕を回した。
力を込めて、彼に近寄って。
わたしから、キスをする。
その…あとで。
「珪が欲しいなら、作ろっか」
そう、答えてあげた。

END

 

葵喬さんと話していた時に、麻衣の子供の話になり。
「名前、玲のを勝手に付けてそうだよねー」
ってなことに。
で、その会話から出来た話なのです。

WEB拍手の方に、UPしてました。

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