恋の力って偉大だなって、本当にそう思ったんだ。
進歩
帰り道、偶然だと言い張って、彼は葉月の隣りを歩いていた。
どう見ても、待ち伏せされていたと思うのは、葉月だけではないと思うけれど。
どんなに暇そうに、手持ち無沙汰に立っていたとしても。
早く来ねぇかなぁ、葉月。
という呟きを口にしていたとしても。
それを聞いてしまった葉月に、彼は偶然、帰りが一緒になったと言い張っていた。
「それで?」
何か言いたいことがあるのだろう、と促してみる。
すると彼は、ほんの少しの間、考え込んで。
葉月の顔を見上げてきた。
「あのさ、姉ちゃんに何か言ったか?」
「何かって?」
「うーん…、この頃姉ちゃん、妙に料理しまくってんだよ。母さんが料理をし始めると、必ずそばに立って、見てるか手伝うかしてる」
「…そうか」
「だから、葉月が何か言ったのかなーって」
「俺は、べつに……」
眉根を寄せての答えに、彼は「そっか」と短く答えて。
「でもさ、何か…心当たりとかないか?」
それでもと、食い下がってくる。
覗き込むようにして見上げられて、葉月はわずかに黙った。
彼女との会話を、思い出すために。
「そう言えば……」
「そう言えば?」
「この前、一緒に昼、食った……」
「で?」
「俺、購買のパンだったから、あいつ、結構気にしてたな」
「……なるほどね」
ふーんと葉月から視線を外して。
彼はにやにやと笑い出す。
それに「どうした?」と問いを投げれば、彼はにっこりとした笑みを変わりに浮かべて、葉月を見た。
「なぁ、葉月は、料理上手な女って好きか?」
「…できないよりは…いいんじゃないか?」
「それ、姉ちゃんに言った?」
「……言ってない、と思う」
「じゃさ、とりあえず。その時のこと話してくれよ」
「その時って?」
「昼、一緒した時のことだよ!」
「……ああ」
歩きながら、会話する。
小学生の彼は、どうしたって、葉月よりも歩みは遅くなってしまうけれど。
葉月が無意識に歩みを遅くしているせいか、あまり、置いていかれないですんでいる。
――葉月くんって、ちゃんと相手のこと考えてるの。
――でも、自分でそれをわかってないんだ。
――そういうところ、本当に優しい人じゃなくちゃ、できないと思うんだよね、わたし。
嬉しそうに話していた姉の姿を思い出して、彼は小さく苦笑さえ浮かべるけれど。
姉ちゃんのためが、いつかはオレのためになるんだし。
そう、自分に言い聞かせて。
自分もこの男のようになるんだ、と心に誓ったりする。
「あいつは…弁当食ってて」
「うん。いつも母さんお手製のお弁当、だろ?」
「ああ。『美味そうだな』って言ったら、嬉しそうに『おいしいよ』って返ってきて」
「………」
「『食べたい?』って聞かれたから…『ああ』って答えた」
だからか、とは口にせず。
ふぅ、と彼は息を吐いた。
姉はべつに、料理ができないわけではない。
できるけれど、しない。
頼めばしてくれるけれど、その程度だった。
なのにこの頃は、自分から率先してやっていて。
理由がわからなかったのだけれど。
今ようやく。
目の前の人物に聞いて、理解した。
葉月は毎日、パンを買って。
手料理というものに飢えているのかもしれないと、姉は考えたんだろう。
だから自分が、がんばって作ってみようとか、そんな風に考えたんだろう。
「葉月、姉ちゃんとどこかに行く約束してるのか?」
「ああ。今度の日曜に、森林公園…? だったと思う」
「何だよ、それ。とにかく、今度の日曜だな?」
「ああ」
その日、か。
姉ちゃんの決戦の日は。
多分今からメニューを考えてるんだろうな。
ふっと笑って、彼は駆け出す。
「尽?」
「今度の日曜、腹空かせておけよー!」
後ろ手で手を振って。
小さく了解の言葉を聞いたような気がした。
たった一人の誰かのために。
姉ちゃんはがんばるよなー。
なんて思ったけれど。
オレもがんばろう!
考えて、彼は家路へと急いだ。
多分、今日もまた。
姉は何かしら、おかずを作ってくれて。
自分に感想を聞いてくるだろうから。
あ、好み聞いとくんだった…!
思い出して、一度足を止めたけれど。
振り返って、葉月の姿が見えないくらいに駆けてきた道を引き返すのも面倒で。
「ま、いっか」
零して、彼はまた、駆け出した。
いつかきっと。
いつかきっと。
その思いを、胸に抱いて。
END
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