そう
もう 迷いたくはないから
だから あなたへと真っ直ぐに続く道
わたしは今も
探してる
イマドコ 2
手を引かれて、わたしは彼の家へとやってくる。
言葉なんかなくて。
それでも、彼の手は、どこか――暖かく感じて。
繋がれるままに、引かれるままに、彼の家まで歩いていた。
迷いたくはないから。
不安を感じても、彼のことを信じていたいから。
そうできる『何か』が、ほしいから。
わたしは彼の手を、ぎゅっと握る。
『何か』――は、本当はわかっていて。
それでも少し、怖くて。
でも、不安でいっぱいになってしまうことは、もっと怖くて。
どうしようも、なくなるから。
靴を脱いだ、その玄関先で、彼は立ち止まる。
手を繋いだままで、わたしのことを軽く、抱き締めてくれた。
言葉なんかなかったけど。
わたしはそれでも、嬉しかったから。
「何も……しないから」
そう言った彼に、わたしはフルフルと首を振った。
わたしがほしいのは、そういう優しさじゃないから。
ほしいのは証。
わたしが、彼の一番近くにいるっていう、証。
彼が、わたしの一番近くにいてくれているという、証。
たぶん、そうだと思うから。
そして、それは、彼からしか、もらえないものだと思うから。
家には――帰らない。
彼には、そう言ってある。
尽が、何とかしてくれているから。
公園で、そう言った時、彼は困ったような顔をしていたけれど。
こうしてすぐに、わたしの手を引いて。
ここまで連れてきてくれた。
わたしは、珪くんのそばにいたい。
今日だけじゃなくて、できることなら――ずっと。
ずっと、ずっと…そばにいたい。
一番近くで、彼の微笑みを見ていたい。
だから……。
「何しても、いいよ」
どうしても泣きそうになる。
彼は優しいけれど。
時には、胸のうちにあるものを、わたしにぶつけてほしいと願ってる。
「でも……」
「いいの。珪くんになら、いいの」
好きだから。
大好きだから。
少しだけ離れて、わたしの顔を見下ろしている彼に。
背伸びをして――口付けた。
一瞬、だけだったけど。
彼は驚いて、目を見開いていて。
わたしはその様子に、くすくすと笑った。
好きだから。
大好きだから。
迷いたくは、なくて。
一番近くに、いたくて。
「珪くんが何もしなくても、きっとわたしが、珪くんに何かするよ」
わからないけど、そんなこと。
したことないし、知識もないけど。
ある程度は知っていても、所詮、友達から聞いたりした……その程度。
それでもやっぱり、近くにいたいと願うから。
彼が驚くようなことは、するんだと思う。
「それ…困るな」
微苦笑でそう言って。
彼は優しく、触れるだけのキスをわたしにくれた。
彼が迷っていると言うなら。
わたしもきっと、迷っているんだと思う。
彼を捜して、迷っている。
わたしの前には、たくさんの道があって。
彼の姿は見えているのに、どの道が彼へと続くのかが、わからなくて。
動けなくて…迷ってしまっている。
道を決めて、歩き出しても。
いつしかまた、分かれ道に出て。
同じことを――繰り返してしまっている。
彼が通った、彼しか知らない、真っ直ぐな道が知りたくて。
それを教えてほしくて。
わたしはただ、耳を澄まし続ける。
そしてじっと、彼の姿を捉え続けてる。
手が伸ばされたその時に、彼のそばに、一番近くに、いられるように。
「あのね」
ゆっくりと降ろされた、ベッドの上で。
端に腰かけて、覗き込んでくる彼の顔を見ながら、わたしは口を開いた。
不安そうな顔に、わたしは一度、瞼を閉じる。
電気は点けられていない、その部屋に。
青白い月明かりが――差し込んで。
瞼を上げても、儚く見える彼の姿は、変わらずそこにあって。
綺麗だなって、そう思った。
「珪くんは…ひとりじゃないからね」
「………」
「わたしがいるから。そのこと…忘れないで」
彼の頬を指先で撫でる。
と、その手が彼の手に捉えられて。
手首に、唇を落とされた。
どんなに離れていても、あなたの声を聞いている。
あなたの声だけを聞き分けて。
そばに行けるように、努力してみせる。
だから。
「がまんしないで、何でも言って、いいからね」
「優菜……」
「大丈夫。わたしも……言うから」
「…………」
指が絡んで、繋がって。
その手が、シーツの上に落ちていくのと同じ速さで、彼の顔が降りてくる。
唇が重なって、上唇を舐められて。
その瞬間だけは、ビクッと身体を震わせた。
間近から覗き込んでくる瞳に、小さく「平気」と注ぎ込む。
怖い?
彼が怖い?
ううん。怖くない。
彼は優しいって知ってるから。
ただ…ただ。
怖いのは、この先のこと。
変わってしまったら……どうしようって。
友達から恋人へと変わる時も、怖かった。
それと同じなのかもしれない。
新しい絆を作り上げる。
築き上げる。
そう考えようとすればするほど……少しだけ、怖いと感じてしまって。
「…んっ…」
深いキスに、そう、声が漏れた。
舌を絡められて、軽く…吸われて。
だんだん、力が抜けていく。
繋げたままの手はそのままで。
開いている方の手で、彼はわたしの服のボタンに手をかけた。
ゆっくりと時間をかけて。
一つ一つ、丁寧に外していく。
「…珪、くん……」
唇が離されて。
荒く呼吸を繰り返しながら、そう紡いだ。
額にキスが落ちて。
「怖がらなくて…いいから」
言葉に頷くこともできないまま。
わたしはただ、彼の手を握った。
すべてのボタンが外されて。
彼はその手で、わたしの服を開く。
恥ずかしくて、わたしは硬く、瞼を閉じた。
ゆるゆると、彼の唇が顔の輪郭を通っていくのが、ものすごくよく、わかったけど。
目を開いて、受け入れてしまうのも、どこか嫌で。
「っ!」
首筋に辿り着いた時、そこに小さく痛みが走った。
反動のように瞼を上げれば、彼が嬉しそうな顔で、そこにいた。
「おまえが俺のっていう…印」
言葉に、さっきの痛みが何だったのかを知ったけど。
嫌じゃなくて…逆に嬉しくて。
まだ、どこか焦点の定まらない視界に戸惑いながらも、わたしは笑みを浮かべた。
好きだから。
大好きだから。
彼が求めてくれるのなら、拒むことはできない。
そう、思ってた。
優しく、壊れ物を扱うように触れてくる。
啄ばむようにキスされて。
わたしの身体は、ふわりとどこかに浮き上がる。
まるで…水面に浮かんでるみたいな、そんな感覚に、襲われた。
ホックが外されて、胸が圧迫感から解放される。
繋がれていない方の手を、彼の首へと回して。
離された唇からは、荒い呼吸が繰り返される。
自分の身体が、自分のじゃないみたいで。
それでも、胸を包み込む大きな手の感触とか。
赤い痕を付けた時の、痛みとかは…わたしのもので。
「優菜」
彼が時々紡いでくれる、その名前も、わたしのものだから。
「ぁ、け…くんっ……!」
わたしは必死に、意識を繋ぎ止める。
応えのように彼の名を呼んで。
唇から漏れ出る自分の声は、やっぱり、自分のものじゃないぐらいに、甘かったけれど。
火照っていく身体とか。
その身体に、波のように寄せてくる……快感だとか。
そういったものをやり過ごすので、精一杯で。
彼の手が止まって、スカートを降ろされる。
彼の唇は、わたしの胸の上辺りをさまよって。
また、印を刻んでいく。
瞼を上げれば、窓の外には、大きな満月があって。
耳には、わたしの荒い呼吸。
彼の手が、下着の上から、わたしをなぞって。
「やぁ…!」
わたしはまた、瞼を閉じる。
こんな感覚、知らなくて。
わたしは緩く、首を振った。
ベッドが軋んで、彼がわたしの真上にいることを教えてくれる。
足を開かされて、また、擦られて。
「んんっ…やぁ、けい、くん……!」
閉じることを許されない足が、彼の身体をきつく、挟み込む。
過ぎるものに、涙が零れた。
嫌じゃない。
怖くもない。
好きだから。
大好きだから。
彼がもたらすものは、受け入れる。
そう、決めた。
そう、決めている。
でも、それでも。
わたしがわたしじゃなくなっていくこの感覚は、怖くて。
そして、嫌で。
どうしようも…なくて。
涙が止めどなく溢れて、零れていく。
その目尻に、唇が押し当てられた。
「可愛い、おまえ」
耳元で囁かれて。
背筋がゾクゾクする。
聞いたことがないような、彼の低い、甘い声。
指は執拗に、わたしに触れて。
濡れた下着の感触が、気持ち悪くなる。
片手は繋がれたまま。
わたしが握っているこの手は、彼のもの。
その事実が、わたしから恐怖を取り払う。
唇が重なって、すぐに深くなって。
うまく息継ぎができなくて…わたしは少し、彼の胸を押した。
下着が取り払われて、直になぞっていく指に。
身体が大きく、反応を返す。
「っ…、や、ぁ……だ、め」
「大丈夫…」
「ふ、ぅ…んんっ……」
少しずつ、少しずつ。
わたしの中に入ってくるものに、すべての意識が集中していく。
収め終わったのか、中をゆっくりと掻き回されて。
わたしはフルフルと、また首を振った。
水音が響く。
頭の中を、その音が侵食していくように。
「あ、あんっ!」
彼の指が掠めた部分。
反射的に声が出て。
彼の指が止まる。
水音が消えて、また耳には、わたしの荒い呼吸。
でもすぐに、彼の指が動き始めて。
「やぁ、ああ…んぁ……」
探るような指が、わたしが声を上げた場所ばかりを攻め始める。
「あ、ん…ダメ……やぁっ!」
「嘘吐き」
囁きにさえ、反応して。
指が増やされて、バラバラに動かされて。
わたしは声が止めることが、できなくて。
「け、い…くん…、も……」
頭の中、真っ白になっていくのを、止められなくて。
「んん、ん…も、ダっ、メ・……っ!」
わたしの中、何かが弾けた。
彼の指を締め付けたのが、自分でもわかったぐらいで。
それからは…どこにも、力が入らなくなる。
引き抜かれた指に、ピクッと身体が揺れた。
薄く開いた瞳の先で、彼が服を脱いでいて。
わたしの視線に気づいたのか、彼は額に、キスをしてくれる。
繋がれていた手は、そこで離れた。
力が入らない両腕が、彼の手によって、彼の首へと回されて。
「愛してる」
低く低く、そう紡がれて。
膝裏に、彼の手が触れて…持ち上げられて。
何をするのかがわかった時には、全身を痛みが襲ってた。
「いった…」
「力抜いて」
言われても、どうすればいいのかなんて、わからなくて。
どうやっても、痛みが頭の中にあって。
力なんて、抜けなくて。
見かねたように、首筋に唇が押し当てられる。
舌で舐められて、わたしの意識が、そっちへと向いた瞬間。
「あ、ああっ……!」
また、痛みが走る。
ぎゅっと、彼の首にしがみついた。
痛みの所為も、あったけれど。
「優菜、わかるか?」
問いかけに、こくんと首を振った。
痛みが徐々に解けて。
彼がわたしの中にいるっていう感覚だけが、広がっていく。
嬉しくて。
嬉しくて。
腕の力を抜いて、彼と間近で、見つめあった。
どちらからともなく、笑って。
触れるだけのキスをして。
掠めるだけの、キスをして。
彼はわたしの腕から、服をすべて、取り去った。
ベッドの下へと落とされる、その音だけが…妙に響いて。
「いいか?」
「うん……」
彼が動き始める。
痛みはあったけど、すぐに別のものに変わっていって。
「あ、あっ…珪、くん……!」
「優菜、優菜」
二人で、互いの名前を呼び合って。
わたしは彼にしがみつくその腕に、力を込める。
爪は立てたくないって思ってたはずなのに。
心はどこかに吹き飛んで、身体だけになったようで。
言うことを――聞いてくれなくて。
「ん、あ……け…くん!」
そうして同時に、頂点へと上りつめて。
一気に――堕ちた。
カーテンの合間から射し込む光が眩しくて。
わたしは、微睡みの中から抜け出す。
そばには、暖かさ。
それから、わずかな重み。
それで意識はきちんと覚醒してしまって。
もう、眠れそうにないことを悟る。
腰に回されている彼の腕をやんわりと撫でてから。
改めて視線の先を目の前へと動かせば、そこには彼の手があった。
わたしの頭の下へと続くその腕に。
彼が腕枕をしてくれていたことを知る。
痺れちゃったりとか…しないのかな?
考えて、考えて。
ゆっくりと、それを外そうと試みる。
起こさないように、注意しながら。
なのに。
「キャッ」
「何してるんだ?」
抱き締められて、小さく悲鳴を零したわたしの耳に。
彼の言葉が降った。
「起き…ちゃった?」
「起きてた」
「そうなんだ……」
向かい合わせにさせられて。
それでも、わたしは彼の顔を見ることができなくて…彼の胸に、顔を埋める。
わたしの顔、赤い。
絶対。
そう思ったから、わたしも彼に抱き付いた。
彼の手が、わたしの髪を梳く。
優しく、優しく。
好きだなーって、本当に思う。
大好きだなーって、心の底から思う。
その想いは変わっていなくて。
それどころか、昨日よりも強くなってて。
きっと、もしかしたら。
わたし、彼から離れられないんじゃないかって、そう思いはじめてた。
「優菜」
「な、なぁに?」
心臓がドキドキ言ってる。
彼の心臓の音も、耳から聞こえてくる。
少しずつ、少しずつ。
二つの音が――重なっていく感じ。
「………?」
それを聞きながら、待っていたのに。
彼からの返答はなくて。
わたしは心配になりながら、彼の顔を見た。
「やっと、こっち向いたな」
そう言って、キスをして。
彼は身体を起こした。
わずかに、少しだけ。
上からわたしを見下ろして。
「おはよう」
紡いで、瞼に唇を落とす。
くすぐったさに笑って。
わたしも「おはよう」と返した。
そのまま、彼はわたしの頭の下に枕を置いて。
ベッドから出ていく。
「珪くん?」
「朝食。作ってくる」
簡単に着替えて、部屋から出ていこうとするその背中。
それに、急いで言葉を投げた。
肘で身体を支えて。
「じゃあ、わたしも……!」
「いい。休んでろ」
笑顔で言って、彼は出ていく。
扉は閉めずに、開け放たれたまま。
階段を降りていく音が、耳に心地よくて。
実を言うと――身体を起こすのでさえ、ちょっと辛かったから。
「お言葉に甘えます」
小さく呟いて、身体を横たえる。
満たされた感の強い、心の中。
彼とようやく手を繋げたようで、嬉しくて。
ようやく、隣りに並べられたようで、嬉しくて。
それでもやっぱり――恥ずかしくて。
わたしは顔の中ほどまで布団を引き上げた。
身体のあちこちは痛いけれど。
それでも、嬉しくて。
気恥ずかしくて。
それでもやっぱり、嬉しくて。
彼が戻ってくるまでのわずかな間。
わたしはそうやって、過ごしてた。
END
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