いつだって
あなたと二人なら
すべてが特別なものに変わる何だって
特別になるの
怖さを感じていたはずのものでも
あなたとなら
大丈夫
闇の中でも
星が光る、その天井を眺めていたのだけれど。
彼女が横に座ったことで、俺は瞳を、そちらへと向ける。
俺の浴衣は、去年、一昨年と、変わらないけれど。
彼女のは、去年とも、一昨年のとも、違っていて。
「瑞希さんとね、買い物に行ったんだ」
そう教えてもらったのは、待ち合わせした、新はばたき駅で。
とても似合っているとは思うけれど。
去年までと違うのは、『赤』という色が、少ないこと。
「どうしたの?」
ずっと見ていたせいか、彼女の瞳も、俺を向いてしまって。
俺は小さく、首を振った。
視線を逸らすことは、はばかれたけれど。
俺は彼女から、海へと、視線の先を変える。
夜の海は、暗くて。
それでも、背後の街頭があるから、そんなでもないと思えるのだけれど。
夜の海が怖かった、と、彼女の口から聞いたのは、去年のこと。
だから今年は、違う場所にしようと、歩きはじめたのに。
人は多いけれど、一昨年、花火を見上げた場所に行こうかと、考えていたのに。
人も少ないし、去年と同じ所に行こう、と。
そう、彼女が言ったから、不安になりながらも、ここへと足を運んだ。
花火はもう、終わっているのだけれど。
帰る気になれなくて――ずっと、海を眺めていた。
それも、彼女がそう言ったから、なのだけれど。
「………」
聞いてもいいものかと考えながら、彼女の姿を、瞳で捉える。
彼女の視線は、ずっと海に注がれていて。
表情には、笑みさえも浮かんでいて。
だからこそ。
「なぁ」
そう、俺は声をかけられた。
「? なぁに?」
振り向いた彼女の表情は。
変わることなく、笑顔で。
「去年…、怖いって言ってたよな?
おまえ」
「怖いって…何を?」
「海。夜の」
言えば、彼女は「ああ」と声を上げて。
海を見て。
「言ったね、わたし」
そう、短く返答をくれた。
それでもなお、彼女は笑顔で。
だからこそ、俺も聞けたのだけれど。
「今は?」
「今? 去年と一緒。全然怖くないの。むしろ、優しい感じ」
「…どうして?」
「……どうして…だろうね?」
少し困ったように、眉尻を下げて、彼女は言う。
海に――怖さを感じたことなんてなかったから。
俺は彼女の気持ちなんか、わからなくて。
それでも、知りたいと願う。
彼女のことだから、何でも知りたくて。
彼女が抱く負の感情は、できればすべて、取り去ってしまいたい。
それがすべてに通用するかなんて、わからないけれど。
取り去ることのできる方法は、少しでも多く、知っておきたいと願うのも。
彼女だから。
彼女のこと、だから。
仕方がなくて。
「わからない…のか?」
「うん。そうみたい」
「………」
「これかなーっていうのは、あるんだけどね?」
「?」
知りたくて、彼女の顔を見続けても。
彼女は答えをくれずに、ただじっと、海を見続けていて。
けれど。
「珪くんも、何か怖いものとか、ない?」
「怖いもの…?」
「そう。もしあったとしても、その時は一緒にいてあげるね?」
「? あ、ああ」
とりあえず、そう答えを返して。
そうすれば、彼女は嬉しそうに笑った。
潮の香りと、耳に入ってくる、潮鳴り。
瞳に映るのは少しだけ蒼いと思えるような、海と空。
花火が消えて、結構経ってしまっているから。
空にあるのは、星と月。
「今度、一人で来てみようかな?」
彼女の言葉に、俺は視線を向ける。
昼間なら、問題はないけれど。
「夜に?」
「うん」
「危ないだろ?」
「…だね」
「ああ。だから賛成しない、俺」
届ければ、彼女はくすくすと笑って。
「でも、そうじゃないと。本当にそれでわたしが怖くないのか、わからないもん」
「でも……」
「じゃあ、違う人と来る」
「………」
それにも、賛成したくはなくて。
俺は黙ったまま、彼女の顔を見続けていた。
昼間なら。
空も海も青いから。
怖さはきっと、抱くことなんかなくて。
今みたいに、波の音が大きいと思うほどじゃないとも思う。
たくさんの人がいるから。
だから、昼間なら。
ひとりでもいいけれど。
それでも、彼女をひとりにするのは嫌で。
誰かと一緒にするのも…嫌だから。
「………」
いつでも、彼女のことを見ていたいと思う。
そうしていたいと、願う。
願うけれど。
それは、彼女の同意も必要なことだから。
潮鳴りが、静かに響いて。
波が小さくうねる。
瞬間、きゅっと手が握られて。
俺はその手を、視界の中央に捉えた。
怖いのか?
考えながら、握られた手を見て。
笑みの消えた、彼女の顔を見る。
波の音が、静かに、大きく響く。
それにまた、彼女の手に、力が加わって。
俺の手には、彼女の体温が触れる。
波の音が消えると同時に、その手は力を失っていくけれど。
その代わりに、俺が手に力を込めた。
ここにいることを伝えれば。
彼女は俺を、瞳に映して。
そして、彼女の表情は、また笑みに変わる。
「べつに…確かめなくてもいいんじゃないか?」
「? でも……」
「俺といるから、怖くない。それで、いいだろ?」
告げれば、彼女は顔を赤くして。
それから、「そうだね」なんて、笑っていた。
聞こえるのは、大きくて、静かな潮鳴り。
瞳に映るのは、彼女の笑みと、星の空。
繋いだ手から伝わるのは、彼女の暖かな体温。
――帰ろうという、その言葉を紡ぐのは、忍びなかったけれど。
彼女はまだ、俺のものではないから。
いつまでも、遅くまで、一緒にいることは、できなくて。
仕方なく、俺は腰を上げて。
俺はその言葉を、口にした。
END
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