忘れてしまったわけじゃなくて。
考え付かなかったわけじゃなくて。

ただ、きちんとは見ていなかったから。



大切な日の前に




一週間ぐらい前に入った店に、彼女は足を踏み入れた。
あとを続いて、彼が入って。
「わたし、買い物しちゃうから。珪くんは見てていいよ?」
そう綴って、彼女は彼から離れる。
何か言いたそうに、眉間に皺を作った彼の表情を、見ないようにして。
理由は――簡単で。
彼女は少し離れた位置から、彼へと、視線を移す。
今日は金曜日で。
明日は、土曜日。
今日は十五日で。
明日は…十六日。
十月、十六日。
それは彼女にとって、何よりも大切な日。
「………」
忘れていたわけじゃない。
忘れてしまったわけじゃない。
先週、彼を連れて、ここへ来た時。
彼はこの店の。
銀色の何かを見ていた。
そこまでは、覚えているのに。
何かが…わからなくて。
それがほしいのだろうと、彼女は思って。
考えて。
あとで、彼と一緒じゃない時に、買いに来よう、なんて、考えていたのに。
いざ来てみたら、どれだったか、すっかり忘れていて。
…彼女に言わせれば、覚えていなかっただけ、なのだけれど。
「………」
目的のものを探すように見せかけて、その、銀色のものが置いてある場所へと近づく彼を見る。
まだ、買ってないんだ…。
ほっと息を吐いて。
彼がまた、ゆっくりと去っていくのを、見続けた。
踵を返した彼の背を追うように。
そこに近づいて。
彼が手に取ったものを忘れないうちに、彼女は彼が置いたものを、手に取る。
一週間ほど前に見たものと同じかどうか。
記憶の奥底に眠っていたものを引き出して。
思い出して。
一輪挿しをじっと見て。
彼女はにっこりと、笑みを浮かべてから。
彼に隠れるようにして、それをレジへ。
包装を頼んで。
それから、彼の位置を確認して。
会計をすませてから、彼の元へと歩いた。
「どうした? 終わったのか?」
気づいてくれた彼に、ほっとして。
そして、気づいていない彼にも、ほっとして。
笑みを浮かべて。
「今、包装してもらってるから。ちょっと…待ってて?」
「…ああ」
店員が声をかけてくるまで。
彼女は彼の隣りで、今買ったものについては、触れないように、必死で。
彼へのプレゼントに姿を変えたそれを受け取って。
二人で並んで、その店を出た。

今年はあの言葉を言えればいい。
『おめでとう』ではなくて。
彼が生まれてきてくれたこと。
そのことに関する、感謝の言葉を。
考えながら。
彼女は彼と。
店を出てすぐにやってきた弟と三人で、家への道を、歩いていた。

END

 

去年、オフで誕生日本を出してしまったので(『かえりみち』がそれです)。
どうしようと、本気で悩んだのです。
内容がだって、三年の…だったし(汗)。
なので。

で、その本文内になかった(さわりだけあった)場面を。
来年も悩みそ…。

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