真っ白い 世界の中で
色を持って 存在しているのは
一人だけ
この視界の中で
この 小さな――俺の視界の中では
たった一人だけ
White
朝。珍しく、自然に目が覚めて。
早い時間だったけれど、もう一度寝てしまったら、寝過ごしてしまうだろうことは、確かで。
彼は早々に、諦めのため息を吐き出した。
額へと手を乗せて。
たったそれだけのことしかしていないのに。
布団から出した腕に纏わりついた…寒気。
それに、ほんの少しだけ、頭を上げて。
ベッドから降りようと、身体を起こした途端。
襲ってきた寒さに、彼は眉根を寄せた。
手を伸ばして、カーテンを引けば。
まず目に入ったのは、白で。
「寒いはずだな……」
彼はポツリと、呟く。
笑みが零れたのは、彼女の姿を思い出したからで。
朝の用意をしながら、一つのことを、彼は決める。
そのために、少し急いで、支度を進めていった。
前方は白。
それでも空は、真っ青で。
けれど。
太陽の光は――優しくて。
彼はふっと、小さく笑みを浮かべる。
その時に、カチャリと、音が耳へと届けられた。
「尽ー、置いてっちゃうよー?」
声に視線をそこへと動かす。
と、目が合って。
「あ、あれ? 珪くん?」
彼の姿を認めて、急に慌て出した彼女に。
彼はくすくすと笑いはじめた。
道路を埋め尽くしている白に気をつけながら、彼女は歩き出して。
その危なっかしさに、彼は彼女へと手を差し伸べて。
「ありがとう」
そばへとやってきた彼女に、安堵の息を漏らした。
「でも、どうして?」
「何が?」
「だって…、こっちじゃ、学校まで遠回りじゃない? 珪くんの家から」
小首を傾げた彼女に、彼は「ああ…」と、声を落とす。
「おまえ…、転びやすいから」
「………」
「雪が降ると、おまえ…必ず、一回は転ぶだろ? 朝、教室で、制服濡れたって、言ってくるしな」
「そう…だけど……」
「姉ちゃん! 一人で行くとまた……って、葉月?」
もう一度、ドアが開けられる音が響いて。
見ればそこには、彼女の弟。
「おはよう、葉月」
「おはよう」
「あ、そうだね。おはよう、珪くん」
「ああ、おはよう」
「何だよ? まだ言ってなかったのか? 姉ちゃん」
「だ、だって。びっくりして……」
「そうだった。何で葉月がここにいんだよ?
――あ、もしかして…」
「ああ。転ばないように」
言えば、尽は納得して。
「姉ちゃん、一人で歩くと、必ず転ぶんだよなー。オレがそばにいても、あんまり、意味なくってさー」
「そうか」
「でも、葉月もいるんだったら、平気かもな。いくら姉ちゃんでも、両脇固めてれば大丈夫だろ」
放って、尽は歩いていく。
その背中を、わずかに見てから、彼は彼女へと瞳を向けた。
黙りこくっていた、彼女の顔を覗き込んで。
「どうした?」
「わたし…そんなに転んでるかな…って」
「……転んでるだろ?」
「………」
「学校に来るまでで、一回。終わって、帰る時は……転びそうになってる。いつも」
言えば、彼女はまた、考え込んで。
それでも、進むように促せば。
彼女は足元を気にしながら、歩み始めた。
たぶん、平気だ…と思ってしまうと。
彼女の場合、気が緩んで。
おろそかになってしまうのかもしれない。
ゆっくりと、手を引いて。
彼も歩いていく。
「姉ちゃん! オレが歩いたあとを歩いてこいよ!」
前を行く尽は、せっせと足場を固めてくれていて。
彼女はそれに、小さく、「大丈夫なのに…」と、零していた。
白で埋め尽くされた、今。
ぎゅっと握られた手に、慌てて隣りを見て。
わずかにバランスを崩していた彼女を助ける。
「踏み固めると、むしろ滑る…か?」
「かも…ね」
苦笑を零した彼女は、この、白の中。
きちんと、彼女自身の色を持って。
そこに…いて。
「気をつけろよ?」
言葉をかけつつ。
繋いでいた手に、彼は力を込めた。
END
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