みんなの意見はわかってるけど。
彼の意見に、ほんの少し、決意が揺らぎそうになったけど。
でも、でも。
もう、決めてたから。
rely
3
注文されたものを、手にして、彼女は階段を上がる。
週二階、必ず上がっている階段に、未だてこずりながら。
彼女は集中して、それを上がっていって。
最後の一段をクリアしたあとで、彼女は小さく、息を吐いた。
それから、視線を上げて。
「優菜ちゃーん」
ごくろうさま。
と、笑顔を向けてくれている人に気づいて。
彼女は小走りに、その人に近寄っていく。
「mimiさん!」
「はいはい。慌てない、慌てない。この前転んじゃったのは、誰だったっけ?」
「………」
にっこりとした笑みに問われて。
彼女は俯いた。
あの日は、彼が三日間、撮影で学校にも来られなくて。
けれど、二日ぶりに、会える日だったから。
学校には行けないけれど、スタジオで、最後の撮影をしているからと。
そう、携帯に連絡が入って。
嬉しくて、仕方がなかったから。
早く会いたくて、仕方がなかったから。
慌て過ぎて、転んでしまって。
それでもとりあえず、持っていたものは、周りにいたスタッフ達の手によって、無事だったのだけれど。
彼女は顔面から、転んでしまって。
二日ぶりに会った彼に、心配をさせてしまっていた。
それを思い出して。
彼女はしゅんっと、肩を落とす。
「それに、ちょっとやせた?」
「!」
嬉しさと、驚きと。
それに、持っていたものを落としそうになって。
彼女は一瞬、慌てたのだけれど。
「でもなー。優菜ちゃんはちょっと、やせ過ぎ」
「…え?」
「標準体重以下でしょう? 違う?」
問われて。
考えて。
思い出して……。
戸惑いながら、首を縦に振った。
それに届けられたのは、微苦笑で。
「葉月くんのため?」
綴られた言葉に、視線を伏せて、彼女は頷く。
「かわいくなりたい。綺麗になりたいっていうのは、女の子なら、仕方のないことかもしれないけど」
「――mimiさんも、必要ないって、言うんですか?」
「言います。優菜ちゃんには、必要ない」
「………」
きっぱり言われて、彼女は小さく、頬を膨らませる。
よかれと思ってやっているのに。
なのに、受け入れてほしいと思う人にほど、否定されて。
おもしろくないと思うのは、仕方のないことかもしれなくて。
「葉月くんにも言われたんでしょう?」
「…言われました」
「だよねぇ? 葉月くんと尽くん。二人から頼まれたもん、私」
「………」
「って、ことはだよ? 尽くんは、優菜ちゃんのことを心配してるんだろうけど。葉月くんは、必要以上にやせてる子はあんまり好きじゃないってことなんじゃない?」
「!」
言われて、そうかもしれないと考え出すと、止まらなくなって。
彼女はおろおろとしはじめて。
目の前のその人に、救いの目を向けた。
「それに、標準体重を下回ると、身体に悪いらしいよ?」
「…そうなんですか?」
「うん。それに、優菜ちゃんは充分、かわいいしね」
「そ、そんなこと…!」
言われて、顔を赤くして。
そうすれば、その人はくすくすと笑みを零す。
けれどその笑みを、すぐにかき消して。
「それよりさぁ」
なんて、顔を寄せてきた。
彼女もそれに倣って、顔を寄せて。
ほんの少し、首を傾げる。
「何ですか?」
「葉月くんさぁ、ちょっと太ったと思わない?」
「…え!?」
大きく驚いて。
それでも、毎日見ているから、よくわからない、なんて、考えて。
「顔が丸くなってきたかなーって。本人にも言ったんだけど。そういうこと、しなそうじゃない? だからさ、優菜ちゃん、気をつけてあげてくれないかな?」
「わたしが…ですか?」
「そう。お弁当、作ってるんでしょ? その辺で、どうにかさ」
届けられて、頼まれて。
彼女はコクンと、頷くことしか、できなくて。
そうして、二人で並んで、歩き出して。
スタジオの中へと、入る。
一番に目に飛び込んできたのは、いすに腰かけた、彼の姿。
そのそばへと、歩き出しそうになって、隣りの女性を見れば。
ポンッと肩を叩かれた。
それを合図に、彼女は一歩を踏み出して。
彼のそばへと、辿り着く。
「お疲れさま」
「ああ。まだ…終わってないけどな」
「うん。でも、それでも」
「…ああ」
にっこりと笑みを浮かべて。
それから、カップを、彼の傍らにあった、小さなテーブルに置いて。
茶色の液を注ぐ。
「あの…ね?」
「ん?」
「わたし…ダイエット、やめようと思うの」
「……ああ」
届ければ、彼は嬉しそうに笑ってくれて。
彼女は少し、微妙な心持ちで、微苦笑を零した。
それから。
「で、mimiさんに言われたんだけど」
「? どうした?」
「珪くん…太っちゃったの?」
「………」
彼から言葉は返らなくて。
「でね? 気をつけてあげてほしいって、お願いされちゃったから」
「……で?」
「今度は珪くんがダイエット、しようね?」
笑みで届けて。
反応を待って。
「………」
沈黙のまま、眉根を寄せた彼に、彼女は少しだけ、どうしようかと考えたけれど。
「おかずとか、量とか減らさずに、カロリーを抑えることは、できるから」
そう、届ければ。
彼の視線は、彼女の元へと、戻ってくる。
「おまえが作ってくれるのか?」
「え? う、うん。お昼だけだけど」
「………」
「休みの日だったら、夕食も作れると思うよ?」
「じゃあ…やる」
手のひらを返したように、そう口にした彼に、彼女は少しだけ、驚いたりもしたけれど。
「うん! わたしも、お料理がんばるね」
そう、届けた。
満面の笑みを向ければ、彼は微苦笑っていたけれど。
少しずつ、苦さをなくしていってくれて。
彼女はべつの話題を、口に上らせる。
それでも、頭の中で、すでに明日の献立を考えていて。
「がんばろうね」
休憩を終えた彼が、セットへと歩いていく、その背中を見ながら。
彼女は小さく、そう、口にしていた。
END
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