| 少しずつ近づいてくる 何となく
来ることがわかってた
――その日が
Engels 1
携帯を片手に、リビングで彼女は、それを読んでいて。
早速さっき、どこかへメールしてた。
どこかへ――っていうのも、少しおかしいか。
俺はその、メールの宛先を、きちんとわかっているし。
そして、彼女が何を待っているのかも。
「ねぇー、けいー」
言葉を発していても。
俺を呼んではいても。
彼女は俺を、見ることはなくて。
視線はずっと、同じものに、注がれていて。
「理事長先生、変わってないんだねー」
何かと聞く前に、そう声が届いて。
俺は小さく、笑みを零す。
彼女が見ているのは、入試案内。
どこのかと聞かれたら。
俺たちの母校の。
「雰囲気も変わってないのかなー?」
「そうじゃないのか? 校則が変わってないなら」
「変わってないね。だってさ、理事長先生の言葉の最後。『この学園で、私と一緒に、青春を謳歌しましょう』だもん。これ、見た覚えがすごいある」
「…そうか」
「珪は? 見なかったの? 入試案内」
「ああ」
「何で? 中学からじゃなかったっけ?」
「まぁな。けど、見てない」
「………」
「任せてた。洋子姉さんに」
言えば、彼女は大きく、息を吐いて。
呆れて。
それでも。
「珪らしい」
と、くすくすと笑い出す。
そうしているうちに、彼女の手の中のものが、音楽を奏でて。
「はーい」
なんて言いながら、彼女は通話を開始させる。
相手はわかってる。
彼女の、親友。
「うん。もらってきたー。………。へ?
…うん。……うん。その辺りは、平気だよ?
玲ちゃんさえよければ」
どんな話になっているのかは、わからない。
だからこそ、気になって。
俺は彼女の隣りへと。腰かけた。
案内に触れながら話す彼女は。
ちらりと俺に、瞳を向けてくれて。
携帯へと耳を寄せた俺に、倣うように。
彼女からも、近づいてきてくれて。
『テストは? どんな感じ?』
聞こえたのは、そんな声。
「筆記が少しと、あと面接。市外からってことになると、保護者の方にも、ちょっと話をするみたい」
『そっか…。コータは仕事があるからなぁ……』
「麻衣だけ?」
『に、なるね。葉月さんは?』
「我慢するって、前に言ってたよ?」
含み笑いで言って、彼女はまた、俺を見る。
それに、笑みを返せば。
『それじゃ、我慢していただきますか』
そう、彼女の親友が言葉を発したのが、聞こえた。
小さく失笑を零せば。
「おとうさん」
リビングの入り口から、声をかけられた。
腰を上げれば。
「うん、じゃあ待ってるよ」
そう、彼女の方も、話が収束に近づいていて。
俺はその姿を、ちらりと、瞳に映してから。
「どうした?」
言葉を返しながら、歩き出す。
不安そうな表情をしているのは。
いつも一緒にいる、もう一人がいないせい。
「はじめくん…どこにいったの?」
「公園に行くって言ってた」
「こうえん?」
「ああ。約束してるからって。サッカー、するんだって言ってたな。友達と」
「………」
「行かないのか? 颯は」
言えば、碧色の瞳は、不安で揺れて。
それから。
「サッカー出来なくても、そばで見てるだけでもいいんじゃん?」
そう、彼女の後押し。
振り返れば、会話が終わったらしく、彼女の表情は、笑み、そのもので。
そんなに嬉しいのか?
俺は、そう思ってしまう。
「…じゃまじゃない?」
「そんなことないでしょ」
「………」
考え込んでいる颯に、彼女はふっと笑みを零して。
立ち上がって、そばへとやってくる。
途端。
「とうさん、かあさん! サヤいる?」
急に玄関が開いて、そう声が飛び込んでくる。
廊下にいた颯は、その声の主を見て、満面の笑みを零して。
「はじめくん!」
その名を、紡いでた。
「あ、いた」
「うん。こうえん、いってたんでしょ?」
「そう。サヤもこいよ。いっしょにあそぼう」
「うん!」
仲がいいのは、変わらない。
颯の、朝が一番だという部分も、変わらない。
俺も彼女も、それでいいと思ってるから、何も言わない。
「颯」
歩き出した颯を呼び止めたのは彼女で。
彼女は急いで、窓のそばへと歩き出す。
颯が何かと待っていれば。
その手に持ってきたのは、バレッタ。
「髪、纏めた方がいいよ。その方が動きやすいし」
「うん」
「朝! ちゃんと颯のこと、守るんだよ?」
「きまってんじゃん! サヤをまもるのは、オレのやくめ!」
「よろしい! いってらっしゃい」
母親らしくない、母親。
俺の彼女の印象は、そんなもの。
そして、彼女に言わせれば。
俺もまた、父親らしくない、父親。
らしい。
いってきます。
そんな言葉で出て行った二人の姿が、ドアの向こうに消えて。
俺は、彼女と二人で、笑う。
もうすぐ、あと一人、増えるけれど。
それでも、このリズムは変わらないだろう。
「玲ちゃん、高校もはば学かな?」
「…違うのか?」
「聞いてないんだよね」
「………」
「高校も、となると…。6年?」
「だな」
「? いいんだ?」
「べつに。変わらないだろ?」
「確かに」
ふっと笑みを零して。
どちらからともなく、手が繋がる。
全然、変わらないよね? わたしたち。
彼女がそう言ったのは、そのすぐあとで。
変わらない方がいいと思ってる俺は。
やっぱり、その言葉にも。
笑みを零してた。
END
|