彼の笑みが向けられないというのは、悲しいこと、この上なくて。
そして、一緒に笑いあえない、というのは、とてつもなく……淋しく思えて。
だから。
今度、手を差し出してもらえたなら。
その手を取って、離さないと。
今――決めた。



AGAIN




重い気持ちを抱えたまま、自動で開く扉の前に、彼女は立って。
無意識のうちに、息を吐いた。
この中には、会いたくない人がいて。
けれど、どうしても会いたい人もいて。
それでも、やっぱり、会いたくなくて。
彼女は重い足を動かしていく。
階段を上って、上り切って。
そこでもう一度、ため息を吐き出した。
会いたくない人に、何とか会わずにすむ方法はないかな?
とか。
どうしてわたし、今日バイト、休まなかったんだろう?
とか。
深く重く、息を吐いて。
逃げることはできないのだし…と、彼女はまた、歩き出す。
店を出てくる前に言われた場所には、もうすぐ着いてしまって。
そうしたら、わたしはどんな態度でいればいいんだろう?
なんて、考え出すと、暗くなってしまう。
彼と話をしたいけれど。
そうすればきっと、何か言われることは、必至で。
「嫌だなぁ…」
知らず知らず、彼女はポツリと、声を落とした。
顔を上げれば、そこには鉄の扉が見えて。
それを開いてしまったら、自分は、やりたいことも、したいこともできずに、『仕事』の中の『義務』しか、することは許されてはいない。
クラスメイトなのだから、という…『資格』も。
友達なのだから、という…『権利』も。
きっと、行使することは、許されてはいない。
それは嫌なことでしかないのだけれど。
頼まれたのは、自分で。
自分がやらなければならない、仕事でしかなくて。
「…どうしよう……」
重い扉を見上げてから、彼女は小さく、言葉を綴る。
いつもは、開けられない、と悩むのに。
今日は開けたくない、と思っている。
もう一度息を吐いて。
彼女はちらりと後ろを振り向いた。
助けてくれる人なんか、一人もいなくて。
きっと、彼がその人だから、いつかは当たる、難関なのかもしれない。
とも、考えて。
だとしたら、逃げるのはおかしくも思えてきて。
彼女は持ってきた物を、静かに足元へと置いた。
いつもなら、ここに立っているはずの警備員がいないなら。
自分一人で、開けるしか、方法はないから。
彼のそばにい続けたいと願うなら。
必ず、開けなければならない、扉だから。
手をかけて。
彼女は短く、息を吐き出した。

開けた瞬間の刺すような視線に、胸が痛んだりもしたけれど。
「あ、お疲れさまー」
それを遮るように、視界に入った女性に、彼女は笑みを浮かべた。
ひらひらと手を振って、その人も笑っていて。
彼女は歩を進めていく。
「お疲れさまです、mimiさん」
「どうも。っても、まだ終わってないんだけどね」
あはは、なんて笑って、彼女が差し出したカップを受け取って。
その人は香りを思い切りよく、吸い込んだ。
それを見てから、彼女はわずかに視線を巡らせる。
鋭い視線は、そばにいる女性が遮ってくれていて。
あまり、気にはならなくて。
だからそれよりも、気になるのは――いつもかけてくれるはずの、声がまだ、ないこと。
「あのね」
言葉に、彼女は視線を戻す。
カップを口元で傾けながら、その人は言葉を紡いでいて。
「葉月くんなら、控え室に戻っちゃったよ?」
「え?
え? あの……」
「なーんか、怖い顔しててさぁ。緊張してるのかなーとか思ったから、それをほぐすために、戻したの」
「………」
「というわけだから、それ、葉月くんの控え室に頼むね?」
「はい……。って、ええ!?」
くすくすと笑っているのに、ものすごく慌てて。
彼には会いたいけれど。
今は少し、ぎこちなくて。
それなのに急に、二人きり。
「顔赤いよ?
優菜ちゃん」
言われて、持っていたものをすべて置いてから触れた頬が、熱かったから、言われたことを自覚して。
まだ笑っていたその人から、彼の分のカップを渡される。
「いいなぁ、純粋で」
「mimiさん…」
「とにかく、こっちはいいから、行っておいで」
「……でも」
「会いたくないんだ?」
「違います!
…あ」
「じゃあ、行ってきなさい。本当に素直だよね、優菜ちゃん」
くるりと身体を回転させられて、背中を押されて。
そしてそのまま、スタジオを追い出されるような形になってしまって。
「いってらっしゃーい」
そんな言葉と共に、扉は閉められた。
彼女の背後で。
「え?
あの、ちょっ…!」
振り向いた時には、もう、ぴったりと扉は閉まっていて。
彼女ははぁ、と、諦めの息を吐き出した。
それから、視線を自分が向かうべき方向へと向ける。
乗り越えたのかはわからないけれど。
けれど今。
彼への道は、とりあえずまっすぐ、一本で。
二人きりなら、ほかの誰の目もないし。
クラスメイトなのだから、という『資格』も。
友達なのだから、という『権利』も。
行使することは、許されていて。
彼女は大きく、一歩を踏み出した。

END

 

AGAIN』の続き、です。
主人公ちゃんサイド、というわけで。
またもやmimiさんが出ております。
仲良しなのです、この二人は。

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