最初の印象は
最悪だったけど
話していくうちに それは変わっていった
今じゃ
ダイエットを面倒見てる あの生徒以上に
どこかで心配してる
ホンット 情けねぇ…
心反
トントン トントトン……
それはあいつがここに来た合図で。
誰もいない時は。
「おう、入れ」
そう、声をかけてやる手はずに、なぜかもうすでに、なっていた。
「…邪魔しまーす」
廊下にも誰も、いないんだろう。
まぁ、今は授業中だしな。
考えながら、背中で、扉が閉まったその音を受け止めた。
「…お仕事中?」
「まぁな。おまえは?」
「今日はお暇。授業ないし」
「………」
言葉を聞きながら、もうずいぶんと短くなっていたタバコを、揉み消す。
聞いてもいいものかどうか。
それが頭の中で、燻り続けていて。
昨日、放課後に現れた、女子生徒から聞いた話。
それがずっと、引っかかっている。
理由は……きっと。
オレも大概、お人よしなんだろ。
それしか、見つからなくて。
「だったらとっとと帰ればいいだろ?」
「今日は放課後、職員会議があるんだとか」
「………」
「龍太郎も参加?」
「当たり前だろうが」
「そっか」
彼女は色々、特別待遇されてる。
受け持っているクラスが、たった一クラスだということとか。
入学式に間に合わなかったのも、その一つだと言えるかもしれない。
間に合わなくてもいいと。
そう、職員室で、入学式の前に聞かされた話は、聞こえたから。
『もう一人、新入生に関わる先生がいるのですが。来るのは来週からになっています』
と。
その言葉は、どう考えても。
間に合わなくてもかまわないと。
そう、聞こえた。
それを言ったのが、ほかならない、校長だったからか。
彼女に口を出す先生は、いないけれど。
そして。
「おまえは職員会議、出なくてもいいんだろうが」
これも、同じこと。
そこまで優遇される理由が、オレをはじめとする、ほとんどの同僚の教師たちが、わかっていない。
「出るに決まってるじゃん」
「はぁ? あんな堅苦しくてつまらないものに出るのか?」
「堅苦しくて、つまらないけど。でも、生徒に必要なことが、話されるかもしれない」
「………」
「口出す気は、ないけどね」
ここではこんなにも、砕けているのに。
ここから一歩外に出たら。
彼女の糸は、ぴんと、張り詰めたものになる。
頬杖をついて、彼女を見続けて。
「聞いていいか?」
そう、声をかけた。
「ん?」
保健室のほぼ真ん中で立ち尽くしていた彼女は。
オレの問いかけに、振り返って、答えてくれて。
オレもまた、頬杖を解いて。
今度は腕を組んで、机に寄り掛かる形になる。
机の上に放っていた、タバコの箱を。
腕を伸ばして取って。
それから一本出して、口で銜える。
「何でおまえ、ここに来るんだ?」
……聞きたいのは、それではないのだけれど。
聞けないのはなぜなんだろう?
聞きたければ、怖がらずに、聞けばいいのに。
考えて。
それに、自分自身で苦笑が漏れる。
オレ様らしくない。
考えて。
そうしながら、ライターで火を点した。
「龍太郎が淋しいかなって思って」
「淋しいわけねぇだろ」
彼女の答えに、煙を吐き出してから、切り返す。
「というより、おまえが淋しいんじゃねぇのか?」
「………」
「…黙るなよ」
じっと見つめてくる彼女に、湧き上がったのは罪悪感で。
冗談だろうが。
そう届けたとしても、状況は変わらない。
視線を外して、息を吐いて。
「…淋しいって言うか。心細いのかな?」
聞こえた声に、瞳をちらりと向ける。
「心細い?」
「知らない人ばっかりだし」
「人見知りするタイプか?」
「…カウンセリングもするの? ここの保健の先生は」
「いいから答えろ」
微苦笑を浮かべた彼女に、強めに言えば。
彼女は少しだけ、黙って。
こくんと、頷いた。
「でも、オレ様は平気だったよな?」
「友達に似てる人、いるからね」
「あ?」
「雰囲気と言うか、何と言うか」
「………」
「今は、会ってないけど」
椅子に座って。
腰かけている部分に、手を添えて。
きゅっと握る。
心配というより、何だ?
目が…離せない?
視界の端で、ゆっくりと。
短くなっていくもの。
それを吸って。
「おまえ、教師やる前は、何やってたんだ?」
また、煙と共に、吐き出した。
「何も?」
「あのな…」
「本当に、何もやってないよ。大学行って、教免取って。でも……」
黙り込んだ彼女に、目を細める。
話したくないのなら、話さなくてもいい。
それはきっと、昨日の放課後。
知らされた話に、関わっているのだろうから。
けれど。
「…昨日な。女子生徒が一人、ここに来たぞ」
「?」
「新しく来た、鳥川先生の授業だったって、言ってな」
「……」
「心配してたぞ?」
「…する必要はないって、言ったんだけど」
「………」
「まぁでも、心配してくれたってことは、好感触だったのかな?」
「鳥川」
「………」
話させようとするのは、思ったことと反していて。
でも、知りたいのは、仕方のないことかもしれなくて。
無理に笑みを浮かべるその顔に。
無理ではなく、乗せられた笑顔が見たくて。
――よくわかんねぇな。
自分のことが、わからなくなって。
そう、心の中で呟けば。
「龍太郎に話したって、仕方ないじゃん」
そう、どこか突き放されて。
「相談しろって言ったんだろ? おまえが。生徒に」
「これは…相談、したって……」
「柊」
初めて。
そう短く、名を呼べば。
彼女は一瞬、びくっと肩を震わせて。
オレから、視線を外す。
それから一度、天井を見上げた。
瞼を閉じて、俯いて。
くるりと、オレに背を向ける。
「――大学卒業したあと、結婚しようって。そう、約束してた人がいて」
そのあとで、ゆっくりと、言葉を発しはじめた。
それに、思い出してしまった人物に、目を細めたけれど。
うまく、意識の外へと追いやることができた。
「だから、卒業したあと。二人暮らし、はじめたんだ。私は家のことで、手一杯で。それを見て、あいつ、笑ってた」
力なく笑ったんだろう、声に。
まだ好きなんだな、と。
そう、客観的に、見て取る。
気がつけば、彼女はどこか、遠くにいるようで。
触れることさえ、敵わないような。
そんな場所に、いるようで。
オレはただ、隔離されたそれを。
遠くから見ているような。
そんな気さえ、起きてた。
「で、婚約して……。でも、結婚は、できなかった」
「……」
「結構、人気あってさ、彼。ファンもいっぱいいて。その中に、過激なのがいてさ」
まさか、なんて。
頭を掠めたのは、ほんの一瞬。
けれど。
「私がいるからいけないんだって、考えたのがいて……。私をかばって……死ん、じゃった……」
泣くのを必死にこらえている姿に。
オレはまた、視線を外す。
上を向いて、必死になっている姿を、見ていられなくて。
どこかイライラしながら、タバコを灰皿に押し付けた。
「それから…、どれくらいだろう? 一年、ぐらいかな?
何もする気、起きなくて。家の中で、ぼんやりし続けてた。時に泣いて。これからどうしようって、考えても。考え付かなくて。わからなくて。そしたら――友達がさ、ここの校長先生と、知り合いらしくて。ほんの少しでも、やる気出たら、教師やってみたらって。そう…言ってくれて」
今に至っているわけです。
わざとらしく、笑って。
オレに椅子を回転させてまで、その笑みを向けて。
でもオレは、それを直視できなくて。
曖昧に、笑みを返すだけ。
「色々、免除されてるのは、その辺りもあるんじゃないかな?
別に、一緒にしてくれてかまわないって言ったんだけど。…優しいよね?」
「…そうだな」
「それに甘えてる私も、私なんだろうけどさ」
息を吐いて。
彼女は自分の爪先を見つめて。
それから、笑みを浮かべていた。
うっすらと。
自嘲のようにも見える、ものを。
「忘れるなんてことは、できないけど。せめて、笑って話せるようにはなりたいなーって、考えてるんだ。それがいつかって聞かれると、わかんないけど」
「……」
「そう思えただけでも、進歩なんだけどね」
ふふっと笑って、彼女は立ち上がる。
それから、まっすぐに、オレのそばへとやってきて。
ぽんっと。
オレの頭の上に、手を置いた。
「なぁーに、やってんだ?」
「や、こんな重い話を聞いてくれたから」
「あ?」
「感謝の意を込めて」
なでなで、なんて言いながら。
その通り、彼女はオレの頭を撫でて。
そして。
「ありがとう」
そう、零してた。
オレが言う言葉で。
オレがきっと、しなければならなかったこと。
なのに、先を越された。
それが少し、悔しくて。
「好きなやつでも作ったらどうだ?」
そう、手を跳ね除けながら、口にする。
「無理言わない」
「…だろうな」
「でも、善処するよ」
言葉に、ほっとして。
笑みを浮かべて。
立っている彼女の顔を見上げる。
見返されて。
彼女はぱちぱちと、瞬きして。
お茶、と。
すぐに発されたことに。
オレは笑ってた。
END
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