| びっくりした そばにいるから
大丈夫なんて
どこかで思ってたのかも
しれないけど
その相談を受けるとは
微塵にも
思ってなかったから
Engel 11
呼ばれて。
わたしは手を止める。
振り返れば、そこには、少し悲しそうな瞳があって。
わたしは首を傾げて、彼女の名前を呼んだ。
「どうしたの?」
その言葉も、加えて。
水に濡れてしまっていた手を拭きながら、彼女の目の前へと、歩を進めれば。
見上げてくれていた瞳は、わずかに揺れて。
表情は、泣きそうなほどに、歪んでしまう。
「どうしたの?」
身体を屈めて。
手を伸ばして。
抱き締めれば。
ぎゅっと、抱き締め返してくれて。
その姿を抱き上げて、リビングへ。
ソファに座って、膝の上に下ろせば。
やっぱり彼女は、ぎゅっと、わたしにしがみついたまま。
背中を叩いたり、擦ったり。
髪を梳いたり、頭を撫でたり。
そうしていたら。
「かあさん、さや……」
って言いながら、朝がリビングに入ってきた。
言葉を止めたのは、捜していた相手が、わたしの膝の上にいたからで。
足早にそばまでやってきて、朝も彼女の名前を呼び続ける。
「どうかしたの?」
彼女にではなくて、朝に聞いてみたら。
少し、逡巡してから。
「いじめられてた」
そう、小さく放った。
「え?」
「オレがいったときには、かみひっぱられてたりしてて。サヤ…ないてて」
「でもそれからは、助けてあげたんでしょ?
朝は」
「きまってんじゃん!」
「ならよし」
言っても、朝はそばから離れなくて。
彼女の心配を、ずっとしていて。
当たり前…かな。
二人で一緒に、生まれてきたんだから。
わたしは小さく、吐息。
それから、口を開いた。
「颯、何されたの?」
「………」
「髪、引っ張られたの?」
聞けば、こくんと頷き。
それに、ふっと微笑すれば。
朝が、眉根を寄せてた。
「あのね? それは、その子が欲しいって思ったんだよ」
「?」
「颯の髪が、あんまりにも綺麗だったから。欲しかったんだよ」
「………」
顔を上げた彼女の髪を、軽く梳く。
彼と同じ、髪の色。
綺麗じゃない、わけがない。
「オレも、ときどきおもう」
「ん?」
「サヤのかみ。きれいだから、いいなーって」
「でしょ? でも、颯のだから、ダメだよ?」
「きれい?」
「そう。颯の髪は、綺麗」
「きれい……」
言えば、彼女は自分の髪をじっと見つめて。
一房、手に取って、じっと見つめて。
小さく、呟いて。
「わたしが、颯の髪を、切りたくないのは。颯の髪が綺麗だからだよ?」
「………」
「だから、髪を引っ張られたら、やめてって、言わなくちゃ」
「……いえる?」
「うん。だって、颯が朝と同じ髪の色だったら、颯じゃないもん」
「………」
「逆に、朝が颯と同じ髪の色だったら、朝じゃないしね」
朝に向かって言えば、朝はうんって頷いて。
颯の髪に、手を伸ばしてた。
一房取って、ニコニコ笑って。
颯もそれを見て、笑って。
その表情に、もう大丈夫かなって。
わたしはそう、思ってた。
「…颯が?」
「そ」
仕事でいなかった彼に、とりあえず報告してみる。
案の定、彼は何事かを考え込んでいて。
わたしは首を傾げて、彼を見る。
「自分の時のことでも、思い出してるの?」
聞けば、まぁ……なんて返答で。
「でも、ほとんど……」
「ないに等しい感じ?」
「ああ。してなかったからな、集団行動」
「…そっか」
彼は幼稚園とか、保育園とか、行かなかったんだ。
思って。
思い出して。
「そういえば、珪はわたしよりも早く、教会に来てたもんね?」
聞けば、やっぱり、短い返答。
それは、肯定以外の何ものでもなくて。
「向こうでは、その髪の色は、普通だしねぇ」
「…ああ」
「そっかぁ…」
彼女の糧になりそうな話は聞けなかったなぁ。
思って、小さく息を吐く。
とりあえず、朝に彼女のことは頼んだし。
彼女も強くなってくれるだろうし。
大丈夫かな。
そう思う。
でも……。
「実はそのことを考えてなかったんだよね」
「?」
「ウチじゃ、当たり前のことじゃない?
その髪の色」
「………」
「全然、頭になかった」
素直に言えば、彼の手によって、わたしの頭は軽く叩かれて。
わたしは抗議の言葉を、続けて発することしか、出来なかった。
END
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