俺ばかりじゃなくて、彼女のことも。
そう思ったから、口にした。
それに彼女が困ることを、実は密かに、期待して。
手
喫茶店に寄っていこう?
そう、彼女に言われたのだけれど、彼は首を振った。
残念そうに肩を落としたのに、彼はふっと笑みを浮かべて。
その手を取って、歩き出す。
人が必ずいるような場所――ではなくて。
いないかもしれない、その場所へ。
「喫茶店は、また今度な」
「…うん」
「でも、まだ一緒にいたい」
「え? う、うん」
届ければ、彼女はわずかに慌てて。
それでも、「わたしも……」と、小さく答えをくれた。
ぎゅっと力を込めれば、彼女は笑みを浮かべてくれて。
「どこかに行くの?」
「べつに」
「…でも……」
「公園、寄ろう?」
提案に、すぐにコクンと頷いて。
彼女の手にも、力が込められる。
それに、嬉しくて笑みを浮かべれば。
彼女の笑みは、濃くなって。
二人を顔を見あわせて、笑いながら歩いていた。
公園に近づくに連れて、その声は大きくなって。
ああ、やっぱりな、と、彼は少し、思ったけれど。
「やっぱり元気だね。小さい子って」
優しい笑みを浮かべた彼女に、彼は微苦笑で頷く。
期待は、崩れ去ったけれど。
それでも、公園へと一歩、足を踏み入れれば。
表情は笑みへと変わっていた。
転んでしまったのか、蹲って泣いていた女の子に、その子は近づいていって。
「大丈夫か?」
砂を払って、頭を撫でて。
顔を覗き込む。
それから、言葉を綴った、その、男の子に。
その姿に――、いつかの自分を見た気がしたから。
「優しいね? あの子」
手を取って。
まだ泣いている女の子を気にしつつ、歩いていくその男の子に気づいて、彼女も口を開く。
それに短く、肯定の言葉を口にして。
彼も彼女の手を引いて。
ベンチへと歩を進めた。
彼女が腰を下ろしたのを確認してから、彼も腰を落ち着ける。
それから。
「なぁ? 今日は俺から、質問…しても、いいか?」
いつも彼女から。
だから今日は、自分から。
思い、言葉にすれば。
彼女は笑みを浮かべて、コクンと頷いた。
耳には子供たちの声。
あの女の子は、顔を上げていて。
その隣りで、男の子は一生懸命になって、何かを話していた。
楽しそうに笑えば、ほっと、安堵の表情になって。
また、話しはじめた、その姿に。
彼は小さく、微笑を零す。
それから。
「おまえの夢、知りたい。俺」
ほとんど唐突に、そう話を切り出した。
「夢…?」
「ああ。おまえ、いつも聞いてくるだろ? そういうこと。だから」
綴って。
考えはじめた彼女の横顔を、じっと見つめ続ける。
その、困ったような顔を見るのは、好きで。
自分が放った問いで、そんな顔をしてくれているのだから、嫌いなはずはなくて。
「実はね? まだ…具体的には、考え中、なの」
一つ一つを区切って、ゆっくりと、彼女はそう発した。
それから、また少し…考え込んで。
「保母さん…保育士さんとか、ものすごく、憧れてるんだけど。だから、子供に関われる仕事がいいなーとは、思ってるのね?
だけど、今は……」
「今は?」
促せば、彼女は俯き気味に伏せていた顔を、わずかに上げて。
その大きな瞳に、ちらりと彼の姿を映した。
その様子に、首を傾げれば。
彼女はゆっくりと口を開く。
「――どんな形でもいいから、珪くんの役に立ちたいなーって、思いはじめてるんだ」
恥ずかしそうにはにかんで。
言葉を綴ったあとで、笑みを強くした。
そんな彼女へと伸ばした手を、彼は彼女の頭へと向けて。
何度か、そこを優しく撫でる。
本当は抱き締めたい。
その気持ちを、ぐっと押さえて。
「珪くん?」
「ちゃんと、役に立ってる」
「…でも、その……」
「ん?」
「もっと…って、思うの」
「………」
「珪くんはそう言ってくれるけど。わたしも、自分でそう…感じたいの」
「…優菜」
「珪くんの夢のお手伝いができる仕事。……って、何かな?」
首を傾げた彼女に、ふっと笑って。
彼は冗談交じりに――けれど、本当にそうしたいと思っていたから――彼女をやんわりと抱き締めた。
「け、珪くん!?」
慌てたような声に、少しだけ、身体を離して。
正面から、その表情を捉えれば。
彼女は真っ赤な顔で、眉尻を下げていた。
さすがに、これ以上は手を出せないけれど。
「一つだけ、ある。おまえが、俺の役に立ってるって、実感できる、仕事」
「な、何?」
まだ、近いその距離を保っているせいか。
彼女の顔は、赤いままで。
かわいいと、本気でそう――思っているのだけれど。
「珪くん?」
「まだ、教えない」
「ど、どうして?」
「大学入って…まだわからなかったら、教えてやる」
くすくすと笑いながら、離れて。
疑問符を浮かべ続けている彼女を見て、なおも笑う。
泣いていた女の子は、その涙でさえ、うそだったのではないかと思わせるぐらいに、笑顔で。
男の子と一緒に、二人で遊んでいた。
そんな二人から視線を外して、彼女を見て。
首を傾げた彼女の手を取って、立ち上がる。
「おばさんに会いに行く」
「う、うん! ごはん、食べていく?」
「ああ」
届けて、空を見上げた。
夜が迫ってくるのが早い、この時季に。
あまり、外にはいさせたくなくて。
笑みから零れ出た息は、白く、形となって、そこに数瞬、留まっていたけれど。
小さく起こった風に、かき消されていった。
END
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