| 何をどう思ったらいいのか それが今
本気で
わからなくなってる
sentiment
持ってきたものを、一度視界に映して。
それから、小さく笑みを零す。
入っているのは、箱で。
その中に入っているのは、スポンジではなくて、パンを使った、菓子。
少しずつでも、食べられるようになってくれればいい。
そんな願いを込めて、今回はパンを使ってみた。
スポンジが大丈夫なら、これも平気なはず。
そう、思ったから。
いつものように、どこに行くのかと煩い深水をどうにかやり過ごして。
週に一回は通っている場所へと、足を進める。
その扉の前に立って。
それを、叩いて。
「……?」
いつもはすぐに、返事があるのに……。
考えながら、扉に手をかければ。
「橘?」
右から、そう声がかかって。
振り向けば、そこにはこの部屋の主が、ゆっくりと歩いてきていた。
「悪いな」
「…保健室…っスか?」
「ああ」
短い返答。
すぐに顔を逸らして、彼女は俺を手をどかすようにしてから、扉に手をかける。
すばやく開けて。
中へと、入っていって。
その背中を追うようにして、俺も中へと入って。
そして、扉を閉めた。
「悪かったね。ちょっと、長居しちゃってさ」
途端に、砕けた言葉使いになる彼女を、少し遠くから――入ってすぐの場所、扉のそばで――眺めてみる。
今の彼女は、どこかよそよそしい。
理由は俺も、わかってるけど。
根本的なものは、それじゃない気がして。
「橘?」
「何か…あったんスか?」
踏み込んじゃいけない。
そう、思う。
だって、彼女は先生で。
それ以外の、何ものでもなくて。
ただ毎週日曜に、一緒の時間を、過ごしているだけ。
ただこうして、俺の作ったものを、食べてもらって。
感想をもらうだけ。
ただ、それだけの関係なのだから。
けれど、その反面。
知りたいと思っている俺がいるのも、確かで。
もっと、踏み込んでしまいたいと考えているのも、確かで。
「どうして?」
「………」
「橘?」
「赤いっスよ。目」
届ければ、彼女は大きく、目を見開いて。
それからさっと、顔を逸らした。
なぜ、泣いたのか。
理由が、知りたい。
「先生?」
「…何でもないよ」
「………」
「何でもない」
「……確かに俺は、先生より年下で、生徒だし、頼りないかもしれない…けど」
「そうじゃなくて!」
「……」
「今あんまり…優しくしてほしくなくて」
ソファに、力なく座り込んだ彼女の隣りへと、歩を進める。
なぜか、と聞いても。
きっと彼女は、答えてくれない。
そんな気がする。
だから俺は、何も言えなくて。
ゆっくりと、彼女の隣りに、腰掛けるだけ。
「優しくしてほしくないって…俺にっスか?
それとも、誰にも?」
「………」
「先生?」
「…橘……と、龍太郎」
「………」
「何か、怖い」
精一杯の、告白。
そんな気がした。
小さく見えて。
儚く見えて。
だからこそ。
手を伸ばしてしまったのは、仕方のなかったことかも、しれなくて。
「橘?」
「無理っスよ」
抱き締めて。
耳元で、そう言葉を紡いでいく。
「優しくするなっていうの、無理っスよ。若月先生がどう思ってるかは…知らないけど」
「………」
「とにかく、俺は無理」
何を思えばいいかは、わからない。
彼女のことを、どう思っているのかも、まだ、わからない。
それでも。
彼女との距離を、広げる気はなくて。
彼女のことを、放ってしまう気も、なくて。
抵抗されずにいる、この状態も。
壊す気は、なくて。
「………」
ゆっくりとでも。
何でも。
しっかりと。
俺の腕を掴んでくれた手に。
俺はただ。
嬉しいと、そう――思ってた。
END
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