何となく、そう思ったその時に。
突き放しておけばよかった、なんて。
今はものすごく、思ってる。
思ってるけど……声は出なかった。




言えない言葉 2





集合場所に着いた時、彼はもう、そこにいて。
眠そうな顔をして、壁にもたれてた。
そばへと寄って、おはようと挨拶して。
氷室先生、まだかなぁ? とか言いながら、隣りで、同じような格好をしながら待ってた。
壁に背を預けて、コートのポケットに手を突っ込んで。
雪降らなくてよかったー、とか言ったら。
彼は笑ってた。
「降ったら来なかったか?」
「迷いに迷って、時間ギリギリに来てたかも」
「なるほどな」
そんなことを話して、時間まで待つ。
人が集まってきて、先生も来て。
それでもまだ出発しなくて。
全員集まったのを確認したあとで、歩き出した。
一番最後を歩くのは、何かもう、癖みたいになってて。
彼も付き合ってくれてたから、話しながら歩いてた。
今、冬だから、やっぱり冬の星空なのかなぁ?
とか。
冬だからこそ、夏のが見たいなぁ…。
とか。
それでも、やっぱり置いていかれそうになって。
わたしは彼の腕を掴んでた。
絡めて、彼の二の腕の辺りを掴んで。
「寒いね」
って、綴った。
見上げた空は灰色で。
雨が降らなきゃいいなーって、ぼんやりと思ってた。


耳を疑うって言うのは、こういうことかもしれない。
みんな、一様に驚いてたし。
声を上げる人もいれば。
わたしみたいに、絶句してる人もいた。
彼を見れば、嬉しそうに笑ってるし。
「最後だからな。それぐらいは…許そう」
念を押すみたいにそう言って。
「だが、レポートは提出してもらう。気を抜くことがないよう、注意してもらいたい」
あー、やっぱり。
項垂れて。
でもやっぱり、いいんだって、期待を持ちはじめる。
けど、やっぱりどこかで疑ってて。
「解散」
それでも、放たれた一言に、ようやく真実味は増した。
そうすれば、わたしの行動は早い。
そばにいた彼よりも、誰よりも早く。
わたしは踵を返す。
真っ直ぐに歩いて、一番後ろ。
そこへと入って、天井見ながら、横移動して。
位置を確認したところで、わたしは足を止めた。
この辺かなぁ…?
天井見て、思い出して。
でもあんまり見てると、首が痛くなっちゃうからって、この位置で決めた。
持ってきていた小さいバッグを降ろして、筆記用具を出して。
そうしていると、隣りにバッグが降ろされた。
見上げれば、見慣れた顔が、そこにはあって。
「やっぱり?」
「やっぱり」
「ここ、君が教えてくれたとこだもんね?」
「ああ」
短い返答に、わたしは微笑う。
バッグを持ち上げて、腰掛けて。
足元へとバッグを降ろす。
落ち着かなくて、どうしようもなくて、彼を見ると。
「そわそわし過ぎ」
って、笑われた。
「どうせ落ち着いてないもん」
「そうだな」
「…肯定しないでください」
「する」
「もうー」
バシッと、彼の肩の辺りを叩いて、わたしは頬を膨らませ続ける。
けど、周りに視線を配ると、誰もいなかった。
見渡して。
中央の辺りを見ると、そこにみんながいて。
氷室先生までがいて。
何かを言ってるみたいだった。
レポート提出してもらうって言ってたもんなぁ。
説明、マイクで流してくれないかな……、とか思いながら、背もたれに身体を預けた。
氷室先生の説明もって意味だよ?
マイクで流してほしいのは。
だって、氷室先生の方が詳しい。
本当にあの人は、いろんなこと知ってるよなって、感心しちゃう。
自分が受け持ってる教科だけじゃないんだもん。
有沢さんとか、守村くんが頼っちゃうの、わかるなぁ……。
一度、腕を上方へと伸ばして、伸びをして。
「ちょっと眠いかも」
言いながら欠伸を零すと、彼はまた笑ってた。
「寝るなよ?」
「葉月くんじゃあるまいし…」
「まぁ、暗くなってはじまれば。おまえ、変に集中し出すからな」
「変にって何? 変にって」
身体を起こして、真っ正面から見据える。
彼の顔を覗き込むように。
そうすると、額を叩かれた。
わずかな痛みに、そこを押さえると。
その手の上から、押え込まれて。
背もたれまで、戻された。
「邪魔」
むーなんて頬を膨らませる。
けど、割とすぐに暗くなって。
わたしは微笑を浮かべる。
と、彼はまた笑ってた。

「春だね」
小さく呟いた言葉に、彼は頷きを返してくれる。
目の前の空は、まさしく春のそれで。
説明の声も、春の星座を挙げていた。
氷室先生が何かを言ってるようだったけど、その声はほとんどと言っていいほど、聞こえない。
「綺麗だね」
なんて声を落とす。
小さな星に浮かぶ言葉は、それしかなかったんだけど。
「でもちょっと、淋しいかもね」
それでも、そう付け加えた。
「どうして?」
「…頼りない、から…かな? 太陽みたいに、強いわけじゃないし。現に、人工の灯かりに消えていっちゃってるわけでしょ? だからさ」
「……だな」
「誰にも知られずに生まれて、消えてっちゃう星もあるんだろうね。そう考えると、少し淋しいよね」
「………」
「居場所がわからないんだろうな、やっぱり。用意されてるのかも、わからないけど」
「居場所…?」
「そう。誰かに見つけてもらえたなら、ここにいていいよって言われてるように聞こえるじゃない? でも、誰にも見つけてもらえないなら、いる必要がなくなっちゃう」
「……そうか?」
「そうだよ。――同じなの」
「?」
「わたしと――一緒」
言って、目を細める。
わたし自身を見てくれる人はいないから。
言ってしまえば、わたしは必要ないのかもしれない。
麻衣がいなくなってしまったら。
わたしはきっと、『僕』に戻るのかもしれない。
だって彼を求めちゃいけないから。
わたしはきっと、汚いから。
綺麗な彼の心。
汚すことは――したくないから。
それに、求められているのは。
『わたし』ではなくて、『僕』なんだしね。
ふって笑みを浮かべて。
わたしは星を見上げてた。
「みんなが見てるのは、『僕』だからね」
呟いて、息を吐く。
瞼を下ろして、身体の力を抜く。
沈み込む感覚のあとに、瞼を上げた。

説明はまだ続いてた。
けど、わたしの中には入ってこない。
いつのまに繋がれたのかわからない手が、彼の体温をしっかりと届けていて。
それでも別にかまわなかったから、振り解こうとは思わなかった。
誰かとこうやって繋がってるのは、やっぱりどこか、安心するし。
甘えていいなら、甘えさせてもらおうって、そう考えてたから。
麻衣がいなくなったら。
わたしはきっと、彼を求めるのかもしれない。
彼の前では嘘が吐けなくなるから。
彼の前に出ると、すべてが覆されてしまうから。
彼は誰も求めていない。
どんな人だったらいい、とか、そういうものがないから。
だからわたしは、彼と初めて接した時、酷く迷ってた。
どれをぶつけても、反応はいまいちで。
だからすべてが中途半端になった。
『僕』で対応することも。
その所為で、『わたし』が顔を出してしまうことも、仕方がなかった。
本音を言うことが辛かったりもしたけど。
彼の友達でいるためには、仕方がなかった。
彼は、ひとりだって信じ切っていたから。
その心に気づいた瞬間、あまりに悲しくなっちゃって。
麻衣がわたしにしてくれたように。
ひとりではないことを、教えてあげたかった。
そばにいて、ひとりじゃないんだって。
瞬きを一つして。
でもそれも、もうすぐで終わってしまうって考えると、やっぱり淋しかった。
「もうすぐ…終わっちゃうんだね。高校」
「………」
「そしたら、もう会えなくなるんだ」
零すと、ぎゅっと握られて。
麻衣の言葉を思い出した。
『マズイかも』
その言葉。
わたしも実は、そう思ってた。
彼はわたしを求めてくれているけど。
わたしはそれに、応えることが出来ない。
それは、彼の心を守るためでもあるけれど。
結局は――。
わたしがこれ以上、悲しまないために。
ひとりになってしまったその時が……来ないように。
だって、悲しいのは誰だって嫌だから。
わたしは、この距離を守る。
一番嫌な別れ方だけは、取りたくはない。
卒業してしまえば。
いろんな理由を取り付けて、会わなくなることぐらい、簡単だから。
ふっと笑う。
と、その『声』は届けられた。

ぐいって手を引かれて。
「?」
わたしは一度、瞳を彼へと向けた。
けど、何かを言ってくる気配もなかったから、わたしは空へと視線を戻す。
けれどまた、手を引っ張られて。
わたしはちらっと視線を動かしただけで、それ以上、何かをしようとは思わなかった。
三度目は無視した。
四度目も、無視。
五度目も……。
「玲」
「え?」
無視しようとしたのに、急に呼ばれて。
急に、名前で呼ばれて。
わたしは彼の方へと顔を向ける。
「はづ……」
彼を呼ぼうとしたその言葉は最後まで紡がせてはもらえなかった。
暗いそこで、なおも影にいる感じ。
唇に感じたのは、初めての柔らかさで。
何をされているのかが、はっきり言って、わからなかった。
ただ、歯列を割ってきたものに、ようやく思考は働きはじめた。
ぎゅっと目を閉じて、彼を押しのけようと、肩に手を掛ける。
でも、うまくはいかなくて。
理由はわかってる。
わかってるけど、受け入れることがわたしには出来なかった。
ぎゅっと手を握って、歯の裏を舐められた、そのくすぐったさに耐えて。
それでも、どうしたらいいのかがわからなくて。
わたしは、この時間が終わることをただただ望んで。
「玲?」
離れて、そう呼ばれたことに、暗さが全然なくなっていることに気づいた。
彼が目の前にいる。
覗き込まれて。
その視界がぼやけていることで、わたしは涙を流していることがわかった。
氷室先生の声が、わずかに響いて。
わたしは逃げるみたいに、その席を立った。
涙を拭いながら、早めに歩いて。
「田端さん? どうしたの?」
掛けられた声に、顔を上げて。
無言で、首を振った。
手を引かれて、有沢さんの隣りに、腰かけて。
「………」
言葉もなく、覗き込んでくる視線に、何でもないって答えた。
胸をぎゅっと押さえて。
何でもないって。
「ずっと、後ろにいたんでしょう?」
コクンって首を動かす。
と、ノートを差し出された。
「これ、氷室先生の解説。必要なところだけ、写しなさい」
「…わかった」
「それとも、喫茶店にでも、寄る?」
言われて、考えるまでもなく、首を横に振る。
大丈夫、平気。
言葉で届けずに、行動だけで示して。
それから、「ありがとう」って、届けた。



彼と一緒に並んで入ったそこを、有沢さんと一緒に出る。
何か聞きたそうなのを無視して。
わたしは感想を口にし続けた。
けど。
「レポートは三日後に提出してもらう。では、解散!」
そんな声が響くと、わたしは逃げる場所を失ってた。
どこかに行こうと思ったって、わたしが行くべきそこには彼の姿がある。
逃げられない。
それなら……。
「大丈夫?」
有沢さんに、もう行くからって告げようとしたら、急にそう言われた。
わかるのかな…?
思いつつも、大丈夫って、もう一度伝えた。
それで、手を振って。
彼のそばへと歩を進める。
彼は困惑気味でそこにいて。
それでも、そばへと近寄っていったわたしに、ほっとしてるみたいだった。
彼は今の感情をそのまま表へと向ける。
わたしとは違う。
わたしとは…違う。
「玲」
「何?」
「その……」
「さっきのことは、忘れてあげる」
放った一言に、彼は酷く驚いてみたいだったけど。
「だって、友達、でしょう? 僕ら」
笑顔で伝えれば、少しだけ、残念そうな顔をして。
隠さないんだね? なんて、少しだけ、自分がバカみたいだって思った。
けど。
「でも、俺は……」
「帰ろう? 有沢さんからメモ借りたから。それ、写さなきゃいけないし」
「玲」
「葉月くんもそうでしょ?」
「………」
君は友達。
友達だよ。
それ以上でも、以下でもない。
だから、呼び方は変えないよ。
言えないから、笑顔だけを届けて。
わたしは歩き出した。
いつものように、彼の腕を取って。
いつものように、彼を引っ張って。
彼の気持ちは嬉しいけれど。
それ――だけではないから。
『好き』というその一言は、絶対に、伝えることは出来ない。
「喫茶店、寄ろうか? そこで僕、とっとと写しちゃうからさ」
「じゃあ、俺も、一緒に写す」
「うん!」
ごめんね?
言えないから、心の中で呟いて。
わたしは、灰色の空を、少しだけ、仰いでた。

END

 

プラネタリウムー!
ようやくです。
とりあえず、ここまで書けば、大丈夫?
まだ無理ですか、そうですか……。
まぁ、ゆっくり書いていきます。

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