彼女が発した言葉からしか、知り得ないものがある。
だから、彼女の言葉をすべて、覚えておこうと俺は思う。

普通のこと……だろ?



ゆっくり ひとつひとつ




「珪くんって、綺麗だよね」
見ていた雑誌から顔を上げて。
彼女はそう、言葉を綴った。
朝の
SHRが終わった直後。
彼の目の前の席に横向きに腰を降ろして、彼の邪魔にならないようにと、自分の膝の上に雑誌を広げて。
そこにある彼の姿をまじまじと見つめながら、彼女は言う。
「そうか?」
「うん。あ、これね、なっちんが貸してくれたんだ。珪くんの写真、出てるからって」
にっこりと笑って、彼女は言う。
「珪くんの特集組んでる雑誌、この頃増えたよね?
それって、珪くんのことを好きな人が増えたってことでしょう? だからね、売り切れちゃってるのとかもあったりして、全部持ってないの」
「そうなのか?」
「うん。珪くん、すごいね。人気者だね?」
くすくす笑って。
それからまた、彼女は雑誌に目を落とした。
「売り切れちゃったのとかは、なっちんがかろうじて持ってたりするから、見逃すことはないんだけど、ちょっと沈んだりするんだ。珪くんのところ、切り取って持っていっていいよって、なっちんは言ってくれるんだけど、悪いなって思うし。けどね、なっちん、わたしに押し付けて来るんだ。いらないから、って」
顔を上げて、彼女は苦笑する。
それに、わずかに考えたことを、彼は口にした。
考えた……提案みたいなものを。
「なぁ」
「ん?
なぁに?」
「…俺、もらったりするから……やろうか?」
「え?
えーと…でも、珪くんは珪くんで、必要じゃない?」
「べつに…いらない」
「あ、そうなんだ。じゃあ、わたしが買えなくて、なっちんも持ってなかったら、言うね?
その時は、もらってもいいかな? なっちんも見たいだろうし」
「ああ」
ありがとう、ごめんね?
続けて発された声に、苦笑にも似た笑みが零れた。
いつももらうことしかできない自分が返すことのできる、唯一のこと。
そう思っているのだから、彼女が礼を言ったり、謝罪の言葉を綴ったりすることはないのに…と、考えた。
けれど、彼はそれをきちんと受け取る。
彼女は結構、頑固なところも持ち合わせているから。
何か言えば、必ず、「そんなことはない」と言い返してくることは目に見えていたから。
彼女が目線を落として。
ペラ…と、ページを捲る音が耳に届く。
「でもね、やっぱりちょっと、悲しいかなーとも思う」
呟くような言葉に、彼は眉根を寄せた。
「どうして?」
「うーん、とね?
珪くんのこと好きだなって思ってる人が増えてるのは、嬉しいんだ。雑誌の部数が増えて、それを買う人がいて。珪くんが表紙を飾ってるのばっかり、本屋さんから消えていく。珪くんの話をしてる人とか…そういう人と擦れ違ったりもするし」
「………」
「そうするとね?
嬉しく思うんだけど、何かちょっと、悲しいの。雑誌の中でしか、その子たちは珪くんのこと知らなくて。珪くんはもっと、雑誌で見るよりも綺麗なのに……って」
「おまえ……」
「だってそうじゃない?
珪くん、ものすごく綺麗なのに! 見た目だけじゃなくて、中身だって、ずっとずうっと、綺麗なのに!」
「…………」
彼女が言ったことに驚いて。
彼は言葉を失う。
自分のことを、彼女がそう見てくれていることを、初めて聞いた。
最初、綺麗だと言われた時は、見た目のことかと思ったのに、と。
「あー、呆れてるんでしょ?
バカなヤツって思ってるんでしょ?」
「……べつに」
「いいよ。なっちんに言ったら、呆れられたんだから」
「………」
頬を膨らませて、そう言って。
彼女は視線をあからさまに逸らす。
「…………」
言葉を紡ぐことができなくて、彼は首筋を爪で掻いた。
言いたいことはある。
あるけれど…思ったことが複雑で、整理し切れていなくて。
何をどう言ったらいいのかを考えあぐねていると、彼女はちらっと彼を見た。
ため息が、彼の目の前で零される。
「同じことをね、有沢さんにも言ったの」
「…それで?」
「本人に言ってみればって、言われたんだけどね?」
「だから言ったのか?
俺に」
「……それもある…けど」
雑誌を閉じて、彼女は肩を落とす。
何をどう言ったら…ではなくて。
彼女を傷つけないために、彼女には言いたいことを言おうと、彼は考えはじめた。
うまく言葉が紡げなくても。
不器用でも、彼女が欲していなくても。
まずはそこから――はじめればいい。
「言って…いいか?」
「?」
小首を傾げて見せて。
彼女のそんな行動に、一瞬、言わない方が……とも、思ったけれど。
「確かに、バカだな、とは思った」
「やっぱり……」
「けど、たぶん、藤井と同じ意味じゃない」
「どういうこと?」
シュンッとしていたくせに、すぐに顔を上げて。
そんな彼女に、微笑する。
「珪くん?」
「バカだなって思ったけど、すぐにそれでいいって思った」
「わたしがバカで?」
「そういうことじゃない」
違う、と届けて。
「本当の俺を知ってるのは、おまえだけでいいってこと」
「…でも、それじゃ……」
「悲しくなんかない。知っててほしいやつが知ってれば、それでいい、俺」
べつに、みんなに知ってほしいとか、思わない。
ゆっくり。
一つ一つ、区切って言えば。
彼女は俯いて、考えてくれて。
それから、戸惑いながらもこくんと頷いた。
「珪くんがそれでいいって言うなら…いいんだけど」
「けど…何だ?」
「誤解されたままっていうことにならない?」
「…だな」
「嫌でしょう?」
「べつにいい」
「でも……」
「おまえが本当の俺を知っていれば、それでいい」
微笑んで。
彼女の頬が、薄らと赤くなるのを見た。
言葉を紡ぐのを、我慢強く待っていてくれるのだから。
それに応えよう。
他人の目に、自分がどう映っているのかを教えてくれる、彼女のために。
考えて。
彼は教室のざわめきの中。
聞き慣れているチャイムの音を聞いていた。

END

 

彼は綺麗、ということだけを書きたかったんです…。
イラスト集見て、そればっかり、頭の中、回ってて。
で、いざ書いてみたら。
かなり失敗してる気が(泣)。
もう一人の主人公ちゃんに言わせればよかったかも、と今になって後悔してみたり。
でも、甘くしたかったから、仕方ないんだよー!(叫)

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