ドキドキ、した。
ううん。してた。作ってる時から、食べてくれるかな、とか。
気づいてくれるかな、とか。
考えてたけど。
あなたの言葉に、一番。
今。
ドキドキ…してる。
shred
きゃあ、なんて声を上げながら、彼女は階段を下り切って。
その時に支えてくれた母親に、ありがとうと、小さく言葉を届けた。
離れれば、大丈夫? と、言葉が降って。
「大丈夫。平気」
「ならいいけど……。で? 何でそんなに焦ってるわけ?」
母親と一緒にリビングへと入って。
キッチンに置かれていたポットへと、手を伸ばす。
「珪にチョコレートケーキ、持っていったんでしょう?」
「…うん」
「それで?」
「食べてくれたよ?」
「…それで?」
「………」
「優菜?」
ポットの中の、紅茶の残量を見て。
少ないことに、彼女は小さく息を吐いた。
それに、母親の優梨が手を伸ばして。
ポットの中に、湯を入れてくれる。
「味は大丈夫でしょう?」
「うん。おいしいって言ってくれた」
「…焦ってた理由は?」
「……あのね?」
「なに?」
「珪くん…チョコレート、もらってないって、言って」
「断ったのね?」
「うん。でも…わたしのは、食べてくれたの」
「いいことじゃない」
「…うん」
「……?」
「わたしのだけで…いいんだって」
口にするのに、多大なためらいがあって。
逡巡もあって。
それから彼女は、振り返った母の背から視線を外すように俯いてから、言葉を落とした。
「優菜。顔、赤いわよ」
言われて、頬に手を当てて。
そうして、ちらりと視線を上げれば。
彼女を見ていた視線とぶつかる。
「告白しちゃえば?」
「! む、むりだよ!」
「どうして?」
「だ、だって……」
「今年は一つだけ。義理はなし。珪にだけ…だったのに、味見という名目で、尽とお父さんに義理をあげちゃったけど」
「……うん」
「何が足りないの?」
「………」
聞かれて。
けれど、答えが見つからなくて。
彼女は口を閉ざしたのだけれど。
「あの子はあなたに、言葉を届けてるじゃない。あなたがいいって」
「…そうなの?」
「優菜の作ったものしか食べたくないっていうのは、そういうことなの」
「………」
「極端に言えば。ほかのは何が入ってるかわかったもんじゃないけど。優菜が作ったものなら、何が入ってても。たとえ、毒が入っていたしても。あの子は食べるって言ってるのよ」
「毒って…」
「とにかく! そういうことなのよ」
「………」
「あの子はあなたのことを、そこまで信頼してるの。優菜はそれに、どう答えるの?」
また、聞かれて。
また、彼女は黙り込んだ。
そんな彼女の手に、優梨はポットを持たせて。
それに、彼女はもう一度、母親の笑みを瞳に映してから、自分の部屋へと戻るために、踵を返す。
何をどう言ったらいいのか。
そのことだけを、考えながら。
開け放したままだった扉の前。
部屋の――前に立った時。
「珪くん?」
「ん?」
彼女はつい、彼の名前を呼んでしまっていた。
確か、一口も食べていかなかったような……?
考えて。
思い出すように、思考を働かせて。
半分ほど減ってしまっているケーキに、首を傾げる。
自分の分と、取り分けたはずの、それ。
彼の分は、彼女の分よりも、大きかったはずだけれど。
もうすでに、なくなっていて。
そして、彼女の分も。
「わたし…食べてないよね?」
「…食べたんじゃないか?」
「………」
視線を合わせないまま、彼は部屋の隅に置かれていたぬいぐるみを、手にしていて。
それに、不審感を抱かないほど、彼女も人がいいわけでは、なくて。
「けーいーくーん?」
「………」
「食べたよね?」
「………」
「正直に言えば、これも食べていいよ?」
「……食った」
ぬいぐるみを、組んだ足の間に置いて。
少し、不貞腐れたように言った彼に、小さく笑って。
彼女はポットをテーブルの上に置いてから、腰を下ろした。
ちらりと向いた瞳に。
食べかけのそれを、上げて見せて。
「そんなにおいしかった?」
そう、問いかける。
彼は無言で、こくんと首を縦に振って。
彼女はにっこりと、笑みを浮かべた。
「そう言ってもらえて、すごく嬉しい」
「…そうか」
「うん。だって…これは。珪くんのために……作ったんだし」
小さくなりながらも、しっかりと言葉にして、届けて。
彼女はカタッと音を立てて、それを彼の前の皿と、交換する。
ほかの、誰のためでもなくて。
彼のために。
だから、残さず食べてくれていいと。
彼女は冷えてしまった紅茶を、喉へと通した。
「俺の…ため?」
聞こえた声に、小さく頷いて。
顔を上げれば。
彼は、嬉しそうに、笑っていて。
それに少しだけ、彼女は固まっていたのだけれど。
慌てたように、もう一口、含む。
繋がっていると、信じたい。
同じ方向を向いているのだと、信じたい。
同じ道の上にいるのだと…信じたい。
隣りに並べるまで、もう少しだと。
もう少し、なのだと。
信じ、たい。
泣きそうになりながら、祈って。
彼女は両手で、カップを包み込みながら。
彼がケーキを口へと運ぶ様を、見続けていた。
END
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