本当は
本当はね?
今日もあなたを
誘いたかった



Agapanthus spp.




階段を下りると、弟の尽はそこにいて。
彼女はそれをただ、横目で見ただけで、リビングへと入った。
もうすぐお昼、という時間。
それなのに、今日は空けておけと言った本人は、どこかに電話をしていたらしく、持っていた携帯をポケットへと入れていた。
窓際まで歩いて、外を眺める。
と。
「姉ちゃん」
「?」
振り返れば、尽はまだ、リビングの中心にいたけれど。
ゆっくりと目の前へ、歩いてくる。
「なぁに?」
「今さ、暇だろ?」
「……あたりまえでしょ?
今日は何も予定入れるなって言われたから。その通りに何も入れてないし」
言えば、尽は「悪かったって」なんて、綴ったけれど。
彼女はぷくっと頬を膨らませたまま。
尽のその言葉がなければ。
その言葉に、頷いてさえ、いなかったなら。
彼を誘って。
今ごろは…彼と一緒に、どこかに行っていたか。
あるいは、待ち合わせまでの時間を、待ち遠しく過ごしていたか。
どちらにしても、楽しい時間を過ごしていたはずなのに。
視線を俯かせて、小さく息を吐く。
そうすれば、目の前からは失笑が届けられて。
彼女はますます、頬を膨らませた。
そんな彼女に、尽は苦笑を零して。
「悪かったって。だからさ、これから森林公園、行ってこいよ」
「?
森林公園?」
「そ。オレからの、先月のお返し。兼、昨日の姉ちゃんの、誕生日プレゼントがあるからさ」
「?
何かあるの?」
「行けばわかるって!
あ、森林公園にいるやつから受け取ってくれればいいからさ。プレゼント」
「?
うん……」
わからないままに頷いて。
背中を押されて、リビングを追い出されて。
彼女は仕方なく、一度、自分の部屋へと戻った。
誰に会うのかはわからないけれど。
何をもらえるのかも、わからないけれど。
外出する、その用意をして。
特に急ぐわけでもなく、彼女は家を出た。


弟に言われた、その場所に辿り着いて。
彼女は入り口で、ぐるりとその中を見回した。
知っている顔は、どこにもない。
彼女が知っていても、それは一方的な部分が多いし。
何より、弟も知っているとは思えない、そんな人たちの顔ばかりが、そこにはあって。
彼女はとりあえず、一歩を踏み出した。
ここは、好きな場所の一つで。
彼と何度も来た場所で。
何も約束をしていない日でも、希望を持って、訪れた場所で。
いればいいな、と。
会えればいいな、と。
そしてその通り、彼に会って、何気ない時間を、過ごした場所。
彼と何も約束をしていないから。
誘ってもいないし、誘われてもいないから。
もしかしたら、彼は。
何か用事を入れてしまったかもしれない。
だから、会えないかもしれないけれど。
「珪くんのこと、捜してみようかな……」
零して、彼女は歩き出す。
彼と一緒に見たものとか。
そういったものも、思い出したけれど。
彼女にと教えてくれた、秘密の場所には、どうしても行っておきたくて。
彼がいるかどうか、確認だけ、しておきたくて。
尽、珪くんに頼んでないかなぁ?
思って。
外れへと、足を運ぶ。
高い茂みのそこ。
あまり大きくはない樹が植わっている、そこ。
見ただけでは、ここに、かなりの広さのあるスペースがあるとは、思わないだろうそこは。
彼のお気に入りの場所で。
秘密の場所で。
彼女にだけ、教えてくれた、取っておきの場所。
あまり音を立てないようにと、茂みをかき分けて。
見えたものに、彼女はふっと、息を漏らした。
弟が、誰のことを言っていたのかは、わからないけれど。
でも、この時が、言っていたプレゼントだったら嬉しいな。
そんなことを考えながら、彼女はそばに、腰を下ろした。
葉の影から注ぐ日の光が揺れる、その髪へと手を伸ばして。
静かに、ゆっくりとその髪を梳く。
誰に会うかは、わからなかったけれど。
もうそんなこと、どうでもよくて。
でも、彼だったらいいな、なんて考えて。
「起きてみたら、聞いてみようかな?」
小さく呟いたあと。
笑みを浮かべて、また彼女は、その髪を優しく梳きながら。
彼の寝顔を、ただじっと、見続けていた。

END

 

Papaver nudicaule L.』の主人公ちゃんバージョン。
それでも途中までですが。
題名は珪くんのと合わせて、花の名前。

20040321のペーパーに、載せておりました。

戻る