ふとした瞬間に、それは思い出すもので。
だから急いで、父の書斎へと足を踏み入れた。



隠しモノ2




時間には十分な余裕を持っていることを知っているから。
彼は慌てはしない。
いつだったか、ふと思い出したようなこの場所で。
見つけたものは――ひどく懐かしいもので。
だけれど彼は、それを引き出しの奥へと仕舞い込んだ。
同時に、もう思い出すまいと、記憶の奥底にも封じ込んだ。
そんなものが、この部屋には置き去りにしてあって。
それでも、もういいのだと。
そんなことをする必要はないのだと――そう思えるようになったのは、つい最近のことで。
手の届く位置へと戻ってきてくれた存在に、ほっとするのと同時に。
最初はひどく――怖がってもいた。
のだけれど、その必要もないのだと、笑いかけてくれる彼女に、肩を落としていた。
張り詰めていたものが切れるように。
彼は怖がっていたのがうそのように、安堵して。
笑みを届けて。
自分の名を紡いでくれる声とか。
一緒にいることをとても嬉しがってくれることとか。
そのすべてが、愛しくて。
どうしようも――なくて。
扉を閉めることでさえももどかしく思えて、彼は開け放したそのままで、部屋へと入る。
宝物を見つけたのは、子供の頃の自分。
そしてそれを隠したのも、昔の自分。
宝物に込められた、本当の意味も知らずに、昔の自分はそれを『宝物』と決めて。
大事に大事に、この部屋の一冊の本の間へと挟んだ。
自分のものだと知らしめるために、少女と別れたあと、帰ってきてから――祖父の目を盗んで、名を刻んで。
隠して――次の日に少女にそう……報告までして。
少女も笑っていた。
あたしも同じことしたんだよ?
なんて。
けれど、それを隠したことでさえ、もうとうに忘れていた。
そんな時に、それを見つけてしまった自分がいて。
少女はそばにいないのに。
それに込められた想いばかりが――胸の中に広がった。
少女はそばにいない。
どこにいるのかさえ、わからない。
それなのに、少女ばかりを想っていた。
宝物にしたかったのは。
自分の手で探し出して。
自分の手で作り上げた、そんなものよりも。
きっと――少女自身で。
作った時のことを思い出して、少女の笑顔がそばにあったことも、同時に思い出して。
約束を覚えていたのは自分だけとか。
もしかしたら、少女はもう、自分のことでさえ忘れているのかもしれない、とか。
そんな自虐的なことばかり考えて。
自嘲さえ、零して。
もう一度、彼はそれを隠した。
宝物は宝物らしく、隠しておくのが普通――だとか。
そんな、どうでもいいことを考えて。
結局は、ただ。
幸せだった頃のことを思い出して、今の自分の状況を想い返さないためだったのに。
ただの、軽い――逃避だっただけなのに。
隠し場所は覚えている。
さっき、思い出した。
見つけた時は、偶然でも。
今は、その在処をきちんと知っているから、慌てはしない。
自分が隠したのは、見つけたのとは違う場所……部屋の、引き出しの奥。
ちょっと見ただけでは見つけられないように、奥へと仕舞い込んだ。
腕の時計をちらりと見る。
まだ時間には余裕があって。
それでも、彼女は待ち合わせには早い時間にやってくるから。
それを知っているから、彼も歩を早めた。
広い書斎の、一番奥。
窓際に置かれている机。
その一番上の、鍵がかかっている引き出し。
…の、奥。
鍵が置いてある場所は知っているから、彼はそれをべつの棚から取り出して。
丁寧に鍵を開けた。
宝箱を開ける気分っていうのは、もしかしたらこんな感じなのかもしれない。
そんなことを考えながら、鍵を回して。
軽い音が小さく響いたのに、ふっと笑みを零した。
鍵があっていないはずはなかったのだけれど、なぜか――高揚感みたいなもので包まれていて。
鍵を抜いて、引き出しを開ける。
あの頃の自分は、奥に立てて置いたはずだと思い出した。
開け切って。
それでも見えない部分に、指先を這わせた。
わずかに、木とは違う感触が当たって。
爪の先で、それを目の前まで引き寄せる。
決して色褪せていない四つ葉のクローバーと。
少女がくれた、緑色のリボン。
そのしおりは、思い出と一緒に、そこに存在していた。
笑みを零すと同時に、彼はそれを手にして。
その部屋を、あとにした。

END

 

20030824のイベントのペーパーに書き下ろしたSSです。
その時の題名は『カクシモノ』。
隠しモノ』の続きとして書いたんですが、単品で読めるようにと題名を変えておりました。

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