気づいてなかったわけじゃない。
でも…でもね?わたしは……。
言えない言葉 1
鞄を机の脇のホックへとかけて。
わたしは一度、伸びをする。
うーん、なんて声を上げていると、天井へと伸ばした手を取られた。
首を傾げつつ、そっちを見る。
「あ、なっちん」
おはよー。
手を下ろして、声を届けて。
そうすると彼女は、小さく返事をしてくれた。
そのあとで。
わたしの前の席に横向きに座って。
じっと、わたしを見てる。
「どしたの?」
「…聞いていい?」
「え? うーん……嫌?」
「あのねぇ……」
だって、何聞かれるかわかんないもん。
とかって思いつつ、「冗談」って紡ぐ。
一回言ってみたかった言葉ってあるでしょう?
こういう風に聞かれた時に、嫌って答えたらどうするんだろう?
とかさ。
そう言えば、なっちんは一つため息を吐いたあと。
「確かにね」
って、言ってくれた。
けど、笑顔はない。
それが……わたしが嫌って言った、原因の一つなんだけどなぁ。
気づかれないように、一つため息。
「玲」
「何?」
「もう一回聞くけど」
「もう一回?」
「アンタたち、付き合ってんの?」
「……?」
首を傾げて、わたしは彼女を見る。
彼女は真剣。
でも、ごめん。
話の趣旨が、いまだに掴めない。
「付き合ってるって……誰と誰が?」
「アンタと葉月」
「根拠は?」
「仲良すぎ」
「それを言うなら、なっちんとニィやんだってそうじゃん」
「………」
「あと、和馬とタマちゃん」
「そうじゃなくて」
「つまりね? そういうことは、全然ありませんってことなのですよ」
答えて、息を吐く。
友達だよ、彼は。
わたしはその距離を守ってるんだし。
守るって――決めたんだし。
「そう言われてもさぁ……」
「まだ不満ですか」
零して、頬杖を突く。
どう言えばわかってくれるかなぁ?
こめかみを爪で掻きながら、考える。
と、視界の端に、その姿は見えた。
あれ? もうそんな時間?
思いながら、身体の向きを変える。
「おっはよう、葉月くん」
手を挙げて、迎え入れて。
「…おはよう」
欠伸をしつつも、そう答えてくれた彼に微笑って。
彼が机に辿り着くのを待つ。
無言で両手を広げて彼の方へと向ける。
と、わかったらしく、彼は鞄を開けて。
「助かった」
そんな言葉と共に、ノートをわたしに差し出してくれた。
「写し終わった?」
「何とか」
「寝てるからだよ? 僕が気づいた時に起こしてあげてるからいいものの」
「おまえだって似たようなもんだろ?」
「僕は最初から最後まで寝てるってことはないもん、残念ながら」
言って、彼から視線を外す。
何か書き加えられていたら嫌だな、とか。
彼がそんなことをするようには思えないけど、とにかくそんなことを考えながら、ぺらぺらとページを捲っていく。
と、一個所、書き込んだ覚えのないものがそこにはあった。
『間違えてる』
なんて、言葉。
「……間違えてる?」
「間違えてる」
「えー? だってさぁ…」
「固有名詞だろ? それ」
「……だっけ?」
「ああ」
言われて、自分で書いた英文読んで。
頭の中で、日本語に変えて。
「…ですね」
納得して、そう零す。
筆箱出して、開けて。
背後で彼が席に着くのを聞きながら、それを直した。
少し、勿体無かったけど、彼の字も消して。
最後の最後まで、英語は苦手だ、なんて思う。
そんなことをしていると、なっちんが大きく息を吐いてた。
顔を上げると、呆れ顔。
「何?」
「べっつにー」
首を傾げて、それでもノートを直して。
「あとは? どっかあった?」
振り向くと、横から覗き込まれた。
誰だろう? なんて思って、視線を戻す。
「大丈夫よ。あとは平気」
「本当?」
「ええ」
そこには我がクラスの学級委員さま。
でも、それを苦にもせずにやってるところが、有沢さんらしくて。
「単純ミスが多いのよね、田端さんって」
「…自覚はしてます……」
「してるのに、できないのね?」
「テストだとね、何か焦っちゃうみたい。まぁ、それでもなぜか、成績はいいんだけど」
それにもう、テストを受けることはないしね。
頷いて、ノートを閉じた。
その上に置かれたものに、わたしは触れる。
「何?」
「課外授業の案内よ。葉月くんも」
「案内?」
彼に手渡して。
なっちんにまで、いる? とか聞きながら、有沢さんはその紙を差し出していて。
そんな彼女の顔に、わたしは焦点を合わせる。
「今までそんなことなかったのに?」
「最後だから、じっくり考えて、ってことみたい。今の時期は、みんな忙しいでしょう?」
「なるほどねー」
「行き先は?」
彼が聞く。
確かに、彼は忙しくはないから――仕事の方がどうかは知らないけど――場所が場所なら行こうってことなのかもしれない。
そんなことを考えてると、なぜかわたしが持っていたプリントに、有沢さんは指を差してきた。
行き先が書かれている、その場所。
「プラネタリウム!?」
「そうよ。好きでしょう? だから持ってきたの」
つまり、自分で言うのは面倒臭いから、わたしに言わせたってことですか?
有沢女史。
思いつつも、まぁ、いいかって考える。
だって本当に、プラネタリウムって場所は好きだから。
「行くのか?」
「行くよ? 暇だし」
「田端さんは参加ね?」
「はい」
「俺も行く」
「わかったわ。氷室先生には、そう言っておくから」
「お願いします」
深々と頭を下げると、失笑が降って。
わたしも笑う。
「けど、学級委員って大変じゃない?」
なっちんの問いかけに、有沢さんは、「そうでもないわ」って、淡々と答えてた。
「先生方に質問があって、何度も職員室には行くし…。このクラス、なかなかまとまりもあるしね」
「そりゃ、ヒムロッチのクラスなんだから、そうでしょうよ」
「僕もそう思う……」
「そうね。それに……あと二ヶ月ないんだから、弱音を吐いてなんて、いられないでしょう?」
確かに。
思いながら頷くと、有沢さんはほかの生徒にも聞いてくるからって、離れていった。
それでもやっぱり、大変そうだよ、実際。
見送って、時計をちらって見る。
と、なっちんも時計を見上げてた。
「そろそろ、か。んじゃ、アタシ帰るわ」
「うん。昼休み?」
「ごめん。今日は姫条と約束あって」
「やっぱ仲いいじゃん……」
「……ま、そういうわけだから、アタシ抜きでやって!」
言い捨てて、なっちんも離れていく。
いくら隣りのクラスとは言え、長居しているわけにもいかないもんなぁ。
厳しいから、ウチの担任。
「田端」
「ん?」
声を掛けられて、そっちを向く。
彼はまだ、プリントを眺めている最中。
「何かおもしろいこと書いてあった?」
「いや。いつもと同じ」
「?」
「集合場所と、時間」
「ああ、そういうことね」
目を落として、わたしもそれを見る。
確かに同じ内容。
氷室先生が言うようなことしか書いてない。
「今日の昼……」
「何? お誘い?」
「…ああ」
顔を上げて言えば、彼はプリントを机の上に置いて、そう言った。
もうすぐ、お弁当を食べることもなくなるもんね?
二月に入ったらきっと、登校日でさえ、少なくなる。
彼に……会えなくなる。
「いいよ。屋上? それとも、猫さんたちのとこ?」
「……教会」
言われて、目を瞬かせて。
それでもわたしは。
いいよって言葉を紡いだ。
どうして彼が、今日はこの場所を選んだのかは、いまいちわからなかったけど。
今、その場所へと来てみれば、よくわかった。
あの体育館裏じゃ、寒いもんね。
比べてここは。
周りがちょっとした森のようになっているからか、落ち葉ばっかりで。
「にゃー」
集めてきた落ち葉に包って、母猫がそう声を上げる。
笑みを浮かべて、頭を撫でて。
「もうちょっとで、葉月くん来るからねー?」
なんて言えば。
わかっているのか、母猫は目を細めていた。
子供たちは落ち葉で遊んだり、互いにじゃれ付いたり。
それから、時々声を上げては。
お母さんを心配させてた。
そのうち、一番小さな子が、わたしの膝に手を掛けてきて。
「みゃー」
って、顔を見上げてきて、声を上げる。
乗りたいんだね。
とか思いつつ、抱き上げて。
下ろしてあげた。
頭を撫でて、喉を撫でて。
背も撫でて。
喉を鳴らしてくれたから、もう嬉しくて。
ただ、お母さんは心配そうにしてた。
一番、気がかりな子だからね。
仕方ないよね?
そう思っていると、足音が響いてきて。
わたしは顔を上げる。
「遅かったね」
言えば彼は、無言で腰を下ろしてくる。
購買が込んでたのかな?
彼は少し、不機嫌だった。
母猫が彼に声を掛けて。
そばへと寄っていく。
と、ほかの子猫たちも、同様に。
「おなか空いてるんだって」
「みたいだな」
ようやく、彼の頬が緩む。
よかった、って、ほっとしてた。
彼が猫缶を出して。
わたしもそれを開けるのを手伝う。
と、わたしの膝の上で、子猫が顔を上げた。
「欲しい?」
「みゃー」
「じゃあ、あげるね?」
分けて、その子の分だけ、受け取って。
わたしはその子の口元にそれを持っていってあげる。
と、声を上げてくれた。
「汚れる」
「ん? 平気ー」
届けて、笑みを浮かべて。
「先食べてていいよ。僕、この子が食べ終わったらにするから」
彼に顔を向けずにそう綴る。
彼は小さく息を吐いて。
わたしはそれに、顔を上げた。
何?
言わずに、眉を顰めると。
彼の手が、わたしの膝の上にいた子を、地へと降ろしてしまった。
「あー!!」
声を上げて、彼を非難して。
……も、状況は変わらない。
代わりに置かれたのは、脇に置いていた、お弁当箱。
「猫さん……」
「いいから、食え」
えぐえぐ、なんて泣き真似しつつ。
わたしは箸を取った。
彼の行動が、今になってよくわからなくなってきていたりする。
いじわるって言うより、何だろ?
変に優しいって言うか、そんな感じ。
自室でベッドに寝転んで。
わたしはポツリと考えてた。
昼休みのことだって、言ってみればそうじゃない?
子猫を降ろしたのはいじわるって言えば、そうだけど。
でも、彼の表情は、いつもと違った。
笑ってなかった。
逆に…不機嫌だったし。
ってことは、あれはきっと。
制服が汚れてしまうことを、本当に心配していてくれていたんだと思う。
ふぅ、と息を吐いて、わたしは携帯を手にする。
掛けるわけじゃなくて、ただ弄る。
と、音楽を奏ではじめた。
びっくりして、慌てて。
押しちゃったのは、電源ボタン。
「あ……」
声を上げて、身体を起こす。
それから、掛けてくれた番号を映し出して、発信。
取ってくれたのは、呼び出し音が鳴る前。
『あ〜き〜らぁ〜?』
「ごめん、許してください。つい、切っちゃった」
『まぁ、いいけどさ。掛け直そうか?』
「いいの?」
『いいよ。だから、今度は切るなよ?』
「…はい」
答えて、通話を終わらせる。
でも、すぐにまた同じ音を奏ではじめた携帯に、通話ボタンを押す。
耳に当てれば。
『何かあった?』
なんて、声。
「…何かって?」
『いやー、何となく?』
「………」
『もしかして、まだ時期が早かった?』
「意味がわかんないですー」
返して、笑い声を聞いて。
『彼には? 言ったの?』
「言うわけないじゃん…」
息と共にそう吐き出せば。
『だよねぇ?』
なんて、言われちゃって。
わたしは小さく項垂れた。
「麻衣は?」
『コータ?』
「うん」
『大学、結構楽しいみたい。でも連絡はくれるけどね』
「いいね、ラブラブで」
『羨ましいだろー?』
短く息を吐いて、ふって笑う。
わたしはきっと、麻衣みたいにはなれない。
離れてて、どうして平気なんだろう?
「何となくだけど…彼の態度が変わったの」
考えながら、言葉を発する。
多分、麻衣が聞きたいのは、そういうこと。
『変わった?』
「うん」
『優しくなった?』
「…前以上にね。いじわるもしないし」
『………』
「麻衣?」
『マズイかも…よ?』
言葉に、わたしは首を傾げる。
どういうこと?
『まぁ、あと少しだから、平気か』
ひとりで完結してしまったらしく、わたしには何の説明もない。
けど、とにかく。
このままでいれば、平気だよ。
ってことなんだと、勝手に決めて。
わたしはうん、と答えた。
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