他人の秘密を分けてもらえるのは
嬉しいけど

本音を言えば
少し辛い




近づく距離





朝。
マンションをいつも早めに出て、学校へ行っているからか。
会うとすれば、部活で朝練のある、橘とか、華原とか。
そんな優秀な生徒ばかりで。
今日もまた、一緒に登校してた。
「早いっスよね、先生」
「ん? ああ、まぁな。放課後、あまり仕事して帰らないからな。それに、朝早くやった方が、頭が冴えるし」
「なるほど。鳥川先生って、考えてるんだ?」
「いや? 自然とそうなっただけだ。放課後仕事してると、つまらなくてな」
「…じゃあ、頭が冴えるって……?」
「結果論…だな」
にっこりと笑みを向ければ、右隣りの笑顔は固まって。
左隣りからは、長いため息。
「そんなことだろうと思った……」
と、こんな呟き。
「結果がよければ、それでいいだろう?」
「そうでもないと思うんですけど…」
「そうか?」
毎回、こうして三人で登校する。
それでもこの頃、変わったことがあるのだけれど。
「じゃあ、俺、向こうなんで」
言いながら、校門で離れた華原に、軽く手を上げて、見送って。
そうして、ゆっくりとまた、歩いていく。
橘は体育館へ。
私は、その途中で、職員玄関へ、行くために。
そこで。
「…やっぱり」
微かに香ったものに、じっと、橘の顔を見る。
昨日までは、確信が持てなくて。
気の所為かもしれないと、思ったけれど。
「何スか?」
「橘」
「? はい」
「おまえ、甘いものでも食ったのか?」
「えっ?」
顔色が、あからさまに悪い方へと変わる。
うーん…少し、違うのかもしれない。
それでも、制服に鼻を近づければ、それはいつでもして。
染み付いてしまっているようで。
彼も慌てたように、腕に鼻を埋もれさせて。
小さく、目を見開いて。
「甘い香りがする…」
「き、気のせいじゃないっスか?」
「ここのところ、毎日なんだが」
「……気のせいっスよ」
「強いて言えば、バニラエッセンスか」
「………」
「でも、それよりも香りが強いから……豆の方か?」
「豆って……バニラビーンズって、言えばいいじゃないっスか」
ため息を吐き出して。
橘は後頭部を軽く掻く。
よく知っているな、なんて言葉を落としたら。
「誰にも言わないって約束するんなら…夜、俺の部屋に来てもいいっスよ」
と、お誘いの言葉をいただいてしまって。
私はくすくすと、笑みを零す。
「秘密を分けてくれるのか?」
「先生には、黙ってるの、難しそうなんで」
「そうか。でも……生徒とはいえ、男だからなぁ、橘も」
「は?」
「年上とはいえ、私も女だしなぁ」
「………」
「身の危険がないとも……」
「先生には一切手を触れないっスよ」
両手を挙げて、そう言った彼に。
私はますます笑って。
じゃあ、行こうかな、と。
申し出を承諾した。




陽が落ちるのが早い、なんて。
窓の外の空を眺めて思う。
橘の部活が終わるのが、大体…七時前だとして。
今はその、一時間前だから。
考えて、椅子から腰を上げる。
今日はもう終わりにして、帰ろう。
うん。
一人で頷いて、帰り支度をはじめて。
そして、教諭室をあとにする。
職員室は、どうも居辛い。
たくさんの視線が。
遠巻きな視線が、多くて。
監視されている気分になってくる。
だから、教諭室に、どうしても篭ってしまう。
保健室で、仕事するわけにもいかないし。
ぼんやりと考えながら、廊下を進む。
帰る時は、ほぼ一人。
本当に時々、龍太郎と一緒になるけれど。
そのぐらい。
みんな、部活に熱心な、いい子たちだなぁ…なんて。
小さく呟きながら、歩を進める。
一ノ瀬は、部活に入ってないと聞いたけれど。
職員室で、色々と使われているらしい場面を、目にしてしまったから。
大変だな、なんて。
他人事のように思ってた。
ああいうのは、下手に手を貸すなんていうと。
彼に頼んだ先生が、何を思うか、わからない。
まぁ、よくは思わないだろうねぇ……。
考えて。
伸びをして。
無人の廊下を歩いていく。
同じ生徒なら、いいのだろうけれど。
先生と生徒じゃ、色々ある。
手伝うんなら、一ノ瀬に手伝ったということを、口止めしないとならない。
でもそれで、量を増やされたら、二の舞だから。
できない。
そういう、こと。
考えて、息を吐き出して。
「夕飯、考えなくちゃ」
そう、零した。
少し多めに作って、橘に持っていってやるか。
わずかに考えて。
朝の彼の様子を思い返して。
くすくすと、一人で、笑ってた。

そして。
おかずを詰めた、小さめのお弁当箱の代わりに。
目の前に出されたのは。
「…シュークリーム?」
「……っス」
手を伸ばして、皮を少し開けば。
確かにそこには、黒いツブの入ったカスタードが納まっていて。
低いテーブルを挟んだ向こうで、夕食を食べはじめた彼を見れば。
私と目が合ったことで、ふいっと、顔を逸らしてた。
「橘」
「…何スか?」
「部活が終わって、すぐに帰ってきたんだよな? おまえ」
「……っス」
「買ってくる時間、あったのか? それとも、買って置いてたのか?」
「………」
「まさかとは思うが……今日の朝、作ったのか?」
「………」
無言。
でも、頬にわずかに、照れからくる赤みが差していて。
へー、とか。
ちょっと意外な面に、楽しくなってくる。
「よくできてる」
「そうっスか?」
「ああ。おいしそうだな」
「食べていいっスよ。で、感想言ってくれた方が、嬉しいっス」
「じゃあ……」
いただきます。
告げてから、もう一度手を伸ばして。
皮をほんの少し、ちぎる。
クリームを付けて、口の中へと入れて。
「………」
「どう…っスか?」
「…甘さ控えめだな」
「もっと甘い方がいいっスか?」
「いや。私には、これぐらいがちょうどいいんだが」
「………」
「皮は、少し柔らかいな。もうちょっと硬い方が、好みだ」
「パイシューみたいな感じっスか?」
「…ホントによく知ってるな」
でも、おいしいよ。
それは素直な感想。
甘いもの、久しぶりに食べた。
思いながら、パクついて。
「ずいぶん、早起きなんだな?」
そう、話を戻してみた。
朝練行って。
そのために、早起きして。
それだけかと思っていたのに、お菓子作り。
「早くは起きてないっスよ。いつも通りに、起きて」
「でも……」
「ちょっと、美味いカスタードって、どうやって作ればいいのか、考えてて。今朝起きて、ひらめいたんで」
「………」
「朝飯、食う時間、実はなかったんスよ」
「…橘、おまえ……」
「先生、言ったっスよね? 好きなことに没頭するのはいいけど、やりたいことと一緒にするなって」
「………」
確かに、言った。
思いながら、こめかみを掻く。
わかった。彼のやりたいこと。
菓子職人……パティシエ。
イメージ、変わったなぁ…。
思いつつ、頬杖をつく。
「俺、ここに来たの。誰にも迷惑かけないで、ケーキ作りの練習するため…なんスよ。家じゃ、家族の目があって、気兼ねなく、なんて、できないから」
「でも、隠してるわけだ?」
「イメージじゃないって、わかってるから」
「確かにな」
笑って、残りを口に放り込む。
彼のイメージは、少し、怖い感じだった。
言うなれば、鋭利な刀のような。
ナイフではなくて、日本刀のような、片刃のもの。
触れれば、傷つけられる。
そんなもの。
でも今は。
「逆だな」
「? 何がっスか?」
「刃の方向が」
「?」
「相手を傷つけるイメージだったんだが。守るイメージがついた」
「…俺?」
「ああ」
「……」
「誰かのために戦うイメージ。というよりは、やっぱり守るイメージ。前は、戦ってるイメージ、戦場の、前線に立ってるイメージがあったんだが。今は逆だ」
「………」
「和風に言えば、本陣。そこで、総大将を守ってるイメージだな」
「…何で和風なんスか……」
「そりゃ、最初のイメージが刀だったからだろ?」
くすくす笑って、発して。
憮然とした顔に、手を伸ばした。
額を軽く、手で押して。
反射的に、そこを抑えた彼に、笑みが浮かぶ。
「また、味見させてくれてもいいぞ?」
そう、申し出てみたら。
橘は照れて。
それでも、どこか、嬉しそうに。
承諾してくれた。

END

 

な、長くなってしまった……。
余計なもの書くから……(いつもです)。
一ノ瀬も書きたいなーとか、思ってしまったのが、あれですか?
だめですか。
まぁ、剣ちゃんだし。
きっと長くなるだろうなぁって、思ってたし。
だって好きだし?(聞いてない)

剣ちゃんのイメージは、わたしのです。
趣味、お菓子作りというのを聞いて、一気に可愛いに変化したのでした。
それでもやっぱり、頼りがいはありそうなんで、こんなイメージに落ち着いたと。

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