朝とは、決して言い難い時間に目が覚めた。
上半身を起こして、ゆっくりと働き出した頭で思ったことは。
今日は特に何もすることがない……ということだった。
優しい休日
かなり遅い目の朝食――昼食と言ってもいいかもしれない――を摂ったあと。
彼は何をしようかと考え始めた。
ジグソーパズルをやろうと思ったのは割とすぐ。
けれど、どれもやってしまった時の記憶があって。
どれもたぶん、開ければすぐに、これはどこのピースだったと思い出してしまうだろうなんて思ってしまって。
彼は小さく息を発した。
立ち尽くしたままで、また彼は考え出す。
水が飲みたいと思い立って。
彼はキッチンへと爪先を向けた。
辿り着いて、冷蔵庫を開けて。
ペットボトルを一本、取り出して。
キャップを外して――中身を喉へと流し込む。
と、また何をしようかと考え出した。
とりあえず仕舞って、冷蔵庫の扉を閉める。
そばにテーブルはあるけれど、使おうという気は起きなくて。
彼はリビングへと歩き始めた。
二人がけのソファを緑明の瞳に映して。
彼はまた考えて。
透明な光が入り込んでくるその窓を見る。
そばへと歩み寄って、空を見上げて。
真っ青であるそのことに気づいたその時に、彼は初めて笑みを見せた。
今日初めての笑みは、空へと向けられたもので。
それで、彼は部屋へと戻る。
財布を手にして向かった先は。
外……だった。
特に買いたいものがあったわけではなかったけれど。
家の中にいるよりは、全然、楽しく思えて。
彼は見慣れた街をゆっくりと進んでいた。
彼の家がある住宅街は閑散としていて。
それは、休日であろうが、平日であろうが、変わらないのだけれど。
人の声があまりない中を、彼はただ歩いていく。
途中、一度だけ、歩を止めた。
彼が歩いていた少し先で、蹲っている女の子がいたせいで。
少女が泣いているのだと気づいたのは、そのすぐあとだった。
声も出さずに、少女は涙を拭っていて。
そばへ寄って、彼も膝を折る。
「どうした?」
声をかければ、少女はその大きな瞳に彼を映して。
「ころんじゃったの」
と、小さな声で紡いだ。
そう言えばさっき、悲鳴みたいなものが聞こえたな、と思い出して。
少女の膝へと視線を向ければ、わずかに血が滲んでいた。
指先で小さな砂を取り払って、彼は少女の目の前に手を差し出す。
「立てるか?」
聞けば、コクンと頷かれて。
少女はその手を取って、立ち上がった。
「歩けるか?」
また、頭は縦に振られる。
「これからどこに行くんだ?」
「こうえん。でも、かえる」
「そうだな。手当てしないといけないしな」
どっちだ?
問えば、少女は一定の方向を指差して、歩き出す。
小さな手は暖かくて。
いつもそばで笑ってくれている少女を思い出させた。
「おにいちゃん、このへんにすんでるんでしょ?」
急に問われて、少女を見れば。
その表情には笑みが上っていて。
彼も笑みを上らせた。
「ああ。知ってるのか?」
「ときどきみるから。かっこいいなぁって」
「そうか」
「うん! でもね、コワイのかなっておもってた」
「どうして?」
「いっつもコワイかおしてるから。でもやさしいんだね?」
きゅっと握られていた手に力が込められて。
笑顔を向けられて。
彼はどうすればいいのかと考えたけれど。
すぐに笑みを返した。
彼女が笑みを向けてくれた時、同じように返すと――嬉しそうに笑ってくれていたことを思い出したから。
その子もやはり、嬉しそうな満面の笑みを、彼に向けた。
明日、彼女に会ったら、今日のことを言おう。
なんて考えながら、彼は少女の手を引いて。
小さな暖かさが離れていくまでのわずかな間に。
「こんどはあそぼうね?」
と、約束まで交わしてしまっていた。
END
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