| 行きたい場所がある そうおまえは言ったけど
けど今は
まだ行けないから
同じ色のもので
我慢してほしい
俺も
そこには行きたいけど
まだ――無理だから
俺もこれで
我慢する
我慢できる
何より
おまえと一緒だからな
結局は
べつのもの
暖かな部屋に辿り着いて、俺はほっと、息を吐く。
彼女も同じだったみたいだけれど、すぐに、「飲み物持ってくるね」と、離れていった。
その背中を瞳で追いかけても、もうすでに、廊下に出ていて。
彼女の姿は、壁の向こう側。
それに、先ほどとは違う息を吐き出した。
差し出されたクッションに、少しだけ、座ろうかどうしようか、考えて。
それでも、聞こえはじめた足音に、俺は腰を下ろした。
「ごめんね?」
姿を見せた彼女に、ふるふると首を振って。
彼女が、小さなテーブルを隔てた向こう側に座るのを待つ。
テーブルに、二組のティーカップを置いて。
それからようやく、彼女は腰を下ろした。
それを見て、俺はかばんを開けて。
ここに来る前に買ってきた物を、テーブルの上に置く。
それらに、彼女は首を傾げたけれど。
俺は何も言わずに、小さく笑うだけに留めた。
飲みたいと思ったわけではなくて。
ただ、そばに置いておきたかったから。
「ソーダ水?」
「ああ」
それを、ここに来る前に寄った、雑貨屋で買った透明なガラスのコップに注ぐ。
けれど、それで終わりってわけじゃない。
「飲むの?」
「いや」
「そうだよね。ソーダ水って、味ないもんね」
「ああ」
「それで? どうするの?」
じっと、蒼い瞳を向けられて。
俺は苦笑を零す。
実を言えば、べつにソーダ水じゃなくてもよかったのだけれど。
この方が…気泡とか、そういうものが、らしいかなと思っただけのこと。
注ぎ終えてから、俺が手にしたものに、彼女はますます、首を傾げて。
「それ……」
「絵の具」
「それを、どうするの?」
「付けるんだ。色」
「何に?」
「これ」
ほんの少しだけ出して、コップの中へと落とす。
そうすれば、少しずつ、それはソーダ水の中に融けていって。
それでも、完全ではなかったから。
俺はティッシュを一枚だけもらってから。
指でそれを混ぜた。
しっかりと色がついたそれに、俺は満足して、指を出して、水滴を拭き取る。
それを、トンッと、テーブルの中央に置いた。
「これ……」
「覗き込んでみればわかる」
言えば、彼女は背中を丸めて。
だから同じように、俺も背中を丸めて、それを見る。
青い、そのソーダ水の向こうにあったのは、彼女の驚いた顔で。
俺はそれに、笑みを浮かべた。
緩やかに、気泡が上へと上がっていく。
それを見ていると、彼女がふっと、笑んでいた。
「すごい。海の中にいるみたい」
くすくすと笑いながら、綴って。
「コップの下に、生き物がいるんじゃないかって、気になるよね?」
「ああ」
「セロファンは知ってたんだけど、こういう方法もあるんだぁ…」
セロファン?
わからなくて、眉根を寄せる。
つい、身体を起こしてしまったのだけれど。
彼女は優しい微笑をしたまま、同じように身体を起こしてくれた。
それから。
「青いセロファンを通して見ると。世界は青く見えるでしょう?
すべてが水の中に沈んじゃったみたいに思えるんだよ?」
そう、教えてくれた。
「へぇー」
「でも、こっちの方がいいな。用意するものは多いけど。ちゃんと、海の中にいるみたいなんだもん」
「そうか」
嬉しそうに笑って、彼女はまた、覗き込む。
その姿に、俺も嬉しさしか、湧かなくて。
「この前、言ってただろ? おまえ。海、行きたいって」
「え? うん…。言ったね」
「でもまだ、寒いから」
「うん。寒いから、暖かくなったら行こうって、約束したよね?」
「ああ。でも、何かしたかったから」
「これ?」
「…だめか?」
聞けば、彼女は大きく、首を横へと振ってくれて。
「すごく嬉しい」
そう、言葉もくれた。
けど。
「なぁ」
「なぁに?」
「来週、暇か?」
「来週?」
何もないと思ったけど?
身体を起こして、小さく首を傾けた彼女に、俺は小さく、安堵する。
海色のソーダ、だけじゃなくて。
もっと、海に近づきたかったから。
結局、我慢できないのは、俺の方。
と言うより、彼女と一緒の時間を、少しでも多く、過ごしたいから。
「水族館、行こう?」
「うん! あ、セロファン持っていこうか?」
「ああ、いいかもな」
二人で笑って。
それから、他愛もない話を繰り返していく。
その間も。
小さな気泡は、ぱちんと弾け続けていた。
END
|