その音を聞けば、それが何かはすぐにわかる。

その場所を目にすれば。
あたりまえのように、耳に入ってくる、その音。

そう言えば。
いつ…この音がその場所のものだって、気づくようになったんだろう?



いつか いつの日か




そんなことをぽつりと呟いて。
わたしは歩く速度を落とす。
それに気づいた彼が、戻っては来るけれど。
来て、くれるけれど。
その問いに対する答えは、当然、なくて。
「最初に…海に来たのって、いつだったっけ……?」
思い出すように、そう呟いても。
どうしても、思い出すことさえ、できなくて。
お父さん、お母さんと…一緒ではなかった気がする。
けれど。
もしかしたら。
物心の付く、前なのかもしれない、から。
尽が生まれる前の、話かもしれないから。
そうなると、わたしはなぜか。
ほとんどと言っていいほど。
その頃のことは、覚えていなくて。
「珪くんは、誰と一緒に来たの?」
誰かのことを聞けば、思い出せるかもしれないと考えて。
わたしはそう、口にした。
それに、彼は考え込んでくれて。
「…確か……祖父さんと一緒だった……」
小さく、零してくれる。
「おじいさん?」
「…ああ」
「観覧車で話してくれた、あの、絵本を読んでくれた?」
「ああ」
「そうなんだ…」
言葉を返して。
それでも、小さなため息を吐き出してしまった。
わたしの祖父母は、遠い地にいて。
彼の両親とは違って、国内なのだけれど。
それでも、あまり会うことはなかったから。
きっと…違う。
耳に届くのは、波の音。
髪をさらっていくのも、強い海風で。
この場所が『海』だということを教えてくれたのは、誰だったのか。
この音が、『波』のものだと教えてくれたのは、誰だったのか。
それが今、どうしても思い出したくて。
それなのに、彼は隣りで、苦笑を零しているだけで。
「今思い出さなくてもいいだろ? べつに」
「でも…」
「?」
「何か…大切なことのような気がするの」
たとえば――この海を初めて見た時のような思い。
臨海公園に、彼と一緒に訪れて。
今、この時のように、隣りに並んで。
初めて、間近で――見たはずなのに。
どこか、懐かしく思った。
前に住んでいたことがあると聞かされていたから。
その時に、誰かとここへ、来たのかもしれないけれど。
だからこそ、懐かしく思ったのかもしれないけれど。
「誰と見たのか。それを思い出せれば。何か、ほかのことも、思い出せるんじゃないかなって……」
考え込んで、視線を伏せる。
と、頭の上に、ぽんっと、彼の手が乗せられた。
「焦れば焦るほど、混乱する」
「………」
「そのうちに、思い出せる」
「うん…」
力なく頷いて。
それでも、強く握られた手に、笑みを零した。
今があればそれでいいと。
そう、思っているのに。
何かが、早く思い出して、と。
囁いていて。
それが彼に繋がるとは、思えないのに。
そんなはずは、ないのに。
微笑む彼を見て、また。
いつか。
そう、考えてしまっていた。

END

 

初めてが誰だったかは、ご想像にお任せします(笑)。

とにかく、『二次創作書きさんにたった10のお題』より、お借りしました。
六つ目は、『シーサイド』。
どこが? って、それは。
樹自身も、思っております……(泣)。

web拍手に置いてました。

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