あたりまえのようになってしまっていることでも。
君と話すと、特別なことになる。
空
つまらない、とぼんやりしていた授業中。
それでも眠ることはせずに、彼は教壇に立つ教師の言葉をじっと聞いていた。
半分、頭の中は眠っていたかもしれないけれど。
その証拠に、瞼は半分、閉じかかっていて。
彼は欠伸を噛み殺した。
ちょうど、その時。
本当に小さな音を立てて、それは机の上に乗ってきた。
突然のそれに、彼はわずかに眉根を寄せる。
と、隣りからはくすくすと笑う声。
小さな声に、ほかの誰もが、気づいてはいなかったみたいだけれど。
ちらりと彼女を見れば、彼の視線に気づいたのか、「開けてみて」と、口の動きだけで、知らせていた。
から、白いそれを手に取って、広げてみる。
『窓の外。見てみて?』
小さな白い紙片に。
これもまた、小さな文字で、書いてあるそれに。
彼は素直に従って。
窓の外へと視線を向けた。
朝から降っていたはずの雨はもう止んでいて。
そのことに気づいた直後に目に入ったものに、彼は驚いてから、笑みを浮かべる。
それから、ノートの切れ端を手に取った。
『授業に集中しろ』
笑みを浮かべたまま、ペンを走らせて。
小さく折って、教師の目を盗んでは、彼女の机へと放る。
机はぴったりとくっついているわけではないから、少しだけ、力加減が難しかったけれど。
それでも、小さなそれは、彼女の机に上手く乗ってくれたことに、彼はほっとしていた。
そんな彼に気づかずに、彼女はそれをすぐに手に取って。
ぷうと頬を膨らませる。
『珪くんだって、眠たそうだったじゃなーい!』
返ってきたものに、ますます笑みを濃くして。
『ああ。でも、綺麗だな』
送れば、彼女の表情は笑顔に変わって。
彼はそれに、ふっと笑った。
言葉は途絶えてしまって、眠気も消え去ってしまったから、彼は授業に耳を傾け始める。
窓の外で姿を見せていた七色の虹は。
その授業が終わる頃には、消えてしまっていた。
「よく、気づいたな」
授業が終わってすぐに、彼はそう、彼女に声をかけた。
机のそばに立った彼と。
短い言葉に、彼女は彼へと顔を向けて。
こくんと、首を縦に振る。
「あのね? 空見ながら、ちょっと…考え事してたんだ」
「考え事?」
「うん」
何をどう言おうかと考えているのか、彼女は少し、困り気味で。
「……笑わない?」
少ししてから、そう綴ってきた。
それに考えるまでもなく、頷く。
笑うわけがない。
…思っていたのに。
「は?」
「だから! ……もう、だから言うの嫌だったのに…」
笑いはしなかったけれど、呆れてしまっていることは、自分でもわかって。
彼は小さく、「悪い」と紡いだ。
顔を逸らしていた彼女だったけれど、その言葉に大きな瞳はもう一度、彼を見て。
「だって、気にならない?」
と、会話を再開させた。
「そうか?」
「うん。だって……鉄の固まりだよ?」
「………」
言われたことに。
ああ、そうか。
と、酷く納得して。
彼は考え出す。
「普通に考えたら、何で?
ってことにならない?」
「…なる、な」
「でしょう? 空を飛ぶためにって、いっぱいいろんなものをくっつけて。どんどん重くなっていってるのに、空を飛べるの」
小さくても、結局は鉄の固まりだし……。
加えられた言葉に、天井を仰ぐ。
風を捕まえて、それに乗るための翼も、鉄でできていて。
人が乗っているその機体でさえも、鉄でできている。
加速を付けるためのエンジンでさえも、鉄で。
「空を飛ぶためにそうなってるのはわかるんだけど。だから、飛べる原理も理由もわかるんだけど……」
呟いてから、彼女は深く、息を吐く。
それから、でもね、と、言葉は続いた。
「空見ながら、考えてたでしょう? 雨が止んだって思ったら、光が射してきて。で、虹が浮かんだの見たら……どうでもよくなっちゃったの」
「………」
笑みで綴られて、彼は一瞬、間を置いてから、くすくすと笑みを零した。
「おまえらしい」
そう、言葉も添えて。
「…だって。綺麗だなぁって思って見てたら、ばからしくなったんだもん」
「そうか」
うん、と頷いて。
彼女は机の上に、二つの巾着を置く。
その大きい方を、彼が取れば。
彼女は立ち上がった。
「今日も猫さんのところ?」
「ああ」
「猫缶、買ってきたんだ。新しいの。食べなかったら、と思って、いつものやつも持ってきたけど」
二人で並んで、歩きながら、そう会話して。
遠巻きに、自分達を眺める視線にも、もう慣れてきたのか、彼女は気に留める様子もなかったから、会話に相づちを打ち続けていた。
END
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