小さな声に耳を傾けた。
君のこと、すべてを知りたかったから。



対象




「あっ!」
声が響いて。
彼は、見つかったか、とも思ったけれど。
足音は彼の背後を通り過ぎていく。
「優菜ちゃんだ。元気?」
自分の名前を綴った彼女を、わずかに不審に思えば。
「みゃー」
すぐに返事をした声に、納得が行った。
彼女の笑い声が小さくして。
その笑顔を見たいという衝動に酷く駆られて。
彼はそっと、そこから彼女の方へと視線を投げた。
頭を撫でて、喉元をくすぐって。
子猫の優菜はそれを嫌がるように、彼女の指を両前足で押え込んで。
人間の優菜は、その反応に、くすくすと笑い続けていた。
幸せそうなそれに、彼はほんのちょっとだけ、淋しくなって。
自分のことを忘れてしまったかのように微笑う彼女に、素直になれずに、苦笑を零すだけに留める。
本当は今すぐにでも目の前に出ていって。
声をかけて、隣りに立ちたいのだけれど。
今は彼女と、小さな賭けのようなものをしている最中で。
勝つためには――自分が欲しているものを手にするためには、それは絶対にしてはいけないことだったから、彼はゆっくりと視線を外した。
制服のポケットから携帯を取り出す。
時間を確認すれば、約束の時間までは、あと十分。
携帯を仕舞わずに、息を吐く。
早く時間が経てば…と壁に背を預けて、願ってみた。
子猫の声が響く。
それに、彼女の調子が変わる。
振り返るようにして視線を向ければ、彼女は何かを考え込んで。
じっと、子猫を見つめていた。
「優菜ちゃん、珪くん知らない?」
神妙な面持ちで、彼女はそう、口にして。
問いかけられた子猫は、「みゃ?」と短く返した。
「だからね、珪くん!」
なおも彼の名前を紡いでも、子猫からは、きちんとした返答はなくて。
彼女は少し怒るような声を発した。
「もー。珪くん、どこに行っちゃったのかな?」
本当に知らない?
訊ねても、子猫は何も言わずに、彼女の手に擦り寄って。
「珪くんと約束したの。時間までに、珪くんのこと見つけられたら、何でも言うこと聞いてもらうって。その代わり、見つけられなかったら、わたしが言うこと聞かなきゃならないんだけど」
はぁー、とため息を吐いて。
彼女は蹲ったままで、子猫を見る。
「簡単なことだったらいいんだけど、無茶なことだったら、わたしどうしたらいいのかなぁ?」
それにさえ、子猫は特に反応を示してはくれなくて。
彼女はもう一度、息を吐く。
腕時計に目をやって。
「あと五分しかない……」
と、項垂れて。
「絶対ここだと思ったんだけどなー…」
呟くと同時に、音楽が流れた。
小さな音に、彼女は慌てることなく、携帯を取り出す。
「五分前にアラームかけといたんだった……」
止めて、解除して。
そしてそれをじっと見続ける。
彼はふっと笑みを零したけれど。
彼女と彼と。
気づいたのは、ほぼ同時。
彼は慌てたように設定を変え始めたけれど。
彼女の方が、一歩早くて。
割とすぐに彼の携帯は、一定の音楽を流し始めた。
切ってやろうか、とすぐに思ったけれど、彼は律義にそれを流し続けて。
彼女の足音がぱたぱたと近づいてくることに、長く長く息を吐いた。
校舎の陰に隠れていた彼を見つけて。
彼女は満面の笑みを見せる。
「よかった!
やっぱりここだったんだね、珪くん」
「ああ」
「勝ち、だよね?
わたしの」
「…ああ」
認めたくはないけれど、約束は約束。
嬉しそうに微笑う彼女に、彼は重い腰を上げて。
軽く埃を払った。
「で?」
「珪くんって子供みたいだよね」
「?
どうして?」
「だって今、拗ねてるでしょ?」
「べつに……」
返答に、彼女はくすくすと笑う。
それに反論するのは、ムキになっている証拠だから、彼は何も言えずに黙り込んだ。
ゆっくりと、足を進め出す。
横に付いた彼女の手を取って、とりあえず教室へと。
「それで?」
「あ、お願い?」
「ああ」
答えを返せば、彼女は考え始めて。
考えてなかったのか?
と聞けば、彼女はふるふると首を横に振った。
「じゃあ、言えばいいだろ?」
「……あの、ね?」
「………」
考え込んで、ちらっと彼を見て。
彼女はまた、考えて。
「今度の日曜日って……暇?」
たくさんの時間をかけて、ようやくそれだけを聞いてくる。
「日曜日……」
思い出すために呟いて。
彼は歩みを止めることなく、「空いてる」と答えた。
「じゃあ、その日!
わたしの家に、来てもらってもいい?」
「……ああ。でも、どうして?」
「あのね、勉強、教えてほしいんだ。どうしてもわからないところがあって」
「…………」
「?
何?」
「それでいいのか?」
「うん!」
簡単でしょ?
にこにこと微笑って、彼女はそう言って。
「お昼ご飯、作るからね?」
「ああ」
その言葉に、午前中から来てほしいことを知る。
「あとね、見たい映画があって。ビデオ借りてくるから、一緒に見ようね?」
「ああ」
嬉しそうにふっと微笑う彼女に、彼も笑みを濃くして。
本当は、俺が家に呼ぼうと思ってたんだけどな。
場所は違うけれど、本当の望みが叶うことは、確かだから。
他愛ない時間を、彼女と過ごせる。
それだけは、確実に言えることだから。
「このまま、一緒に帰れるか?」
「うん!
大丈夫。じゃあ、喫茶店寄って行こうね? 瑞希さんがこの前、おいしいところ、教えてくれたんだ」
「じゃあ、そこ、行くか」
「うん!」
満面の笑みに嬉しくなって。
沈んでいく夕日に、ゆっくりと沈んでくれるようにと、叶わない願いを胸に思い描いてみたりした。
今が、できるだけ長く続くように。
それでも、止まってしまうことは嫌で。
明日は今日よりも、幸せなはずだから。

END

 

どちらに勝たせるかで悩みました。
それと、どちらの家に行くかで少し。

また猫さんをちゃんと書けなかった気がする……。

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