急に言われたことに、もちろん最初は驚いたけれど。
断る理由も、特にはなかった。
Papaver nudicaule
L.
ぼんやりと空を眺めて。
小さく欠伸を漏らす。
と、けたたましく、規則正しい音が鳴り響いた。
それに、彼女からではないことを知って、彼は短く嘆息を零す。
そうしながらも身体を起こして。
ポケットから携帯を取り出した。
開いて。
見たこともないその番号に、眉根を寄せたけれど。
とりあえず、通話ボタンを押す。
「……はい」
『葉月? 今どこだよ?』
届けられたのは、聞き知った声で。
彼はますます、皺を深くした。
『家にいろって言っただろ?』
「…いつ?」
『昨日! 葉月が姉ちゃんに誕生日プレゼント届けに来た時!!』
言われて、「ああ」と思い出す。
…けれど。
「今日のことだったのか……」
呟いて、ため息を吐き出した。
家にいろと言われたことは覚えているけれど。
いつなのかを、聞き逃してしまって。
まぁいいかと、流してしまった。
いつのことかわからなかったから。
とりあえず、連絡が入るだろう携帯を持って、家を出たのだったということも思い出して。
『で? 今、どこにいんだ?』
「……森林公園の…」
どう言ったらいいのかわからなくて。
とりあえず、辺りを見回した。
外れであることは確かで。
樹の下であることも、確かで。
『森林公園? わかった! んじゃ、そこから動くなよ!』
発された直後。
通話は一方的に終わらせられて。
彼は息を吐いた。
動くなと言われたのだから、動くことはしない。
けれど。
「見つけられるのか…?」
呟いて。
彼はまた、仰向けに寝転んだ。
目に入った青に、目を細めて。
なぜ今日、彼女を誘うことをしなかったのだろう、とか。
彼女もなぜ、今日に限って、誘ってこなかったのだろう…とか。
考えて。
雲がゆっくりと、視界を横切っていく。
それを確認してから、彼は瞼を閉じた。
髪が揺れたのに気づいて、うっすらと瞼を上げる。
いつの間に寝てしまったのかはわからないけれど。
記憶がないから、そうなのだろうと。
彼は顔を顰めた。
風が出てきたのかは、わからない。
でも、髪が揺れたのは、それ以外には考えられなくて。
そう考えると、自分は少し、寝てしまったのだろうと、結論づけた。
――の、だけれど。
「あ、起きた?」
問われて、彼は瞳に映った人物に、目を丸くした。
小さく首を傾げた彼女は。
すぐにそれを、笑みへと変える。
そうして、なおもゆっくりと、彼の髪を梳いていて。
彼はガバッと、急いで身体を起こした。
「珪くん?」
「いつ?」
「?」
「いつ、来たんだ? ここに」
問えば、彼女は「んー」なんて考え始めて。
それから、
「十分ぐらい前かなぁ?」
そう、答えを発した。
「尽にね? 誕生日とホワイトデー、両方のプレゼントをやるから、森林公園に行け、って…言われて。で、そこにいるやつからもらえって」
「………」
「誰がいるんだろうって考えたんだけどね? 珪くんと約束してない時とか、一人でここに来ると。時々……珪くんに会ったりするなぁ、って。何となくだけど、そう思ったら。今日も珪くんに会えないかなぁって思って」
樹の幹に身体を寄りかからせて。
彼は彼女をまっすぐに見る。
と、彼女は視線を俯かせて。
「…珪くんが教えてくれた、ここに来たんだけど……」
「……ああ」
「珪くん、尽から何か聞いてる?」
わずかに上目遣いにして。
彼女は彼の顔を見て。
彼はそれに、大きく息を吐いた。
聞いてない、と短く答えて。
でも、ここから動くなと言われたことは、伝えて。
「……? じゃあ、ここで会えるのは珪くん、で…あってるのかな?」
「…たぶん」
「でも…珪くんからもらえって……」
考えはじめた彼女は、また、首を傾げて。
「珪くん、何も持ってないよね?」
「ああ」
「尽から、何も、預かってないよね?」
「ああ」
「………」
視線を伏せて、考え始めた彼女の頭に手を伸ばそうとして。
けれどそれは、不意に響いた音に、遮られた。
上げられた視線が向けられて。
それを受け止めながら、彼は携帯を取り出して、開いた。
届いたのはメール。
それを開いて、文面を瞳に映して。
「あいつ……」
そう、言葉を綴った。
「誰から?」
「尽」
「え? 何て?」
「おまえがよければ、おまえと一緒に過ごしてやれって」
「……?」
「どこか行きたいところ、あるか? おまえさえ、俺でよければ。おまえが望むこと、何でもしてやる、俺」
「え? え?」
「答えは?」
促せば、彼女はおろおろとしながらも、考えはじめて。
優菜、と名前を呼べば。
「珪くんさえ、付き合ってくれるって言うなら…。尽にはちゃんと怒っておくから、お願いしたい、けど……」
「ああ」
含み笑いで答えて、彼は立ち上がる。
時計へと視線を落とせば、お昼を少し、過ぎた辺りで。
「とりあえず、飯…か?」
「あ、そっか……。お昼ごはん、だね」
「どこ行きたい? おごってやるよ、俺」
「い、いいよ! ちゃんとお財布持ってきたもん!」
立ち上がって、そう言い放った彼女に、くすくすと笑いを零した。
手を伸ばせば、あたりまえのように、それは彼女の手に収まって。
柔らかな感触と。
柔らかな暖かさが、手に触れて。
彼は小さく、安堵の息を漏らす。
――メールの内容は簡単で。
彼女が一番ほしがってるだろうから。
そんな一文が、最後に書かれていて。
その前に書かれていた文章を思い出して。
彼は小さく、笑みを零した。
『姉ちゃん、そっちに着いたか?
着いてたらさ、悪いんだけど。
姉ちゃんに葉月の時間、やってくれるか?
姉ちゃんが一番、ほしがってるだろうからさ』
END
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