二人でどこかに行くってこと
なかったね?そりゃ 行きたいなーって思うことは
いっぱい あったけど
我慢……してたんだ
だって
大事な二人を放って なんて
出来ないから
Engel 7
「お義母さん!」
ドアを開けて。
その、目の前にあった笑みに、わたしはそう、声を上げた。
腕に抱いていた颯が、親指をしゃぶりながら、首を傾げて。
それから、指を離して、両手をわたしの胸に添えてくる。
見上げて、ほんの少しだけ、眉根を下げた。
から。
「おばあちゃんだよ、颯」
そう、教えてあげた。
「おば…?」
「おばあちゃん。ばーば」
「ばー」
わかってくれたのか、そう言って。
にっこり笑ってくれて。
「はじめまして、颯ちゃん」
そう言ったお義母さんに。
少し、怖がりながらも、「ばー」って呼んでた。
「聞いてた通り、人見知りしちゃうのねー?」
手を伸ばして触れようとしたお義母さんから逃げようとしたのか。
わたしの胸に、ぱたっと、顔を押し付けて。
それを見たわたしは。
お義母さんに、苦笑しか届けられなかった。
「とにかく、入ってください。珪、今仕事で、いないんですけど」
「朝ちゃんは?」
「奥で……」
「マー!」
「はーい!」
声に振り返れば、壁に手を付きながら、部屋から出てきた朝の姿があって。
颯はその声に、降りると言いたそうに、動き出して。
その颯を廊下に下ろしながら、わたしはお母さんにどうぞ、と家に上がってもらった。
彼がいないと、こんなにも大変。
さっきまで、朝が見入っていたテレビは。
もうすでに、別の番組へと、変わってしまっていて。
だからこそ、朝はわたしがいないことに、気づいたんだろうけど。
本当に、朝はこう、目の前のことばっかりで。
颯はそれに、泣きそうな顔で、わたしに縋り付いてた。
そう、さっきまでは楽だったんだ。
颯の相手さえしていれば、よかったから。
でも今は、二人。
リビングへと、お義母さんと颯と、二人を追いかけるようにして入って。
わたしの姿を見止めて、颯のそばで、わたしの方へと手を伸ばした朝を、抱き上げる。
あーもう。
一回ぐらい、逃げちゃいたい。
…出来ないけど。
というか、これがそうかーって、思うんだよね。
菜穂子さんが言ってたやつ。
だって、そうとしか考えられないもん。
でもま、二人は悪魔じゃないけど。
天使のままだけど。
手のかかる天使かな。
「マー?」
呼ばれて、腕の中を見れば。
首を傾げた、朝がいて。
「何でもないよー」
なんて言いながら、身体を前に倒せば。
朝の身体、反り返って。
そのことに、朝は声を上げて、笑ってた。
それを見て、お義母さんも笑って。
わたしは朝を下ろす。
「お茶、出しますね?」
「いいのよ。気にしないで」
そう言われても、出来ませんって!
わずかに苦笑いをしながら、キッチンへと入る。
朝は案の定、すぐにお義母さんに興味を持ってくれて。
すでに抱っこされてた。
それを見て、颯も少しずつ、距離を詰めてて。
ほっとしつつ、手を動かす。
来るってわかってたら、ケーキでも買ってきたんだけどなぁ…。
思いながら、冷蔵庫を開けて。
そう言えば、食べたいなーと思って、買ってきたんだっけ。
と、芋羊羹を出して、切ってみた。
普段は海の向こうだし。
こういうの、食べたいかもしれない。
考えて。
お茶を入れて、持っていく。
颯の頭を撫でて、笑っていたお義母さんは。
わたしにも、その笑みを向けてくれた。
「二人とも、元気ねー?」
「はい。珪も手伝ってくれてますから」
「そうなのよね。私は、あの子一人を育てるので、精一杯だったもの」
手に持っていた物を、テーブルの上に置けば。
お義母さんからは、ありがとうの声。
それに笑みを返して、わたしもそばへと、腰を下ろす。
颯が手を伸ばしたから、膝の上に乗せて。
「お義父さんは?」
「全然。忙しい人でしょう? あの人も。だからね」
「手伝ってほしかったんじゃないですか?」
「そりゃぁね。私だって、ヴァイオリン、弾きたいって、思ったけど…」
じっと、お義母さんを見てた颯の頭に手を伸ばして。
ふわりと、お義母さんはそこを撫でる。
表情は笑みで。
「珪のこと、大事にしたいって、思ってたから」
そう、綴った。
颯は、彼そっくりだから。
彼のこと、思い出してたのかもしれない。
考えて、わたしも微笑を零す。
それより、今日は急に、どうしたんだろう?
思って、考えて。
お義母さんに聞こうと、口を開きかけたら。
また、ピンポーン、とチャイムが鳴った。
「あ、すみません」
「いいのよ。誰が来たかは、わかってるから」
「え?」
声を上げれば。
お義母さんは早く行きなさいって、言ってくれて。
わたしは首を傾げながらも、立ち上がって、部屋を出る。
朝のそばにいたいだろう颯を残して。
廊下を歩いて、玄関の扉を開ければ。
「お、お母さん?」
「久しぶりね。葉月さんはもう、来てる?」
「へ?」
にこにこ顔で。
マイペースに、わたしを退かして。
お母さんは中へと入る。
扉を閉めて、その背中を見ていれば。
お母さんは、部屋の中を覗いて。
「ごめんなさい。遅くなっちゃって」
って、声を落としてた。
な、何?
わからないから、そう思うしか出来なくて。
わたしは項垂れながら、部屋へと戻る。
「ばーちゃ」
お母さんは、すでに二人に会っているし。
わたしと彼と。
二人ともが仕事の場合、お願いしてるから。
二人ともちゃんと、懐いてる。
お母さんは、二人に、「ばーちゃ」って呼ばせてるから。
重ならないようにって、お義母さんは「ばーば」って教えてみた。
――言えてないけど。
そんな風に、四人で遊びはじめたのを、部屋の出入り口で見ていたら。
「玲」
そう、お母さんに呼ばれた。
「何ー?」
「朝ちゃんと颯ちゃんは、私たちに任せなさい」
「はい?」
「そろそろ、逃げ出したいって思う頃だろうからって、田端さんから連絡もらったのよ」
「……」
「二人に会いたいし。遊びたいし。日本に帰るんだったらって、思って」
「息抜きも必要よ? 何にしても」
一気に二人なんだから、大変なんだし。
言われて、何も言えなくて。
わたしはふっと、息を吐く。
お母さん、結構見てるんだなー。
考えて。
本当にいいの?
なんて、とりあえず聞けば。
お母さんも、お義母さんも。
「「行ってらっしゃい。ゆっくりしてきなさいね?」」
って、声を合わせて、言ってくれた。
それに、はいって答えて。
わたしは部屋から、踵を返す。
久しぶりに、彼とデート。
怒られちゃうかな?
でも、お母さんたちが言ったこと。
してくれた、こと。
だったら、彼も諦めてくれるかもしれない。
どこに行こうかな?
仕事が終わったあとだから、そんなに遊べないけど。
思いながら、ふふって笑って。
わたしは階段を駆け上がった。
スタジオの入っている、ビルの前。
出待ちしてるファンの子たちから、少し離れて。
わたしは歩いていく。
駐車場へと入って。
彼の車を見つけて、そのそばで待っててみる。
眉根を寄せた警備員さんに、頭を下げれば。
わかってくれたのか、慌てて、頭を下げ返してくれた。
そうしていると、エレベーターが降りてきて。
わくわくして待ってれば。
「…玲?」
驚きで、一瞬、行動を止めて。
彼はわたしの名を、綴ってくれる。
それににっこりと笑みを浮かべて。
「お疲れさま!」
そう、届けた。
「……どうして?」
エレベーターの扉が、背後で閉まってから。
彼は歩きながら、聞いてくる。
車の中を覗き込んで。
眉根を寄せて。
そこに、二人の姿がないことを見てとってから。
わたしを見る。
それに、くすくすと笑って。
「あのね? 今日、急にお義母さんが来てね?」
「…日本に、来てたのか?」
「うん。帰ってきたんだって。でね?
うちのお母さんも、来てね? 二人で見てるから、久々にデートしてきなさいって」
わたしは嬉しいから、それをそのまま、届ける。
笑みを崩さずに。
彼は少し、考え込んでて。
わたしの目の前で、考えてて。
それから小さく、息を吐いた。
「母さん、颯に会いたいって、言ってたから」
「…うん」
「仕方ないのかもな」
「うん」
相づち打って。
彼の返答を待つ。
ずっと、我慢してた。
二人に遠慮してた部分、あったかもしれない。
でも今日は、いいよね?
遠慮しないで。
わたしの一番は、彼で。
大事なのは、彼で。
でも、一番に考えなくちゃいけないのは、二人のこと。
でも今日は。
いい……よね?
触れたいけど、触れずにいれば。
彼の手が、ふわりと頬を撫でてくれた。
「どこ、行きたい?」
問うてきた表情は、笑みで。
わたしもにっこりと、笑みを浮かべる。
頬にあった手を取って。
ぎゅっと、両手で握って。
今度、二人を連れて、四人で行きたい場所を。
わたしは口にした。
END
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