彼のそばにいたいのは
好きだから にしか
ほかならない彼が好きだから
そばにいたい
彼のことが
好きだから
そばにいてあげたい
ただ
それだけ
好きだから
『葉月、どこにいるか知らない? 姉ちゃん』
なんて、弟から電話があったのは、ついさっき。
理由を聞けば、弟はまた、彼の仕事場に遊びに行っていて。
それには怒ったんだけど、彼が時間になっても現れないって言うから、っていう言葉に、もしかしてって思った。
そう思ったら、いてもたってもいられなくなって。
通話を切って、部屋を飛び出して。
この公園に、来たんだけど。
その入り口で、すぐに見つけられる、なんて、思ってなかった。
「よかった…」
いてくれたことにほっとして。
目の前のベンチで、寝息を立てている彼に、ほんのりと笑みを浮かべる。
どうやって起こそうかと考えて。
彼の髪に、指をくぐらせた。
それを梳いても、あまり変わりはなくて。
「珪くん、起きて」
言いながら、身体を揺り動かせば。
彼はわずかに、眉根を寄せて。
その瞼を、ゆっくりと上げてくれた。
「…? 優菜?」
「あ、珪くん」
起きた?
あまり大きくない声をかけて。
わたしは、彼が上半身を起こしてくれるのを待つ。
本当はね? 疲れてるんだろうから。
寝かせておいて、あげたいんだけど。
でもそれは、きっと。
彼にとっても、悪いことだろうから。
「今日珪くん、撮影、でしょう?」
「…あ……」
大きく目を見開いて、彼は驚いたあと。
苦々しく、目を細めてた。
「尽がね? お邪魔してて。で、珪くんが来ないって、連絡くれたの。だから、ここかなって」
「…悪い」
「ううん。大丈夫」
立ち上がった彼は、前髪をかき上げて。
服の埃を、払う。
それを見て、わたしはほっと、息を吐いた。
わたしの役目は、これで終わり。
そばにいて、付いていきたいけど。
それはただただ、わたしのわがままになっちゃうから。
わたしはもう、帰らなきゃいけない。
「優菜」
「? なぁに?」
俯かせていた顔を上げて、彼の顔を、瞳に映す。
「今…何時だ?」
「一時前」
「………」
「遅刻は決定だよね? 早く行った方がいいよ?」
「…ああ」
答えたのに、彼はそこから動かなくて。
わたしの顔を、じっと見てるだけで。
な、何かおかしいかな?
そんな風に、考える。
確かに、急いでたから、鏡を見てくる余裕も、なかったけど。
髪型は、そんなに乱れてはないと思う。
不安になりながら、彼を見ていると。
「昼…もう、食ったのか?」
そんな問いが、発された。
「う、うん…」
「そうか」
「あ、珪くんは、まだなんだよね?」
「ああ」
「じゃあ、何か持っていってあげる。珪くんは早く、スタジオに行って?」
「頼んで…いいか?」
「うん。大丈夫」
今日はもう一度、彼に会える。
それが嬉しくて、首を縦に振る。
歩きはじめた彼の隣りを、歩けば。
自然と、手が繋がれた。
「このあと…用事は?」
「ないけど……?」
「じゃあ、夕飯、一緒に食おう?」
「………」
それって、そばにいてもいいってこと?
今日はずっと、彼のことを、見続けていても、いいってこと?
答えずにいると、彼は悲しそうな顔をして。
「だめか?」
なんて、聞いてくる。
ダメなはずなんて、ないのに。
「ううん! 行っていいなら、行く」
「俺がおごる。捜しに来てくれたから」
「え? それは、いいよ」
「それじゃ、俺の気持ちが治まらないだろ?」
「………」
彼のその言葉に、何も言えなくなって。
わたしは黙り込む。
夕食は、一緒に食べたい。
お母さんに電話したら、家に連れてきなさいって、言うかもしれない。
………。
「夕食は、わたしの家で食べよう?」
「……?」
「で、その…。珪くんさえよければ、お礼はそのあと、宿題、教えて?」
「宿題?」
「うん。夏休みの」
「……ああ」
わかったのか、彼は空を仰いで。
考えてくれていて。
わたしはただ、その横顔を見つめるだけ。
わがまま言ってる?
わたしはあなたを、困らせてる?
でもそれだけ、わたしはあなたが好きなの。
許してくれると、嬉しいんだけど。
長くそばにいられると、嬉しいから。
長く二人でいられるだけで、嬉しいから。
「べつの日で…いいか? 泊まりはやっぱり、迷惑だと、思うから……」
戻ってきてくれた瞳に、わたしは少し、驚いて。
それでも何とか、口を開けた。
「特に、迷惑ってことはないと思うけど…。珪くんがそう言うなら、べつの日でも、わたしはいいよ?」
「ああ。悪い」
公園を出て、二人で並んで、歩いて。
途中で、わたしは彼を先に行かせて、コンビニへと、足を向ける。
彼といられる約束があるなら、それでいい。
ただただ、嬉しいから。
彼の笑顔を見られることを願って。
わたしはずっと、彼のそばに、行くまで。
彼のことを、考える。
行ってもやっぱり、彼のことしか考えられないんだろうなって、考えて。
わたしは、小さく小さく、苦笑してた。
END
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