はっきり言って
俺は反対冗談じゃない
そう 声を大にして
言いたいのに
彼女の笑みに
結局は
何も言えなくなってた
Engel 4
………。
思考は一瞬、停止する。
目の前の彼女は、にっこりと笑みを浮かべていて。
かと思うと。
何も言わない俺に、不安を抱いたのか。
眉尻を下げて、首を傾けた。
瞳は俺の顔を覗き込んで。
「…珪?」
なんて、言葉を発して。
「ダメかな? いいと思うんだけど。本当は、親子はダメなんだけど、バレなきゃOK、って話だから、颯じゃなくて、朝で」
「………」
「…ダメかな?」
畳み掛けられて。
俺はただただ、眉根を寄せる。
このところ、妙に赤ん坊と一緒にさせられることがあるな、なんて思っていたけれど。
そう言うことかと、彼女から、今さっき聞いた話で、合点が行った。
理由もわからず、押し付けられて。
そうしたところで、どうすればいいのかなんて、わからない。
颯は、朝さえそばにいれば、泣くことはないし。
朝は、結構何をしても、喜んでくれるから。
そう思えば思うほど。
他人の子供が、何をすれば喜ぶのかなんて、わからなくて。
結局、泣かれて終了、なんていう時間ばかりが、増えていたのだけれど。
「…CF、断れないのか?」
一縷の望みをかけて、口にすれば。
「無理なんじゃない? だってスポンサーも、珪と赤ちゃんの図がどうしても欲しいって言ってるらしいし」
「………」
「でもって、珪と一緒にいても、笑みを絶やさない赤ちゃんの存在を、知っちゃったわけだし?」
おまえが言ったんだろ?
という言葉は紡がずに。
視線に力を込めて、送り出す。
彼女はそれに、一瞬だけ、怯んで。
それでも、眉根を寄せてた。
「いいじゃん。別に、デビューさせようとか、考えてるわけじゃないんだから」
頬を膨らませて、そう言って。
彼女は膝の上に乗ってきた、小さな姿を、きちんと座らせるべく、抱き上げた。
確かに、朝と俺なら。
親子だとは、わからないかもしれない。
けれど、嫌だと思う理由は、そこにあるわけじゃなくて。
――何人の人間が見ると思ってるんだ?
と、そっちだったりする。
俺はべつに、見せびらかしたいとは思わない方で。
どちらかと言えば、誰にも見せずに、一人で大切に大切に。
秘密にしておく方で。
だから朝や颯のことも。
もちろん、彼女のことも。
できれば、秘密にしておきたいぐらいの存在だから。
「………」
無言で、彼女と朝から、視線を逸らす。
視界に入ったのは、颯の姿で。
俺と目が合った瞬間に、颯は泣きそうなほど、表情を歪めてた。
「コラ。颯を睨んじゃいけません」
固めた手の、甲の方で、彼女は俺の頭を小突く。
朝を床へと下ろして。
彼女は朝に、「颯のこと、慰めてあげて?」とかって、言ってた。
それに、笑みを浮かべたあと。
朝は床を這って、颯の方まで行って。
その顔を、覗き込む。
「君の独占欲が強いことは知ってます」
二人を見ていたら、彼女がそう、言葉を紡いで。
そして、苦笑を零した。
「知ってるから…それ故に、かな?」
「?」
「いつかはさ、しなくちゃいけないじゃない。子離れってやつ」
「………」
「その、予行とでも思えば?」
予行でも何でも、嫌だ。
言葉で届けることはせずに、視線だけで訴えていく。
と、彼女はまた、考えを巡らせはじめた。
予行をするには、まだ早い。
それは、彼女にもわかっているはずで。
――なのに。
「しょうがないでしょ…? もう、言っちゃったんだもん……」
泣きそうな表情で、そう口にする。
それでも俺は、自分の考えを曲げる気はなくて。
「断る」
そう告げた。
「珪ー」
「嫌だ」
「………」
「断る。CF」
「……ポスターは?」
「…あるのか?」
「そんなようなことを言ってた」
「………」
眉根を寄せて、考えて。
小さく、息を吐く。
ポスターぐらいならいいか。
とは思うけれど。
どっちにしても、見る人間がいることに、変わりはなくて。
俺は小さく、息を吐く。
「断る、それも」
「けーいー…」
「嫌だ」
「………」
「………」
「…十人も百人も、一緒じゃん」
「………」
「それに、親子だって、わからないと思うよ?
わたし、いないんだし」
「…そう言うことじゃない」
「誰か聞いてきても、言わないでいてもらえばいいじゃん。違う?」
「………」
「それに、赤ちゃんって、少しでも時間が経つと、違う子みたいになるじゃない。平気だよ」
「………」
「朝だって、誰もわからないって!」
ね? なんて畳みかけられて。
そうかもしれない、なんて、考え出す。
――わかってはいるんだ。
そう思ってしまったら、負けだっていうことぐらい。
わかっているかのように、彼女は笑みを浮かべていて。
俺はこめかみを抑える。
わかっているのに。
強く言えない。
それが少し、くやしくも思う。
「…口止め、できるのか?」
「大丈夫!」
「本当に?」
「本当に」
「………」
「大丈夫だよ。何とかなるって!」
そう言ってはいても、彼女の中に、確固たる理由があることは、知っているから。
俺は何も言えなくなる。
結局、俺は言い包められてしまう。
わかったと。
そう言うことしか、できなくなる。
「颯も一緒に行こうねー?」
そばまで行って、彼女は颯を抱き上げて。
朝はその颯を、見上げていて。
俺はただただ、息を吐くことしか、できなかった。
「だいたい、何のCFなんだ?」
「かっこいい、お父さん。コンセプトがね」
「………」
「服ですよ。服」
「…………」
「でね? ベビー服も展開してくんだって。だから、珪と赤ちゃん」
「…レディースは?」
「別の人がCFやるって。そっちはもう、決まってるみたい」
ズボンの端を、くいっと引っ張られて。
彼女は朝に、視線を移す。
その場に座って、颯をそばに降ろして。
「ちゃんとやれるよね? 朝は」
「…?」
「お父さんのこと、大好きだもんねー?」
「パー」
『お父さん』という言葉に反応して、朝は俺のことを呼ぶ。
ゆっくりとした動作で、向きを変えて。
俺の方へと、やってきた。
伸ばされた手を取ってやれば。
嬉しそうに、笑ってくれる。
抱き上げて、膝の上に降ろして。
呼んでくれる声が、嬉しくて。
ついつい、笑みを浮かべてしまって。
まぁ、一回ぐらいなら、いいか。
そんな風に、思ってしまった。
「は?」
素っ頓狂な声を上げてしまったのは、仕方がなくて。
彼女はそんな俺に、萎縮したように、肩を竦ませる。
アトリエにこもっていた俺は、彼女のドアを叩く音で、集中を途切れさせたのだけれど。
そんな俺に、彼女はかなりの時間、逡巡をして。
それから、その言葉を紡いだ。
「今日、CFの方の、仕事だったでしょう?
でね? あの、君と朝のCFの、作家さんに会って」
「………」
「そしたら、シリーズ化、しないかって、話が来てるんだよねーって」
「…………」
「だから、契約、しちゃう気はないか、聞いておいてって、言われた……の」
「嫌だ」
即答すれば。
彼女は「だよねー」なんて、呟いて。
後頭部に、手を持っていって。
「…言ってないよな?」
「何を?」
「大丈夫だと思うとか、そう言うこと」
「…さすがに、言ってない」
安請け合いをしてくる彼女だけれど。
その言葉には、本気で大きく、息を吐いた。
よかったと思う。
と、同時に俺の携帯が音を立てて。
それに眉根を寄せれば。
「多分、堤さん」
そう、彼女が教えてくれた。
音はすぐに途切れて、それがメールだと言うことを、教えてくれる。
「大きな仕事だから、どうしても珪に、首を縦に振って欲しいらしいよー」
言いながら、彼女は背を向けて、アトリエを出ていって。
俺はただただ、どうすればいいのかを、考えてた。
事務所のことを考えれば、受けた方がいいのは、明確で。
けれど、俺自身のことを考えたら、断りたいのは、山々で。
どう返事を出せばいいのか。
考えて、考えて。
結局俺は、彼女の意見を聞くべく。
腰を上げるしか、なくて。
そのことに小さく、息を零した。
END
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