できることなら、わたしのだけを…なんて、思うけど。
それでも。
たくさんもらえるのはきっと、いいことだと思うから。
Liebe
「明日、葉月くん、大変なんじゃないかな?」
落とされた言葉に、彼女は首を傾げて。
それを見て、目の前にいた紺野は、微苦笑を零した。
「どうして?」
「明日、バレンタインでしょう?」
「うん」
「葉月くんに渡すんだよね? 優菜ちゃん」
「…うん」
顔を赤くして正直に言えば、柔らかく微笑まれる。
それにますます頬を赤くして。
彼女は頬を抑えて、視線をさまよわせた。
ここに彼がいなくてよかったと。
本気で思いながら。
それでも、話の方向が変わってしまったことには気づいて。
「そ、それより、珪くんの話!」
「うん。そうだったね」
「笑わないでよ、タマちゃん…」
くすくすと笑い続ける友達を非難して、彼女は頬を膨らませる。
放課後の今の時間は、とても静かで。
そろそろ、彼を起こしに行かないと…と、彼女は教室の時計へと、目を向けて。
「葉月くん、このごろ優しくなったから…」
その声に、視線を戻した。
「珪くんは最初から優しかったけど?」
「うーん…、何て言うか。柔らかくなった……のかな? 気軽に用事とか、頼めるようになったし」
言われて、そういえば…と、思い返して。
彼に話しかける人間が増えたと、そんな光景も思い出す。
「だから、明日、大変じゃないかなーって」
「?」
「女の子たち。今まで渡すに渡せなかった子たちが、明日、持ってくるんじゃないかなって」
「………」
「近寄りがたかったけど、この頃は全然、そんなことないから。でも、ファンの子たちには、ものすごく嫌そうな顔、してるけどね、葉月くん」
「そうだね…」
「けど、それを知ってる子たちは、友達として一度話をしておいたりするんだよ。ただのクラスメイトとして、とか」
「うん」
「それでも、好意を示すと、葉月くんは目線、鋭くしちゃうから」
とにかく明日は、すごいと思うよ。
結論づけて、紺野は腰を上げる。
理由は、聞き知った足音が近づいてきたからで。
その姿を見ていた彼女は、ドアの方へと顔を向けた。
「マネージャー。…っと、東雲もいたのか」
「うん。ごめんね? 鈴鹿くん。タマちゃん、引き止めちゃって」
「べつにいいよ。けど…もういいか? 一年だけじゃ、頼りなくってよ」
頷いて。
ごめんね、を言い合って。
小さく手を振って、その姿を送り出した。
明日。
紺野に言った通り、彼女は彼に渡すつもりでいて。
けれど、ほかにも渡す人がいるかもしれない、というのを聞くと、どうしても心はざわついてしまう。
受け取っちゃうんだろうか、とか。
できれば、受け取らないでほしいな、とか。
そんなことを考えるけれど、言うことはできなくて。
だって自分は、彼にとっては、友達でしかなくて。
――嫌われたくは…ないから。
本当に、臆病。
考えて、ふぅ、と息を吐いて。
彼女も腰を上げた。
子供の頃は、言いたいことも何でも言えていた。
なのに今は。
今のままなら…なんて考えてしまって。
言いたいことを言って、壊れてしまうよりは。
壊れてしまって、今よりも遠くなってしまうなら。
そんなことを考えてしまって。
階段を降りながら、彼女は頭を振る。
横へ。
気持ちが下へと向いていると、彼が気づいて、心配してしまうから。
そんな顔だけは、させたくはないから。
近くにいられているという、そのことで。
それだけで、満足できればいいと、そう思う。
階段を降りきって、靴を履き替えて。
彼女は外へと出る。
彼のいる場所はわかっているのだから。
知らされているだけ、その分だけ。
彼に近いのだと、思えるから。
明日、甘いお菓子を渡すことで、もっと近くなれれば、と願いながら。
彼女はその場所へと、歩を進め始めた。
END
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