君のことなら、何でも知りたいと思う。
君のことで、知らないことなんて、何もない。
そう思えるぐらい。
そんなこと、できるはずもないのに。
どうしても、そう…願ってしまう。
たとえそれが。
どんなに――ささいなことだとしても。
たった
風が、ふわりと前方から吹いて。
それが、彼女の髪を揺らして、去っていった。
それでなくても、彼女が足を踏み出す度に。
髪はふわりと、なびいているけれど。
瞬間、胸に抱いた思いから、目を逸らすように。
彼は煉瓦の並ぶ、足元へと視線を落とす。
言ってしまえれば、楽なのに。
たとえ、風であったとしても。
彼女には、触れてほしくないのだと。
彼女に触れるのは、自分だけで、いいのだと。
そう…彼女に言ってしまえれば、楽になれるのに。
けれど。
言ってしまったら。
彼女が、自分のことを、浅ましく思うかもしれないと思うと、言えなくて。
彼女のことになると、こんなにも、心が狭くなる。
そのことを、彼女が笑って許してくれるのか、わからないから。
いつだって、彼は何も言えないままで。
考えていると、また風が、彼女の髪を揺らしていく。
海のそばだから、仕方がないと言えば、仕方がないのだけれど。
水面に揺らめく、太陽の光は、確かに綺麗だけれど。
それよりも何よりも、気になるのは彼女のことで。
「優菜」
気がつけば、彼女の名前を、彼は口にしていた。
「? なぁに?」
すぐに振り返った彼女に。
彼の方が驚いてしまって。
名前を呼んでしまったという、そのことを、受け入れざるを得なくなる。
思っていただけだと、彼は思っているのだけれど。
そうしてから、首を傾げた彼女に、彼は何を言おうかと、考えて。
「おまえ…ピアスはしないんだな?」
わずかな時間で導き出した言葉が、それだった。
とは言え、それは聞きたいことの一つでもあって。
「珪くんは、ピアスの方が好き?」
「いや…、そういうわけじゃない」
むしろ、好きではないと思う。
似合うとは思うけれど。
穴を空けるという、それを。
彼女にしてほしくはなかったから。
「ちょっと、怖いんだよね。穴を空けるの」
「ああ……。確かにな」
「それに、授業とかで、調理実習とかするでしょう?」
「? ああ」
「その時にね? バイ菌とか入っちゃいそうで、怖いなって。なっちんは、そんなことないって言うんだけど」
「………」
「それに、バイトのこともあるし。食品、少なからず使ってるから。ピアスはしない方がいいかなーって」
「…なるほどな」
バイト中の彼女は、確かにそういったものは、すべて外していて。
自分のことも考えるけれど。
周りのことも、きちんと考えているから。
その上で、彼女がそう、答えを出したなら。
それが正しいのだと、彼も頷いた。
「ピアスの方が、かわいいデザイン、多いんだけどね? 扱ってるお店も、多いし」
「イヤリングは?」
「少ないの。気に入ったのとか、見つけるの、すごく大変なんだ。けどね? その分。見つけた時は、すごく嬉しいの!」
笑みを浮かべていった彼女に、つられたように笑って。
彼はああと、相づちを打つ。
それから、彼女の顔の横へと、手を伸ばして。
その耳へと、触れた。
「け、珪くん?」
「これは…お気に入り?」
小さな花の、そのイヤリングは、毎回のように、目にしていて。
この前は紫だったな、と、彼は思い出す。
今は緑色をしているけれど。
「う、うん…。来年ね? 茶色いのが出るんだって。お店の店員さんが、教えてくれたの……」
彼女の耳たぶに収まっているそれへと、親指を添えて。
「そうか」
「うん…」
似合ってる、と、言おうとして。
彼女を見れば。
赤い顔をして、俯き加減に、顔を伏せていた。
それに、彼は自分がしていることに気づいて。
ぱっと、手を離す。
「悪い」
「う、ううん」
ぷるぷると首を振った彼女に、彼は口元を、片手で覆って。
熱くなってしまった頬を、冷まそうと、試みて。
それから。
「似合ってる」
と、そう、口にした。
「ありがとう」
笑みを浮かべてくれた彼女に、ほっと、安堵して。
いつの間にか、止めてしまっていた歩を、また、彼は進め出す。
手を取れば、何の言葉もなく、彼女は従ってくれて。
ささいなことでも、こうして知っていければと、彼は願うから。
とりあえず、彼女のことで気になったことは、何でも聞いてみようと。
彼は考えていた。
END
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