つまらない毎日に、終止符が打たれる。
その時は本当に、あっけなくやってくるもんなんだな、なんて。
今日、本気でそう思った。




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「『AKIRA』?」
出された名に、俺は顔を上げる。
目の前の人物は、ただただ嬉しそうに笑ったまま。
「そう、『AKIRA』ちゃん」
と、もう一度名前を綴ってた。
インタビューとか、そういうもの以外で、雑誌社に来るのは、実は初めてかもしれない、なんて思う。
今日は打ち合わせで、呼ばれた。
この、目の前の人――諸岡さんに。
俺が作っているアクセサリーを雑誌に載せないか、と声を掛けられてから、一ヶ月。
どうせなら、ブランドとして立ち上げたら?
なんて言われたのが、つい先ほどのこと。
それに、俺は異論はなくて。
むしろ、後ろ盾ができるのは嬉しかったから、その方向で話を進めていた。
雑誌のグラビアを飾るモデルが、俺のアクセサリーを付けてくれる。
小さくても、目を留めてくれる人が一人でもいれば。
それで、うわさにでもなってくれれば。
そんな風に思ってたけど。
新ブランド、として扱ってもらえるなら。
それだけで、ページがもらえるなら。
ありがたいこと、この上なくて。
そんなことを考えながら――どこに俺が造り上げたものが、どんな風にページを飾るんだろう、なんてページを捲っていたら。
その名――『AKIRA』の名が出された。
「うちで一番人気のある作家でね。でも本人、そんなこと全然関係なしって感じなんだ。書きたいことがあるから書いてるっていう人間。でも、信頼できるよ? 仕事は早いし、丁寧だし」
「はぁ……」
はっきり言って、興味なんかなかった。
ただ、同じだということに、反応してしまっただけで。
――けれど。
「これ、プロフィールね」
言いながら、諸岡さんがファイルから取り出した紙。
とりあえず、それを受け取って、目を通す。
何でまた、『AKIRA』なんてPNにしたんだろう?
そんな興味もあって、名前を見た、その時に。
目は、離せなくなった。
作家、『AKIRA』の本名は。
まさか、と思っていた、その名前――『田端玲』で。
自分でも、ものすごく驚いているんだろうことは、わかっていた。
その通りだとは、微塵にも…思っていなかったから。
そんな俺に気づいていないのか、諸岡さんの言葉は続いてる。
「今日、彼女は原稿を持ってきてくれることになっててね。待ってれば来るよ?」
「………」
「まぁ、あと三十分もしないうちに、来るとは思うけど。とにかく、僕のお勧めは彼女、AKIRAちゃん。君もきっと気に入ると思うけど、考えてみて」
「……はい」
考えるまでもなく、俺は彼女との仕事を希望するんだろう、なんて思ってた。
そして彼女も、嫌だとは言わないんだろうなんて、身勝手なことも考え始めて。
思い出したのは、俺の名を呼ぶ、彼女の声で。
笑顔とか、頬を膨らませていたその顔とか。
いろんな表情も思い出して、ふっと微笑う。
居場所がわからなくなって――彼女が家を出てしまっていたから、会うこともできなくなって。
彼女の弟である尽も、何も教えてはくれなくて。
けれど今。
ようやく、彼女と会うことができる。
「CFの脚本…僕は彼女に書いてもらった方がいいとは思うけど。でもとりあえず、脚本家には声を掛けておくよ」
諸岡さんの声に、どうにか「お願いします」なんて答えたけれど。
それでも、頭の中は、高校時代の彼女の姿でいっぱいになっていて。
ようやく、時が来たんだと思った。
過去、二度交差していたから。
もしかしたらもう一度――とは思っていたけれど。
信じては、いたけれど。
三度目はないんじゃないか、叶わないんじゃないか。
そんな…後ろ向きな気持ちも、どこかにはあった。
だからか、口からは自然と、笑みが零れて。
俺は慌てて、それを隠すみたいに、口元を手で覆った。
「あ、来たみたいだね」
ちょっと、席、外します。
言葉に、顔を上げる。
言いながら、諸岡さんは席を立って応接室を出ていった。
それを追うみたいに、俺はブラインドの向こうに、目を向ける。
ただ、そこにあった姿に、俺は腰を上げた。
見つからないように、ゆっくりと。
目の高さのブラインドを、指で押さえる。
薄い赤茶の髪と。
それを後ろで纏めてる、赤いゴム。
服装は、高校の時と変わらない――スポーティ系の服を身に纏っていて。
俺から離れるみたいに、真っ直ぐに向こうへと歩いていってた。
けど。
「おっはよう! AKIRAちゃん」
「あ、おはようございます!」
部屋から出た諸岡さんに呼び止められて、彼女は振り返る。
茶色い封筒を手にしていた彼女は、ぺこりと頭を下げて。
好奇心に満ちた瞳で、諸岡さんを見てた。
ちらりとこちらを見て。
少しだけ、首を傾げてから、笑みを浮かべる。
高校の時と、同じ笑み。
「これ、今回のです」
「じゃ、見せていただきます」
下手に出た諸岡さんに、彼女はくすくすと微笑う。
ほんの少し、らしくない、と思うのは、この場所だから、なのか。
それとも、少し変わってしまったからなのか。
俺にはわからないけれど。
「AKIRAちゃんさ、彼氏、出来た?」
彼女から受け取った原稿に視線を落としていた諸岡さんの問いに。
ブラインドを押さえ続けていた俺の指が、一瞬震える。
「出来てません!」
けどすぐに、力いっぱい、そう答えてくれた彼女に、ほっと息を吐いた。
「でも、どうしてですか?」
「んー? こんなに優しい文章書くのに、どうして恋人いないのかなーって」
「……いつもと同じ理由ですか?」
「そう」
笑みでの応えに、大袈裟なくらい、大きく息を吐いて。
そのあとで、彼女は微笑う。
少しだけ、苦いものを宿して。
「欲しいんですけどねー。誰も相手にしてくれなくて」
「勿体無い」
「あ、本当にそう思ってくれます?」
「もちろん。家事全部こなしてるんでしょう? そんな女の子、めったにいないからね」
「ですよね? やっぱり、性格かなぁ…」
「それは問題ありそうだ」
「酷いですよ、諸岡さん!」
投げられた言葉に反応して、噛み付いて。
やっぱり子猫だって、確認する。
変わっていない。きっと。
基本的なところは。
「じゃ、また一ヶ月後、連絡入れます」
「待ってます」
「ファンレターもあとで郵送するね? 多くて、手渡しは出来そうにないからさ。ダンボール箱抱えて、電車に乗りたくないでしょ?」
「はい……。それじゃ、待ってますね」
時間にしたら、十分足らず。
けれど彼女は、確実にここにいて。
そして、俺に気づかずに去っていった。
俺の記憶の中の彼女と。
変わらない笑顔。
変わらない声。
そして――性格を持って。
「ごめんね?」
そう謝罪の言葉を述べながら、諸岡さんは戻ってくる。
開けられた扉に、「いえ」と短く返して。
俺は、彼よりも先に、ソファへと腰を下ろした。
そして、目の前へと座ってくる、その人を待つ。
「ご感想は?」
笑顔で問われて、視線を外へと向けた。
ここから下は見えないけれど。
見えていたら――確実に、彼女の姿を追っていたように思う。
「変わって…ないなって」
「?」
「高校。一緒だったから、あいつと」
「ああ。そういえば君も、はば学だったもんね? 友達だった?」
聞かれて、頷いた。
俺は好きだったけど。
と、心の中で付け足して。
「メルアド、教えておこうか? パソコンの方。何なら、HP、覗いてみるかい?」
「HP」
「AKIRAちゃん、声優の真似事みたいなこともしてるんだ。友達とHP作って、脚本書いて、台本に直して、自分たちで演技して。で、流してる。半分趣味みたいなものだって、本人は言ってたけどね」
「へぇー」
HPのアドレスを聞いて、メモを取って。
メールアドレスも教えてもらって、俺はそこを出る。
人に頭を下げたいと、心の底から思ったのは、本当に久しぶりで。
「いい記事にしよう。CFの方も、手配しておきます」
「お願いします」
「それと、キャッチコピー。AKIRAちゃんで行くなら、そう連絡してくれると嬉しいな。別の人間にするにしても……だけどね」
「はい」
応えて、もう一度、頭を下げて。
閉まる扉に、背を向けた。
帰ったらとりあえず、HPを覗いてみようか。
とか、考えて。
懐かしい思いをたくさん抱えたまま。
俺は、帰路に着いた。




無言のまま、カップを置く。
画面は変わらず、メールフォームのそれを、開けてあるだけで。
案の定、何を書くかで迷っていた。
仕事にも慣れてきたおかげで、格式張った挨拶とか。
そういうものも……覚えたけれど。
彼女の中で、俺は今、どの位置にいるのか、わからないから。
忘れられていたら――それはないとは思うけれど――そういう方がいいとは思う。
でもまだ、友達として扱ってくれているなら。
それは、彼女を悲しませる結果にしか、ならないから。
考えて、考えて。
結局、すべてを省いて、用件だけを打ち込んだ。

『拝啓、田端玲さま

久しぶり。頼みがある。
今度、CMやることになった。でも、不安がある。相談に乗ってほしい』

最後に、俺の名前を記して。
そのまま。
勢いのままに、送信ボタンをクリックした。
ため息を一つ、落とす。
見上げた天井は、いつもと変わらなくて。
俺は瞼を閉じた。
一週間ほど前。
久々に見た、彼女の姿を思い返す。
変わらない笑顔と。
変わらない声と。
姿は少し、高校の時より、大人っぽくなって。
それでも、彼女は彼女のままで。
返事、早く来ればいいな。
思って、願って。
少し、後ろ髪を引かれながらも、電源を落とした。

END

 

1500hit、代理リクを引き受けてくださった、咲妃サマのリクでした。
本編の前の、珪くんが玲を見つける話。
これの続きを書こうかどうしようかと、迷ってはいるんですが。
でも、玲が絡んでこないので、やめておきます。

咲妃サマ、半ば強引に引き受けていただいて、申し訳ありませんでした。
そしてそして、リク、ありがとうございました!

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