彼女がどこかよそよそしいのは気づいていたけれど。
聞くことはできずにいた。
なぜなら彼女と自分の関係は。
まだ、『友達』というそれでしかなかったから。
AGAIN
「葉月。ちょーっと、ええか?」
意外な人物に呼び止められて、彼は少し眉根を寄せる。
それを見たその男子生徒は、わずかな間、考え込んで。
「優菜ちゃんのことで、ちょっとな」
綴られた名に、彼はますます眉間に皺を寄せて。
「つーても、オレが何か言いたいわけやないんや。ま、口を挟むことはさせてもらうけどなぁ」
付いてき、と…そう促されて。
彼は渋々、踵を返した。
連れてきたでー、と放たれたその背を追って、足を踏み入れたのは屋上で。
急に開けた視界に、彼は目を細めたけれど。
目の前に立った女生徒に睨まれて。
彼もまた、視線を鋭くした。
「奈津実ちゃん、葉月くんが悪いわけじゃないんだから」
声が聞こえて、そちらへと視線を動かす。
その場にいたのは四人。
うち、目の前に立っている女生徒は、去年、同じクラスだった相手で。
その後ろで、彼女を止めるべく手を伸ばしている女生徒は、今年、同じクラスで。
まったく知らない相手ではないから、彼は目を細めた。
「そんなことはわかってるわよ!」
「わかってないわよ、奈津実は。彼に怒ったって、仕方ないでしょう?」
「………」
「だよなぁ。本当は葉月に言ったって、仕方ねぇんじゃねぇの?」
「仕方なくはないやろ。告げ口や告げ口。早い話がな」
「そうよ、ユナのためなんだから」
ぐっと拳を握って、藤井は彼を見る。
今の会話を聞いていても、何のことを言っているのか、全然見えては来なくて。
彼は藤井に焦点を合わせた。
「ユナが今、悩んでること。アンタ、気づいてないでしょ?」
「悩んでるって……」
「珠美が最初に相談されたのよ。で、その珠美からアタシが聞いて」
「東雲さん、全然勉強に身が入ってなかったから、どうかした? って、私も聞いたのよ。それで教えてくれたんだけど」
「優菜ちゃん、試合に応援に来てくれたんだけど、かなり沈んでて……」
「俺にも言ってた。遠回しに言われたから、最初は何が何だかわからなかったけど」
「オレは…藤井に愚痴られて、やなぁ」
「………」
だから何を、と先に促したいのをぐっと堪えて。
彼は眉間に皺を作る。
彼女がどこかよそよそしくなったのはわかっているけれど。
それが関係しているのかどうかさえ、わからない。
「………」
そんな彼を見て、藤井は肩を落とした。
ため息も盛大に吐いて見せて。
「そこにいないで、こっちに来たら? たぶん、奈津実の気がすむまで、帰れないと思うから」
有沢の提案に、ちらりと藤井を見て。
背を向けた彼女に、彼も倣うように、出入り口の前から歩を進めた。
囲まれる――というのとは、少し違う。
男子二人と有沢は彼から少し離れたところにいて。
藤井は常に、彼の目の前に陣取って。
その隣りで、彼女を押さえようと頑張っているのが、紺野。
なぜ、ここに呼ばれたのか、未だにわからない彼は。
その光景に視線を伏せた。
「それで?」
問えば、そばの二人が目配せをして。
口を開いたのは、紺野だった。
彼女から、一番最初に相談を持ちかけられた――相手。
「四月二十九日、葉月くん、仕事だったんだよね?」
聞かれて、すぐにああ、と短く答える。
その日は祝日だったけれど、火曜日だったから、いつも通り、仕事をしていた。
彼女のバイトはなかったから、つまらないこと、この上なかったのだけれど。
「それが?」
「その日にあの子、アンタに電話したらしいのよ」
「? 俺…知らない」
「でしょうね。出たのはアンタのマネージャー。何言われたのかは……想像付くでしょ?」
言われて、目を見開いて。
すぐにその表情に怒りを宿す。
失笑が響いたのは、その直後。
「よかったやないか。葉月、怒ってくれてるで?」
「で?」
姫条を無視して、会話を続ける。
「優菜ちゃん、マネージャーさんに言われたんだって。葉月は今、一番大事な時期だから、個人的なことで電話してこないでって」
「………」
大事も何もないだろう、とは思う。
この仕事をこの先も続けるかどうかなんて、まだわからないのだから。
「どうしたらいいのかな?
って、そればっかり!」
「東雲さん、一度気にしだすと、そればかり考えるから」
「そこが優菜ちゃんのいいとこでもあるけどな」
「そうだね。そこが優菜ちゃんのいいところだよね。でも、悪いところでもあるんだと思う」
「みんなに迷惑かけないようにってがんばってんの、丸見えだからな。余計、心配かけてるだろ、あれは」
「和馬がわかるぐらいやからなー」
「でも、葉月はわかんなかったんだろ? 意味ねーじゃん」
立ち上がりながら、鈴鹿はそう言って。
ゆっくりと出入り口へと歩き出す。
それを瞳で追っていると、手を軽く挙げた。
「んじゃ、俺、行くぜ? 部活あっからよ」
「あ、わたしも…!」
慌てたように紺野もそのあとを追って。
続くように、有沢もフェンスから身体を離した。
「私も行くわ。予備校あるし」
「オレも行かなあかんねん。バイトやし」
「アタシだって、そうよ……。――とにかく!」
向き直り、藤井は彼に鋭い視線を送る。
返すことはできないとわかっていたから、彼はそれを受け止めて。
「明日、アンタ仕事でしょ? マネージャーにちゃんと言いなさいよね?」
「…わかってる」
零せば、納得したように彼女は息を吐いて。
それから、くるりと背を向けた。
次々と屋上から出て行く面々の背を見送って。
バタンと音を立てて閉められたドアから、視線を逸らす。
言葉もなく、彼はただ、手を硬く握り締めていた。
今日という日がはじまってからずっと。
彼女と話をしようと、何度も呼び止めようとしたのだけれど。
避けられているのか、それともただ単に、タイミングが悪いだけなのか。
それに、呼び止められたとしても、何をどう言えばいいのかもわからなくて。
彼は深くため息を吐いた。
もうすぐ、今日最後の機会が与えられるはずで。
マネージャーの堤には、報復のように、今日は一言も話をしていないし、目線も合わせてはいない。
気づきはじめているのか、彼女も必要以上のことは何も言わずにいた。
だからと言って――過去のことは消し去ることはできないし、許そうとも思っていないのだけれど。
「どうしたの? なぁーんか、今日の葉月くん、怖いよ?」
彼の頬にブラシを滑らせながら、その女性は話しはじめる。
彼女との付き合いは長い。
彼がこの仕事をはじめてからずっと、彼に付いている、メイク担当者。
「当ててあげようか?」
「………」
「優菜ちゃんがこの頃つれないから、拗ねてるんでしょう?」
「…そんなんじゃない」
答えれば、息が吐かれて。
彼女は微苦笑を零した。
「この前…休日だった日、あったじゃない? 四月――二十九日か。あの日にね、堤さんとちょっと話したんだけど」
「………」
「あの人、君に過干渉気味でしょう? 葉月くんの携帯にかかってきた電話も、勝手に取っちゃうし。しかも、その履歴まで消しちゃうし」
「知ってたんですか?」
「見てました。悪いけど、私は止めたよ? 聞いてくれなかったけどね。あの人、マネージャーの特権だとでも思ってるんじゃない? プライベートにまで首突っ込んでいいはずないのにさ。堤さんは、『葉月珪』っていうモデルのマネージャーであって、高校生の『葉月珪』に関しては、何の権利もないのに」
「………」
「意味を履き違えてるとしか思えない。君も君だよ? 電話番号、登録しておきなさい。優菜ちゃんのだけでも」
「………」
「やり方がわからないなら、教えてあげるから。自分でやりたいでしょう?」
頷いて、携帯へと手を伸ばす。
少なくとも、この人はわかってくれている。
周りがこういう人間ばかりなら、生きていきやすいのだけれど、とは思うのだけれど。
「注文する時に、ちゃんと優菜ちゃんが届けてくれるように頼んでおくから。今日は私がオーダーする番だしね」
「…頼みます」
メイクが終わって、前髪が下ろされて。
軽く手直しを受けたあと、彼女にバンッと力強く両肩に手を置かれた。
眉根を寄せて振り返れば。
「言いたいことはちゃんと言わなきゃ届かないってこと。よーく、覚えておきなさい」
笑顔で綴られて。
彼はわずかに目を見開く。
それに満足したのか、彼女は片づけをはじめた。
「mimiさん」
「ん?」
「どうも、ありがとう」
「どういたしまして」
笑みに見送られて、控え室を出る。
どこか吹っ切れたような顔で、彼は歩を進めて。
すぐにマネージャーを呼び付けた。
END
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